携帯電話のスイッチをお切り下さい

 

こんなシーンから舞台は始まった。「おばちゃん、なんぼ?」「六百万円」「ガクッ」

 

モーツアルトのオペラでは「フィガロの結婚」、「ドン・ジョヴァンニ」、「魔笛」が超有名。しかし、一七九〇年に作られた、この「コシ・ファン・トゥッテ」と「後宮からの誘拐」が近年見直され、盛んに上演されているらしい。余り上演されなかった理由のひとつに、テーマが「不道徳」だからということがあるらしい。

何故、「不道徳」なのだろうか。タイトルに関係がある。ちなみに「コシ・ファン・トゥッテ」(Cosĩ fan tutte)とは、イタリア語で「女は皆こうしたもの」という意味。この題が付けられた理由については、粗筋を紹介するときに触れることにする。

この作品、僕は結構前から知っていた。単に会話とアリア(独唱)と合唱から成り立つオペラが多い中で、モーツアルトは会話を巧みにアンサンブル(重唱)の中に盛り込んでいるが、その中でも、この作品は出色であるという。つまり、「掛け合いの妙」を感じることの曲だという。

「コシ・ファン・トゥッテ」を調べると、「K五八八」と書いてある。この「K」はいわゆるひとつの「ケッヘル番号」(Köchelverzeichnis)と言うやつ。ルードヴィッヒ・アロイス・フェルディナンド・リッター・フォン・ケッヘルという人が(寿限無寿限無みたいな人ですな)モーツアルトの全作品を「時系列的」に並べ番号をつけた、その番号なのだ。最後の番号は「K六二六」。これは容易に想像がつく。

「レクイエム・死者のためのミサ曲。」

「ピンポーン。」

この遺作、モーツアルトの曲の中で、僕の一番好きなものだ。「K一」という、格闘技団体みたいなものも当然あるわけだが、一体モーツアルトが何歳の時に作ったどんな曲なのだろうか。一度聴いてみたい。モーツアルトは三十五歳で死んでいる。その間にこれだけの作品を残したことに、改めて驚嘆してしまう。

さて、お客さんがどんどん入り、座席はほぼ満席となり、ブザーがなり、照明が落ち、

「皆様、携帯電話のスイッチを忘れずにお切りください。」

というアナウンスがあり、オペラは始まった。

ニャンと、背広を着た男が登場するではないか。その時、僕はこの舞台が、現代風にアレンジされていることを初めて知った。登場人物の一人がポケットから携帯を出して話し出したときは、二度目にびっくり。

「さっき、『携帯電話のスイッチお切りください』と言われたでしょうが。」

と言いたくなる。ともかく、この演出の中で、携帯電話がかなり重要な役割を果たすことになるのだ。

会話と歌はイタリア語なのだが、舞台の真上に電光掲示板があり、英語訳が出る。しかし、話の筋が最低分かるだけの訳で、半分以上の時間、そこには何も表示されていなかった。その方が邪魔にならなくてよいという気がした。

 

大変シンプルな(おそらく安上がりの)舞台装置。

 

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