隠し扉の秘密

このポスターだもの。Mさんが独りで行くのをためらった気持ちがよく分かる。 

 

僕たちは、黒装束のお姉さんに、ちょっと広い場所に案内された。

「ここには扉がないぜござるが、忍者なんで、通れるでござる。」

お姉さんが言うと、向こう側の壁が横にずれて、向こうに廊下が続いていた。何のことはない、壁一面が自動ドアになっているだけ。

案内された部屋は、穴倉のようで、狭くて暗い。食事を注文して待っている間に、忍者の格好をしたお兄さんが入ってきて、

「忍術でござる。」

とか言って手品を見せてくれたの。それが、誕生日のパーティーでマジシャンがやるような、ごく普通の手品なわけ。

「これのどこが忍術なのよ。」

と僕たちはちょっと呆れ顔。でも、料理の味は思っていたほどひどくなかった。それが救いかな。

食事を終えて階段を上がると売店があり、その横のドアの向こうから、

「オエー、オエー」

と苦しそうな声が聞こえてくる。

「誰か食中毒、フード・ポズニングで苦しんでるみたい。大丈夫かな。」

Mさんに言う。Mさんが、ドアの貼り紙を指差す。「只今忍者ショー開演中」ショーなの。紛らわしい声を出さないで欲しいよね。

暗くて狭い部屋で食事をしたので、「クローストロフォービック、閉所恐怖症」気味の僕はちょっと疲れた。明るくて広いところでお茶を飲もうと、それからふたりで、京都の街の真ん中を流れる鴨川の畔を歩いて、「リッツ・カールトン・ホテル」へ行った。ロンドンでもそうだけど、超高級ホテル。「忍者屋敷」から「リッツホテル」ずいぶんの格差。玄関を入り、ティールームの場所を聞くと、右側へ行ってねとフロントのお姉さんが言う。右へ行くが、そこは壁があるだけ。あれっと思っていると、壁だと思っていた板が左右に開いて、向こう側にティールームが見えた。Mさんと僕が同時に言った。

「わあ、忍者屋敷と同じだ。」

リッツホテルのティールームで一杯千五百円、八ポンドのダージリン・ティーを飲んだの。ウェートレスのお姉さんは皆若くておきれい。そこはかとなく日本古来の弦楽器、琴の音が聞こえ、広い窓の外には竹と流水が見える。

Mさんと話していて驚いたことだが、彼女は子供のときから銭湯に行ったことがないんだって。つまり、彼女の家には、浴室、バスルームがあったのである。僕は言った。

Mさんが、そんな良いところのお嬢さんだとは知らなかったなあ。」

少なくとも、僕の住んでいた長屋、テラスドハウスには、家にもちろんトイレットはあったけれど、風呂場のある家なんてなかった。皆、夜になると、近所の「パブリック・バス、銭湯」に通ってた。僕は、風呂場のある家に住んでいる同級生を、お金持ちの息子や娘だと思っていた。今では、どんな安いアパートでも風呂場だけはあるよね。信じられない話しなんだけど、「サムライ、江戸時代」の話じゃなく、ほんの四十年前の話である。インドではどうなの。家にお風呂場あった。Mさんと別れて家に帰った後、もちろん、僕はいつものように銭湯行ったよ。

 

体育の日、スポーツデー。京都の町の真ん中を流れる鴨川では、マラソン大会が行われていた。

 

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