村田兆治と花形満

 

この角度から叩きつけられたボールは、点ではなくかすかな線としか見えない。

 

「速〜!」

それは衝撃的な体験だった。テレビでテニスの中継を見ていると、選手の後ろから撮っている。だから、サーブは手間から向こうへ、あるいは、向こうから手前へと目に入る。それほど速さを感じない。今日、僕たちは、ネットの延長上。サーブを真横から眺めている。速すぎて、殆どどこに落ちたのか、「イン」か「アウト」かさえもよく分からない。

これと同じような体験を、小学生の頃にしたことがある。場所は大阪の日生球場。(今は取り壊されてもうないけど。)近鉄対ロッテ戦で、全盛時の村田兆治投手の投球を内野席で真横から見たときだ。

「あの球は速かったわ〜。」

バットに当てるのは不可能に思えた。打者は、いい加減な見当で振っていた。僕は普段、野球をテレビの中継でしか見ていなかった。ピッチャーの球を、前から、あるいは後ろからしか見ていなかったことになる。横から見たらどれだけ速く感じるものか、知らなかったのだ。

野球場と同じように、ウィンブルドンのコートでも、サーブの球速が表示されるが、時々「百三十五」と表示されている。これ、「キロ」ではなく「マイル」なのね。キロメートルに直すときは一、六倍する。つまり、時速二百十六キロ。いくら日本ハムの大谷翔平選手の球が速いと言っても、百六十三キロ。それよりも五十キロも速い。それでも、殆どの場合、相手の選手は、サーブをラケットに当てている。バットではなくラケットは面なので、当たる確率は高いのかも知れない。そう言えば、昔「巨人の星」で花形満が、バットでテニスをしていた。あれって、すごい技術だったということになるね。

と言うわけで、その日、妻と僕は、生まれて初めて、プロのテニスの試合を生で見ていた。英国に住み始めてもう二十五年になるが、ウィンブルドンへ来るのは初めて。一度は来てみたいという気はあった。でも、切符を手に入れるのがとても難しいと聞いていたし、当日券は朝早くから並ばないと手に入らないとも聞いていた。

「面倒臭くさ〜。」

ということで、アクションを起こしていなかった。ところが、今年、テニスクラブに所属している友人が、テニスクラブに割り当てられた切符を、二枚譲ってくれた。「センターコート」ではなく、「ナンバーワンコート」だけど。それで、二十五年目にして、初めて、ウィンブルドンの全英テニス選手権を「ナマ」で見る機会ができたのだ。

「食べ物も、飲み物も、向こうで買うとすっごく高いよ。」

と、既に何度か行ったことのある末娘に言われていた。それで、妻は、前夜より、握り飯、サンドイッチ、チキンナゲット、ゆで卵なんかで、遠足メニューお弁当を作っていた。弁当をリュックに入れて、十時十五分発の電車に乗る。僕たちの住むハートフォードシャーの町から、ロンドンを通り抜けてウィンブルドンまで直通で行く電車があるのだ。

 

中学生の頃にスポーツカーを運転し、バットでテニスをしていた天才児、花形満。

 

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