「私の輝かしい友人」

原題:Lamica genial

ドイツ語題:Meine Geniale Freundin

2011年)

 

 

エレナ・フェランテ

Elena Ferrante

 

<はじめに>

 

エレナ・フェランテは自分の正体を明らかにしていない、極めて匿名性を大切にするイタリア人の女性作家である。ナポリに住むふたりの女性の運命を描いた「ナポリの物語」四部作は世界中で好評を博した。その第一作がこの作品。ナポリの貧しい地区に住む二人の少女の出会いから、結婚までを描く。

 

 

<ストーリー>

 

トリノに住む六十六歳の女性エレナは、ある朝ナポリに住むリノから電話を受ける。リノの母親が行方不明になったという。リノの母親リラはエレナの親友であった。エレナは息子のリノに、母親の持ち物をチェックしたかと尋ねる。リノは母親の持ち物を見たが、母親の存在を示すようなものは全て持ち去られていたと答える。エレナはリラの失踪について、心当たりがあった。彼女は、コンピューターに向かい、リラにまつわる自分の記憶の詳細を描き始める。リラの正式の名前はラフェエラ・チェルロと言ったが、誰もが彼女をリナと呼んでいた。エレナだけが彼女をリラと呼んでいた。

 

エレナとリナはドン・アキレ・サラトーレの住むアパートの階段を登っていた。ドン・アキレは、子供たちの間では「人食い鬼」と呼ばれており、子供たちは、誰もアパートの、彼の住む部屋の前まで近づかなかった。エレナとリラは肝試しをしていたのだった。エレナはそのとき、リラと心が一つになったことを感じた。

エレナはナポリでも特に貧しいリオーネと呼ばれる地域に住んでいた。エレナの父親は市役所守衛であり、リラの父親は家族と一緒に靴工房を営んでいた。どちらも子供の多い、貧しい家庭であった。ふたりの最初の出会いは、小学校の始まった日、リラはチリ紙に黒いインクを染ませて、定規でそれを周囲に発射していた。インクの付いたチリ紙は、エレナにも命中する。当時、その辺りに住む子供は、どの子も悪戯者であった。しかし、リラはその中でも別格で、先生が傍にいようがいまいが、彼女は悪戯を続けた。先生のマエストラ・オリヴィエロはリラを追いかけようとして躓き、教団で頭を打って気絶してしまう。

辺りは暴力に満ちていた。男の子たちは、女の子たちが自分たちより勉強がよく出来るのを妬んで、通学の途中で、女の子集団に石を投げて来る。女の子は逃げ惑う。そんな中で、リラだけが、巧みに石を避けながら進んでいった。リオーネの街には、色々な人たちが住んでいた。裕福なのは、「ソララ・バー」いうバーを経営するシルヴィオ・ソララの一家であった。また、鉄道員でありながら詩を書くドナト・サラトーレとその一家が住んでいた。また「人食い鬼」と呼ばれているドン・アキレ・カラチにも妻と三人の息子がいた。特に貧しいのは、家具職人でありながら、博打好きで、金を博打ですってしまうアルフレド・ペルソ一家、また夫を亡くした未亡人のメリナ・カプッチオの一家であった。押しなべて、リオーネに住んでいる人々は貧しかった。

ある日、リラの母、ヌンツィアは小学校に呼び出される。母は娘の悪戯がひどいので、叱られるものと覚悟し、リラの教室に足を踏み入れる。オリヴィエロ先生は、リラを指名し、彼女にイタリア語の単語を読ませ、書かせる。リラは正しく答たえる。彼女は学校に来る前から読み書きが出来たのだ。先生はリラのことを褒め、母親には娘に誇りを持つように言った。リラは兄の教科書や、父親の持ち帰る新聞を読んで独りで字を覚えていたのであった。優秀な生徒は先生の隣に座ることができた。エレナとリラはその座を争うライバルとなった。しかし、リラの突飛な行動、悪戯は相変わらずであり、彼女には喧嘩でできた生傷が絶えなかった。

エレナはセルロイドで出来た人形を大切にしていた。ドン・アキレのアパートの前で、お互いの人形の見せ合いをしていた、エレナとリラであるが、リラはエレナの人形を鉄の格子の間から地下室に投げ込んでしまう。怒ったエレナもリラの人形を同じように投げ込んでしまった。ふたりは数日後、鉄格子の隙間から地下室に入って、人形を探すが見つからない。

「ドン・アキレが盗って、黒いカバンの中に入れたんだわ。」

リラはそう言って、ドン・アキレの部屋へ上がっていく。そして、出てきたドン・アキレに対して、

「私たちの人形を返してください。」

と言う。ドン・アキレは、

「人形はもうない。これで許してくれ。」

と言ってリラに金を渡す。エレナはリラの勇気ある行動に感動と尊敬を覚える。

小学校で、エレナとリラは飛びぬけていた。特に、リラは算数、暗算に長けていた。オリヴィエロ先生は、二人を飛び級させ、上のクラスに入れる。そこでも、リラは年上のエンゾと、算数の計算の一騎打ちに臨み、彼を破る。

小学校が終わりに近づく。貧しいエレナの家では、エレナを中学校にやらせるつもりはなかった。しかし、オリヴィエロ先生が、エレナの両親を説得し、エレナは小学校の卒業試験の後に、中学校の入学試験を受けることになる。卒業試験の前、エレナとリラは学校をサボって、海に出かける。途中から雨が降り出し、ふたりはずぶ濡れになる。傘を持って学校に行った母親に、学校をサボっていることがばれて、エレナは平手打ちを食いこっぴどく叱られる。

リラの父親、フェルナンド・チェルロは普段は大人しい男であったが、怒り出すと手が付けられなくなった。ある日、父親は息子を殴りつけ、止めに入ったリラを投げ飛ばす。その結果、リラは腕の骨を折る。八月の雨の日、ドン・アキレが自宅で何者かによって刺殺される。博打好きの家具職人、アルフレド・ペルソがその容疑者として警察に逮捕される。

 

一九五八年の大晦日、エレナとリラは、他の若者と一緒に新年の到来を祝っていた。多くの花火が上がっていた。リラはその中でも、花火に酔いしれていた。エレナ、リラ、パン屋の娘のジリオラが、女子として中学校に進む。

 リラは腕のギブスは取れたものの、その後インフルエンザに罹り、学校を休みがちになっていた。また、エレナも学校で、勉強についていくのに苦労していた。それに加え、エレナは思春期を迎え、胸や尻が膨らみ、腋毛や陰毛が生えだし、生理が始まり、精神的に不安定になっていた。結局、中学の一年目が済んだ後、進級できなかったリラは学校を諦め、父親の靴工房で働くことになった。エレナも追試を受けることで何とか進級できる状態で、両親から、このままでは学校を辞めさせると迫られる。学校では、男の子たちが、エレナの胸にはパットが入っているかどうかという賭けをして、それを証明するために自分の乳房を見せる破目になってしまう。

沈んだエレナの気持ちを入れ替える出来事があった。エレナ、リラ、カルメラの三人は、日曜日最初の聖体拝領式のために宗教の授業に出席した。その授業の後、リラがふたりを残して走り去る。エレナはリラが、小学校に入っていくのを見る。エレナがそこへ行くと、図書室で、近所の人のための図書の貸し出しが行われていた。リラはずっと本を借りて自分で勉強を続けていたのであった。

エレナは夏休みの間、勉強に取り組み、何とか追試に受かろうとする。リラは、エレナにラテン語を理解するコツを教える。それがきっかけとなり、エレナはラテン語に自信を持つ。エレナは新学期の追試を無事合格し、進級する。ラテン語の先生は、エレナが急にラテン語が得意になったことに驚く。エレナは、学校の行き帰り、リラの工房に立ち寄って、その日あったことを話すのが日課になった。リオーネの街にも徐々に近代化の波が寄せて来る。ソララ・バーは拡張され、マルチェロ、ミケレのソララ兄弟は、車を乗り回し始める。

エレナは優秀な成績で中学を卒業する。エレナ自身、それ以上の学校に行く気はなかった。しかし、オリヴィエロ先生は高校への進学を勧め、再びエレナの両親を訪れ説得する。教科書は、オリヴィエロ先生が中古のものを貸すという。高校ではラテン語の他に、新たにギリシア語を学ぶ必要があった。

日曜日の午後、エレナとリラは街を散歩していた。彼女たちの横に、ソララ兄弟の車が停まる。マルチェロが無理矢理エレナを車に乗せようとする。それを見たリラは、靴を修理するためのナイフをマルチェロの頸に突き付ける。弟のミケレが兄を止めて、ふたりは走り去る。夏休みの終わりに、リラとエレナは、リラの兄たちとハイキングに行くそこにソララ兄弟が現れたことにより、男たちは乱闘となる。

エレナは高校に通い始める。彼女は夏休みの間に、ギリシア文字でイタリア語を書く練習をしており、独学で文字と発音を身に着けていた。高校では女子生徒は少なかった。いち早くギリシア語を始めていたエレナは、高校でトップの成績を収める。学業優秀なエレナは高校で奨学金をもらえることになる。彼女はドナト・サラトーレの息子ニノと付き合い始める。

エレナは知人の紹介で、夏の間海辺の町、イスキアの民宿で働くことになる。朝食の準備と後片付けを済ませた後、エレナは海岸で読書と日光浴をして過ごす。彼女は客の英国人の家族から英語を学ぶ。彼女はリラに何通も手紙を書くが返事が来ない。ニノもイスキアに来て、エレナは胸をときめかせるが、彼はすぐに去っていく。父親のドナト・サラトーレが夜エレナのところへ来て、彼女の身体を触る。エレナは拒否をする。夏が終わり、日焼けして別人のようになったエレナはナポリに戻る。エレナは二ヶ月間の間に、リラがすっかり女らしくなっているのに驚く。

リラは本格的に靴のデザインを始める。彼女の作った靴を、マルチェロが買っていく。一度はリラにナイフを突きつけられたマルチェロだが、十五歳のリラにプロポーズをする。彼は、チェルロ家に、出回り始めたばかりのテレビを持ち込む。

しかし、リラを狙っているのはマルチェロだけではなかった。ドン・アキレの長男、ステファノもそのひとりであった。リラの七歳上のステファノは、食料品店を経営し、金を持っていた。彼はリラたちの靴工房を訪れ、自分が間に入り、手作りの靴を高級品として売り出す計画を話す。貧乏暮しで、金持ちになることを夢見ていたリラは、ステファノに惹かれていく。ある日、ステファノは、まだ十五歳のリラに結婚を申し込む。そのときにリラのした返事とは・・・

 

<感想など>

 

かなり読み進むのに苦労した本であった。まず、登場人物が多すぎる。ナポリの貧しい人々が住むリオーネ地区を舞台にしているが、登場人物が数十人に及び、誰が誰なのかなかなか把握できない。本の最初に「登場人物一覧表」があって、家族単位で、父母の名前、職業、子供たちの名前が紹介されている。かなり役に立った。しかし名前のリストが五十人を超えている。それを何度も見返して、登場人物の素性を確認しながら読んだのだが、最後まで覚え切れなかった。エレナとリラという主人公を始め、女の子たちは何とかイメージが浮かぶのだが、若い男の子たちはもうお手上げ。イメージも湧かない。これだけの人物を登場される必要が本当にあるのだろうかと思ってしまった。

また、一九五〇年代のナポリの下町。これも、日本人にはどのような雰囲気なのか、想像できない世界である。とにかく、暴力に満ちていて、ゴチャゴチャしているという印象は受けるのだが、最初は全然イメージが湧かなかった。この本を勧めてくれたのは息子なのであるが、彼に、

「善戦イメージが湧かないや。」

と言うと、

「『ゴッドファーザー』の映画のシーンを思い浮かべたらいいよ。」

と助言してくれた。その後、やっとかなりのイメージが湧くようになった。

 エレナとリラという、ふたりの少女の友情を描いた物語である。ふたりは同い年で、小学校の同級生である。物語はふたりが六十六歳のとき、リラが突然姿をくらましたときから始まる。そこから、一挙に六十年の時を遡り、エレナの回想が始まる。物語はエレナの回想という形で進む。この本では、ふたりは小学校で初めて出会ったときから、リラが十六歳で結婚するまでの、十年間の出来事がエレナの目から語られる。女の子が、思春期を迎え、体形が変わり、初潮を迎え、男性に興味を持ち、男性からも興味を持たれる過程が、実に生き生きと、同時に生々しく描かれている。

 エレナもリラも容姿が良く、勉強もできるという設定になっている。しかし、ふたりの魅力はかなり違う。豊満で内気なエレナに対して、ボーイッシュで勝気な少女としてリラが描かれている。リラには男を虜にする魅力がある。リラがレストランで、見知らぬ男性に、

「あなたはボッチチェリの『ビーナスの誕生』の再来だ。」

と称賛される場面がある。ふたりの共通点は、「貧乏から抜け出したい」ということへの熱望であろう。エレナはひたすら勉学に励み、リラは金持ちの男性と結婚することにより、その夢を叶えようとする。

 リラは十六歳で結婚する。とにかく全てが若いのである。話を読んでいると、登場人物が十八歳から二十歳くらいと想像してしまうが、最後のリラの結婚式のシーンでも、エレナもリラも十六歳なのである。またリラの結婚相手も、事業に成功した金持ちということになっているが、七歳年上と書かれているので、まだ二十二歳なのだ。戦前の日本は皆早婚であったというが、ここまではない。この早熟、早婚が当時のイタリアの常識であったのか、それとも特殊であったのか、知る由がない。

タイトルとなっている「輝かしい友人」と言葉は、物語の中に一度しか出て来ない。結婚式の直前、リラがエレナに向かって、

「あなたにはずっと、勉強を続けて欲しいの。お金はわたしが出すわ。」

と言う。そして、

「あなたはわたしにとって『輝かしい友人』なの。」

と付け加える。

 作者エレナ・フェランテはペンネームで、彼女の正体は一切明らかにされていない。唯一分かっていることは、一九四三年にナポリで生まれたこと、つまり、自分の少女時代の背景を使って、この小説を書いたことである。彼女はエレナとリラを主人公にし、ナポリを舞台にした四部作を書いている。この本はその第一作である。エレナ・フェランテにとっては、自分の素性、正体を現さないことが、執筆の大前提であるとのことだ。

「本というものは、ひとたび書かれたら、作者の必要など無いのです。」

「ひとたび完成した本が自分の手を離れて旅立ったら、作品の脇に実在の、生身の自分が一切現れないとひとたび知ったなら—まるで本が子犬で自分が飼い主であるように—書く上で新しい世界を見ることができた。まるで、世界に自分の中から言葉を放ち出したように感じた。」

と彼女の言葉がウィキペディアには引用されている。最後まで苦労するだろうが、私は、自分がこの四部作を全部読むと予想している。

 

201711月)

 

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