縦に伸びる町

 

ワタルのコンド。昔の米国大使館の跡地に建てられている。

 

 サイクリングをした日、僕たちは、ゾーイのご両親である、ハンさん夫妻に夕食に招待された。お二人は今年になって新しいコンドに移られたとのこと。そして、彼らの住むのは、三十五階建ての建物の二十八階であった。四時頃に、妻と僕、エンゾーとシャシャが、ハンさんの車で、彼らのマンションに移動する。

「わあ、すごい景色!」

「そうでしょ。」

とエレンさん。彼らのリビングルームは全面が窓で、二十八階からの眺望は息を呑む。

シンガポールの建物はどれも高い。限られた土地に、多くの人が住むために、建物を高くせざるを得ないということは分かる。シンガポールの面積は東京都二十三区とほぼ同じ。そこに六百万人が暮らしている。(東京都二十三区の人口は一千万人弱)しかし、東京ほど、ゴミゴミした感じ、人が多いことによる圧迫感はない。シンガポールの衛星写真を見ると、島の北半分は、緑で覆われ、熱帯雨林が広がっている。また、街を歩いていても、樹木が多く、「東京砂漠」と呼ばれるような二十三区とは、かなり違った印象。と言うことは、取も直さず、ひとつひとつの建物が、東京に比べて格段に高く、土地の有効活用が図られているのだ。東京にも高い建物がある。しかし、シンガポールではほぼ全ての建物が高いのだ。

シンガポールではこれらの居住用の高層建築、日本で言う「タワマン」を、米国式に「コンドミニアム」または「コンド」と呼ぶ。ほとんどのコンドに、居住者用のプールとテニスコートがある。そのプールも、五十メートルなんていうのはざら。お値段の方は、確実に「ン億円」である。

「そんな物件が飛ぶように売れるシンガポールは、やっぱり、世界の富が集まる場所なんや。」

改めて感じてしまう。

 エンゾーは、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家に来るのが好きみたい。そこには、テレビと、甘い物があるからだ。ワタルの家にはテレビがない。少なくともリビングや、エンゾーの部屋には。エンゾーがテレビを見るのを見たことがない。祖父母の家で、彼は、「BBCアース」の、ヒマラヤ登山や、野生動物の番組を、食い入るように見ている。また、エレンさんが僕たちに出してくれたクッキーを、独り占めにしようとして取り上げられて泣いている。

 六時ごろに、ワタル、ゾーイ、スミレもやって来て、夕食が始まった。メニューは「しゃぶしゃぶ」。中国人は「火鍋(ホウゴウ)」が大好き。寒い所でも、暑い所でも鍋物をよく食べる。薄切りの肉や野菜や海鮮をふんだんに入れた鍋が始まった。ワタルが持ってきた、アルコール度五十五パーセントの「汾酒(ファンジョウ)」が振舞われる。鍋物と相まって、胃の中がカッと熱くなった。妻も僕も、勉強の甲斐があって、ハンさん夫婦との会話は、半分以上が中国語になってきた。喋ることは分かってもらえるが、なかなか聞けない。

 

しゃぶしゃぶを食べながら、中国古来のお酒で乾杯。

 

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