アパルトマンの住人

 

ゲントの運河に掛かる橋の上で。一人旅の苦労は、自分の入った写真を残すこと。

 

何故僕がホテルよりアパルトマンを好むのかというと、夜一人でレストランに行くのが嫌いだから。レストランのテーブルに独りでポツンと就いて、食事の出てくるのを待つというのは、退屈で居心地の悪いもの。基本的にレストランは、特にヨーロッパのレストランは、二人以上で行く場所だと思う。つまり、食事を楽しむだけではなく、その間の会話を楽しむ所なのだ。それにレストラン行くには、それ相当の格好をしなくてはいけないし。別にスーツやブレザーでなくて、シャツとジーンズでもいいんだけど、それでも、パジャマやトレーニングウェアでは行けないもんね。その点、アパートメントなら、パジャマに着替えて、ソファで寛ぎながら、好きな料理をつまみ、同時にワインを飲みながら、テレビなんかを見て、つまり、ダラダラとして過ごせる。

僕はアパルトマンの呼び鈴をならし、顔を出した管理人のアルツールに鍵をもらい、二階の自分の部屋に入った。このアパルトマン、全部で四部屋しかない。四階建ての間口の狭い縦長の建物、各階の客室はひとつだけ。一階は管理人が住んでいるので、地下室も入れて、客室は四つだけになるわけだ。部屋は大きな寝室と、別にキッチンとバスルーム。本当に普通のアパートに住んでいるような気分になる。

先週初めてこのアパルトマンに泊まろうとしたとき、なかなか見つけることが出来なかった。入り口にせめて看板でも挙がっていると思ってたけれど、何もない。外から見るとごく普通の家なのだ。

先週このアパルトマンに泊まったとき、奇妙なことを見聞きした。着いた日の夜、階段でひとりの黒人の若者と出会った。やはり泊り客だという。

「僕、モト。英国からビジネスで来てるの。」

「俺はチャールズ。アフリカのある国から、やっぱりビジネスで。」

と英語で自己紹介をして、握手をする。

「モト、面白いものを見せてあげようか。」

とチャールズが言うので、彼の部屋まで付いていく。

彼は、封筒から、紙幣と同じサイズの白い紙を出した。その後、鞄からアルミホイルを出してテーブルの上に敷き、その上に白い紙を乗せた。そして、三種類の薬品を順番にかけていく。最後にその紙を水道の水で洗うと、あら不思議、その紙は五十ユーロ紙幣になっていた。つまり、その白い紙は、もともと五十ユーロ札だったのだが、特殊なコーティングをして、白く見せていたわけだ。チャールズがドライヤーでその札を乾かす。

「モト、五十ユーロ札貸してくれない。」

僕が財布から札を出して彼に渡す。彼は、自分が白い紙から戻した札と、僕が渡した札を一緒にして、再び僕の前に差し出した。

「どっちがきみのだい?」

僕には区別がつかなかった。白い紙は、それほど完璧に紙幣に戻っていた。

 

川面の漣を写し出す橋。揺れ動く様を見ているのは楽しい。

 

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