翳りゆく部屋

 

潮の引いたペランポートの海岸、砂浜が広がっている。

 

「窓辺に置いた椅子にもたれ あなたは夕陽見てた 

なげやりな別れの気配を 横顔に漂わせ」

「翳りゆく部屋」、松任谷由美の曲である。(発表当時、まだ荒井由実だったが。)大学生の頃に好きだった歌。僕は、ペランポートの町にある家の中から、だんだん暗くなっていく窓の外を見ていた。そのとき、この歌が浮かんできたのだ。休暇中、僕はよくこの歌をよく口ずさんでいた。もう九時半。しかし、外にはまだ十分明るさが残っている。

「コーンウォールは西に位置しているんや。」

僕は改めて感じた。僕の住んでいるロンドン近郊から比べると、日没が一時間近く遅いような気がする。部屋が暗くなってきたので、電灯を点けようとする。しかし、妻はもう少し外の明るさを楽しみたいと言った。

「振り向けば ドアの隙間から 宵闇が忍び込む。・・・

ランプを灯せば街は沈み 窓には部屋が映る・・・」

 七時間のドライブの後、その日の午後三時に、僕たちは、コーンウォール半島のかなり先端、北海岸にある、ペランポートという小さな町に着いた。そこに、九日間、一軒の家を借りていた。家は、海岸から歩いて五分ぐらいのところ。一階は広いリビングとダイニングキッチン、二回には四つの寝室がある。貸別荘として提供されているだけあって、清潔で設備も万全、壁に掛かっている絵画や置物、時計までも、結構凝ったものだった。

「なかなか良い家じゃん。正解正解。」

この家を見つけて予約を入れた、末娘のスミレに言う。彼女は、ちょっと得意気で、お鼻がピクピク。

 車から荷物を降ろした後、四人で、海岸へ出かけた。典型的な英国の海岸にあるホリデーリゾート。斜面に沿って、ホリデー用のアパートメントが並んでおり、海岸沿いには、カフェやレストラン、サーフィンの店が軒を連ねている。しかし、残念ながら、まだロックダウンの影響下にあるため、レストランはあっても、屋外でしか食事は出来ない。僕たちが海岸に行ったときは、引き潮だった。潮が引いた後に砂浜が広がり、波打ち際は、二百メートルくらい先にあった。空はあくまで蒼い。しかし、空気は冷たく風も強い。久々に海辺に来るのは良いものだ。一年に数週間は、海の傍に住んでみたい。

 潮の引いた砂の上に、波が残した模様が広がっている。それをカンバスに移しただけで、美術作品になりそう。しかし、その波の模様も、僕には結構手強い相手だった。平らな道を歩いている間は大丈夫なのだが、砂浜の微妙なデコボコが、腰に来るのである。ギックリ腰になって初めて分かった。人間は歩くとき、地面の微妙な起伏に対して、足や腰でバランスを取っているのである。妻に手を引いてもらって、何とか砂浜の端まで来る。

「これじゃ、明日からのトレッキングはとっても無理や。」

翌日は、セーラに言われたように絵を描いて過ごすことに決めた。

 

 

砂浜に広がる波の模様、犬が足跡をつけた。

 

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