念願が叶った

 

駅から会場へ向かう地下道の両側には、シルク・ドゥ・ソレイユのポスターがずらりと並んでいる。

 

「こりゃあ、種も仕掛けもないだけにすごいわ。」

日本の棒の上で倒立するミランダ役の若い女性を見て、僕は完全に脱帽した。演出が素晴らしく、舞台や衣装が美しいだけでなく、出演者の見せる技も超一流だった。

「サーカスを超えたサーカス」、シルク・ドゥ・ソレイユについて聞いたのは、もう十年以上前だろうか。ラスヴェガスでシルク・ドゥ・ソレイユの公演を見た友人のY子人から「素晴らしい」という話は聞いていた。ストーリーのあるサーカス。幻想的な舞台だという。ちなみにシルク・ドゥ・ソレイユとはフランス語で「太陽のサーカス」という意味。これくらいのフランス語は分かる。

「機会があったら是非見てね。」

というお勧め。一度見てみたいと思っていた。ロンドンの地下鉄の駅やビルボードなどで、公演のポスターを何度も見た。しかし、その状態で十年が過ぎてしまった。

昨年、二〇一六年の夏のある夕方、娘のミドリと話をしているとき、彼女の友人のゴードンがラスヴェガスでシルク・ドゥ・ソレイユ公演を見たという話が出た。

「すうっごく良かったって。」

とミドリが言った。

「じゃあ、僕たちも一度見に行こうや。」

ミドリと僕は、即刻インターネットで次のロンドン公演の日程を調べた。

「来年の一月にロイヤル・アルバート・ホールでの公演があるよ。」

半年後だ。僕たちは切符を三枚購入した。一枚四十八ポンド、六千円以上、決して安くはない。二〇一七年一月二十七日の金曜日、午後八時の開始である。そして、届いた切符は数ヶ月間、僕の二〇一六年の手帳に挟まっていて、年が明けてからは二〇一七年の手帳に移された。

 手帳に挟まっているチケットを見るにつけ、

「まだまだずっと先のことや。」

そう思っていたが、いつかはその日がやって来るもの。ミドリと妻と僕は、一月二十七日午後六時、僕たちが住む町の駅に集合した。僕は四時半には仕事を終え、五時半には家に帰っていた。一足さきに家を出た妻は、町の「なんちゃって日本料理店」のテイクアウェーで、寿司のパックを買ってきた。ミドリは五時まで仕事をして、シャワーを浴びて駅に駆けつけた。ロンドンに向かう電車の中で、妻の買ってきた寿司を食べる。ロンドンから外に向かう電車は混んでいるのだろうが、その時間ロンドンへ向かう電車はガラガラ。別に弁当を開けていても白い目で見られることはなかった。

 電車から地下鉄に乗り換え、サウス・ケンジントン駅で降りる。その駅の近くには、自然史博物館、ヴィクトリア・アルバート博物館、科学博物館、ロイヤル・アルバート・ホールなどの有名な場所が沢山ある。そして、駅からそれらまでは、地下道を通っていけるようになっている。地下道の両側には、シルク・ドゥ・ソレイユのポスターがズラリと並んでいる。

 

ロイヤル・アルバート・ホールのバルコニー席に座る。どの位置からも身体の正面に舞台を見ることのできるホールである。

 

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