ケイン・ガーデン・ビーチでの会話

 

生まれて初めてカリブ海に入る。ちょっと感激的な一瞬。

 

「気持ち良いねえ。これで本当に『ホリデーに来た』という気分になったね。」

と妻と僕は水の中で言い合った。十日間に渡る船中での生活の後、海で泳ぐのは本当に気持ちの良い。閉塞感の後の解放感とでも言うのだろうか。

ケイン・ガーデン・ビーチは、幅が五百メートルも満たない小さな入り江である。白い砂と、翡翠色の海、ヤシの木と背景の緑に覆われた山。五月に行ったマヨルカ島の、延々と何キロも続く砂浜には比べるべくもないが、結構可愛い場所だった。ヤシの木の間をペリカンが飛んでいる。ペリカンは時々海に向かって直角にダイブしている。ヴェンチューラの他の乗客にも沢山会った。ここはやっぱり「お勧めスポット」なんだ。

海の水が温かい。おそらく三十度以上あると思う。長く水の中にいても全然寒くならない。何十分でも水の中にプカプカと浮いてられる。夏の地中海といえどもこうはいかない。水の中にいると身体が冷える。浜に上がって日光浴の繰り返しになる。本当にここの水は温かい。これだけ海水温が高いと、ハリケーンの生まれるのも道理というもの。それに水がとてもきれい。海藻類が生えていないのが不思議なくらい。空は曇り空で、時々小雨がちらつくが、これくらいが暑すぎないし、日焼けをしすぎないのでちょうど良い。

砂浜のヤシの木の下に寝転ぶ。左側の老夫婦はヴェンチューラで来た英国人、右側の三十代のカップルはアイーダで来たドイツ人である。左側を向いて英語で話し、右側を向いてドイツ語で話すことになる。僕は、ドイツ人カップルの乗っているもうひとつのクルーズ船、アイーダがどんなものかに興味があった。

「おたくの船、夕食の時、やっぱりドレスコードなんてあるのですか?」

と聞いてみる。そんなものは無いという。ヴェンチューラでは二日に一度、タキシード着用が義務付けられているというと、驚いた様子だった。食事も、アイーダでは自由な時間に、自由な物を食べられるバフェット、つまりセルフサービスだけだという。

「うちの船は、二十カ国以上の国籍の人が乗っているんですけど、おたくの船は?」

とドイツ人の男性(後でクリスチャンという名前だと分かったが)が聞いてくる。

「九十九パーセントが英国人です。非英国人の乗客は、おそらく十組以下ですよ。」

と答える。彼等の船は、若い人達が半分くらい乗っているという。夜にはディスコもあるという。

「僕達の船では、夕食後のダンスは、『社交ダンス』しかないんです。」

クリスティアンは驚いている。一概にクルーズ船と言っても、船によって様子が随分違うことが分かり面白かった。

「乗客の九十パーセントが六十歳以上なんです。何か老人ホームにいるみたいですよ。」

僕は笑いながら言った。しかし、その後、ドキッとする。僕はドイツ語での会話を、左隣の英国人の老夫婦が理解しないことを前提に話している。ひょっとして、この人達もドイツ語が分かってたりして。

 

峠からロードタウンの町を望む。左側がアイーダで右側がヴェンチューラ。

 

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