台風

 

娘のミドリは13日(日)に日本を発つことになっていた。これを見るとほぼ絶望的?

 

息子の披露宴が、台風や、悪天候の影響を受けなかったのは、本当にラッキーだったと思う。息夫婦とゾーイの両親が日本に着いてからの一週間は天気に恵まれていた。「自然の中で結婚したい」というふたりの希望で、屋外でセレモニーが行われたのだが、その時は薄曇りで気温は二十八度、ちょうどよい天候だった。 

「ふたりの普段の行いが良かったんやね。」

と僕たち親族は言い合った。

今年は、秋になり、大きな台風が次々日本を襲っている。特に台風十九号「ハギビス」では、東日本を中心に百人近い犠牲者が出た。僕が日本を去る数日前、非常に大きな台風十九号が、日本に向かっているのは分かっていた。しかし、その進路とスピードから考えると、僕は台風が近づく前に、日本を発てるはずだった。事実、僕は、無事に出発できた。ちなみに、末娘のスミレ、妻のマユミはそれ以前に仕事の都合で英国に戻っていた。

「日本も、良い所なんだけど。また住んでみたいと思うんだけど、台風と地震があるのがね。」

日本で殺人事件があればニュースで大きく取り上げられる。ある意味では、そんな安全な、人の命を大切にする国で、災害がある度に、何十人、何百人という人が亡くなるのは、本当に不条理だと思う。

話を台風十九号に戻そう。僕は、タッチをかいくぐってのセーフ、何とかホームに辿り着いたが、問題は娘のミドリであった。金沢に滞在していた彼女は、僕の三日後、日曜日の朝、関空からのフライトだった。台風の上陸が予想されているのは土曜日の午後なのだ。

「ミドリは無理かも知れないな。」

日本を発つ日、僕は台風情報を見て、そう思った。

「土曜日、JRは計画運休でまず動かないから、列車が走っている金曜日中に、京都までおいでよ。京都から関空までなら、タクシーでも行けるから。」

と言うのが僕の指示。ミドリは予定より一日早く金沢を出て、僕の母の家で待機することになった。結果的に、ミドリは、日曜日の朝、予定通り関空から飛び発つことが出来た。ミドリを乗せることになるインチョンからの飛行機が、早朝、無事に関空に着いたのをインターネットの「フライト・トラッカー」で確認し、先ずは一安心。

 日曜日の夜、妻とふたりで、ソウル経由でヒースロー空港に着いたミドリを迎えに行った。

僕:「台風で、色々大変やったね。」

ミドリ:「土曜日は、雨や風がひどくて、怖かったよ。でも良いこともあったよ。」

僕:「何?」

ミドリ:「土曜日、ずっとお祖母ちゃんと一緒に家にいられたでしょ。お祖母ちゃんと色々話ができて、楽しかった。」

電話でミドリの無事到着を伝えたら、京都の母もミドリとじっくり話せて楽しかったと言っていた。

 

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