ぎっくり腰

 

冬、馬たちもコートを着る季節。

 

英国に戻った翌朝、僕は馬牧場の入り口で立ち尽くした。目の前には、一面の泥田、ぬかるみが広がっていた。

「僕が日本にいる間、大量の雨が降ったんや。」

僕は思い知った。日本では、僕の二週間の滞在中、気温も高く、天気もまあまあ良かった。もちろん、僕が去った直後に台風が来襲して、大量の雨が降ったのだが。何となく、英国も良い天気だったのかなと思い込んでいたら、何の、季節は着実に秋から冬へと進んいたのである。

「こりゃあ腰に来るわ。」

僕は一輪車を押しながら嘆いた。馬牧場では、ウンコや干草の運搬に、一輪車を使うしかない。下がぬかるみなので、押すのにそれまでの二倍くらいの力が必要なのだ。

 何時も、日本から戻るとき、「後ろ髪を引かれる思い」と言うか、「もっと日本に居たい、英国に戻りたくない」という気持ちが強い。しかし、今回は、正直、日本を離れるときホッとした。今回は、遊びに行ったのではなく(遊びもしたけれど)、披露宴への出席、その後の京都観光のアテンドという「仕事」があった。

「せっかくなんだから、楽しもう、楽しくやろう!」

と自分に言い聞かせるのだが、正直、それが結構心の負担というか、プレッシャーになっていたのも事実だった。英国に戻った時、何か、すごく精神的に疲れている気がした。

 気が抜けたせいか、時差ボケで眠れなかったせいか、先ず、日本で引いた風邪が悪化した。それでも、馬牧場で働いていた。一週間経ったある日、僕は友人の家の庭仕事を終え、切った木や、掃いた落ち葉を処分するために、ゴミ捨て場に行った。湿った落ち葉の入った袋を持ち上げようとしたとき・・・腰に激痛。

「しもた、ぎっくり腰、やってしもた。やっぱり、腰に疲れが来てたんや。」

膝に手を当てて、何とか立っていたが、その場から一歩も動けない。英国の人々は基本的に親切、僕の方へ来てくれる。ひとりの女性が、

「どうしたの?気分が悪いの?」

「腰が・・・」

「救急車呼ぼうか?」

ぎっくり腰は初めてではない。僕は、鎮痛剤を飲めば何とか動けることを知っていた。

「座れば運転できるから、大丈夫だと思います。」

ゴミだけは捨ててきてもらった。僕は、カタツムリ以下のスピードで、助手席側から運転席側に移動し、うなり声を上げながら運転席に座った。何とか運転出来て、家には帰れた。

 ぎっくり腰の最良の治療法は、「できるだけ普段と同じ生活をする」とのこと、鎮痛剤を飲みながら、僕は何とか動き続けた。馬牧場は二日間お休みしただけ。調べてみると、「ぎっくり腰」の原因は、この医学の進んだ世の中で、まだ完全に解明されていないという。

 

(了)

 

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