オクムラ先輩の砲丸おにぎり

 

ルートン空港の搭乗口。行先の写真が表示されていて、旅情を掻き立てられる。

 

コルフ島は、ギリシアのイオニア海に浮かぶ、結構大きな島である。ギリシアと言うと、「ジュディ・オング」の頃からエーゲ海の島々が有名だが(えっ、知らない?こりゃまた失礼!)ギリシアのペロポネソス半島から見て、右側がエーゲ海。左側がイオニア海。イオニア海側の方が、エーゲ海側に比べて雨が多いので、島には緑が多い。コルフ島、ギリシア語の名前は「ケルキラ」。英語ではコーフと発音される。

「コーフへ行ってきます。」

と言うと、山梨県の甲府に行くみたいだが。

「どちらもブドウとワインが獲れます。」(拍手)

「はい、山田君。円楽さんに座布団一枚。」

ともかく、僕たちはコルフ島に向かった。島の北海岸のアギオス・スピリドンという村の「メアブルー・リゾート」というホテルでで、五月二十三日から三十日まで、妻とふたりの娘と四人で、過ごすことになっていた。ホテルは「オール・インクルーシブ」ということで、三食の他に、アルコールも料金に含まれている。つまり、「食べ放題、飲み放題」のホリデーなのである。

五月二十三日、午前四時に出発。二人の娘は前夜から僕の家に泊まっている。車でロンドン北方のルートン空港へ。殆ど夜のない夏のヨーロッパでは、四時になると、もう普通に明るい。三十分ほどでルートン空港に着き、朝の五時過ぎにチェックインを済ませる。空港は、朝早いフライトに乗る人で結構混んでいる。搭乗を待つロビーでは、店やパブがもう開いている。まだ朝五時だが、ビールを飲むこともできる。

「休暇なんだから朝から行くか。」

という気持ちにもなる。しかし、コルフ島に着いたら、空港からの運転がある。やめておいたほうがいい。ふたりの娘たちはスターバックスでコーヒーを買っている。彼らの持って来たコーヒーの紙コップを見ると、二人の名前が書いてある。

「注文した時に名前を言って、コップに書いてくれるの。出来たら名前を呼んでくれるの。」

と末娘のスミレが解説してくれる。僕は、スターバックスなんて滅多に行かない人だから、そのシステムをよく知らない。僕の同僚に「クリシュナムルティカリアナラマン」というインド人がいた。(インド人は、概して名前が長い。)

「そんな客が来たら、どうするんだろう。」

余計なことを考えて、一人でクスクスと笑う。

待っている時間、朝食に、妻が昨夜作っておいてくれた、握り飯を食べる。塩昆布の入った握り飯に海苔を巻く。学生時代、学食で昼食を食べる金さえないとき、僕は自分で握り飯を作って、持って行ったものだ。陸上部の先輩のオクムラ氏も同じ境遇だったのだろう。彼はいつも、直径十センチくらいある海苔を巻いた握り飯を持ってきていた。彼は十種競技の選手だったが、その巨大な握り飯は、他の部員から「砲丸」と呼ばれていた。オクムラ先輩が砲丸投げをやるのを見るとき、おにぎりを思い出し、僕は思わず笑ってしまった。

 

ケルキラ空港に到着。乾いたギリシアの風が吹き渡る。

 

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