フィヨルド観光その三、バスの運転手のパーフォーマンス

雪山を背景したヴォスの湖。雪山の背景って本当に絵になる。

 

グドヴァンゲンもフロムと同じように、船着場と駐車場の他は何もない場所だった。町の後ろに高さ数百メートルの壁のような岩がそびえ、そこに「白糸の滝」数百倍に拡大したような細い滝が数多く落ちている。僕たちはそこからバスに乗って、鉄道の駅のあるヴォスへ向かうのだ。バスは所々の停留所で停まっていくので、一応路線バスのようである。

「ちょっと観光してみましょうか。」

運転手がそう言って、バスを国道から脇道へと乗り入れた。間もなく、自転車でも曲がるのが大変そうなヘアピンカーブの連続の下り坂になった。バスにとっては本当にギリギリなのであるが、運転手は慣れたハンドルさばきで、一度もバックしたり、切り替えしたりすることなく、ジグザグの道を降りていく。途中で水量の豊かな滝が二箇所あり、そこの前では少し停まってくれる。その山道を下り終えたとき、乗客から拍手が起こった。

「拍手にお応えして、アンコールでもう一度。冗談、冗談。」

と運転手。しばらく走ると、さきほど通った場所をまた走っている。つまり、運転手は、脇道を通ってわざわざグルリと一周したのだ。先程、脇道にそれた場所を二度目に通った時、

「あれ、もう一回行かないの。」

とひとりの客が言った。

「あの寄り道は、ルートに組み込まれたものなのだろうか。それとも運転手の単なる気まぐれ、パーフォーマンスなのだろうか。」

僕は考えたが、結局分からなかった。

バスの横を川が流れている。ノルウェーの川は半分川で半分滝である。ものすごい急流。白く泡立ちながら翡翠色の水が流れている、というより「流れ落ちて」いる。山と渓谷の中を進む感じ、交通量が極端に少なく滅多に車とすれ違わない感じが、ニュージーランドの南島と似ている。ニュージーランドと決定的に違うのは、ノルウェーでは鉄道網が発達していることであろうか。バスは「お遊び」の時間を入れながらも、一時間半ほどでヴォスの町に着いた。

ヴォスは今朝電車で通った町で、湖の畔にある。湖の向こうには牧場と森が広がり、その向こうには雪を頂いた山が見える、なかなか風光明媚な場所である。今朝の電車に、スキーを持った若者が乗っており、ヴォスの少し向こうの駅で降りたので、この辺りの山ではまだスキーをするのに十分な雪があるのだろう。フィヨルドの中を進むときは結構寒かったが、この場所は暖かく、湖の畔の芝生で日光浴をする人、湖に入って遊んでいる子供たちがいる。妻と娘はアイスクリームを買って食べている。

十七時四十三分発のベルゲン行きの電車に乗る。朝の電車はローカル列車だったが、帰りの電車はオスロから来た特急であった。電車は七時少し前にベルゲンの駅に着いた。今日は夏至である。娘によると「父の日」でもあるという。「母の日」に比べて何となく地味で忘れられている。

「わ〜い、父の日だって、何か良いことがあるのかな。」

と僕。娘が言った。

「じゃあ私、ウィスキーバーで、ウィスキーを一杯奢ってあげる。」

しかし、その日は日曜日で、ホテルのウィスキーバーは閉まっていた。

 

ヴォスの駅で、オスロ発ベルゲン行の列車を待つ。

 

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