お犬様

 

パディントン駅では熊のパディントンがお出迎え。

 

「えーと、D号車の、座席番号七十三、ここか。」

僕が自分の指定された座席を見つけると、何と、そこには薄茶色の小型犬が座っている。隣の女性が、飼い主でることは明白。

「あのう、ここ私の席なんですけど・・・」

と言いながら、テーブルを挟んだ向かいの席の表示を見る。「空き」になっている。

「いいです。こっち側も空いてるようなんで、ここに座りますから。」

列車は十時半にロンドン・パディントン駅を出発した。一時間ほどして、どこかの駅に停まったとき、男性が乗ってきて、僕の座っている席を指して、

「あのう、ここ私の席なんですけど・・・」

と言う。

「本来なら、この席が私の席なんですけど・・・」

と僕は「お犬様」の座っておられる席を指していう。気が付いた飼い主の女性が、犬を膝の上に乗せ、僕は犬の居た席に座った。シートは何だか奇妙に暖かかった。

英国の公共交通機関は、犬はオーケーで、ロンドンの地下鉄でも、バスでも、結構犬を連れた人が乗ってくる。どの犬も、結構良く躾けられていて大人しい。

「英国では、子供より、犬に対して躾(しつけ)が厳しい。」

なんて、よく言われるが、それは正しい。

僕は土曜日の朝、ロンドンからトーキー(Torquay)という、デボン県にある町に向かっていた。妻は、贅沢にも「地中海クルーズ」へ出かけて留守。本来なら土曜日に、僕は日本語を教える仕事があるのだが、生徒さんがバケーションに行ったので、今週の授業はキャンセル。それで、これまで行ってみたかった、アガサ・クリスティーの故郷である海辺の街、トーキーを訪れることにしたのだ。

トーキーへ行く列車はロンドン・パディントン駅から出る。「熊のパディントン」が有名で、彼はこの駅のマスコットになっている。パディントンからトーキーまでは、約三時間半。日立製作所製の列車が走っている。この列車、電化区間も、非電化区間も両方走れるという「優れモノ」。電化区間では架線から電気をもらって走り、非電化区間になると、ディーゼルで電気を起こして走る。英国では、ロンドン近郊を除いては、非電化区間が多い。長距離列車の殆どはディーゼルカーである。この日立製の列車は、都市近郊は電気で走れるので、環境には良い。

今回は往復で約七時間、六百キロの旅。その往復切符の値段は、五十五ポンド、たった約七千五百円なのである。これは安い。と言うのは、僕は「シニア・レイルパス」を持っているから。六十歳以上だと、年間五千円ほど払えばこのパスが買え、所有者はほぼ半額で英国中の鉄道が使える。日本のJRの「フルムーンパス」みたいなもの。列車は、西に向かって進む。車窓の景色と言っても、余り見るべきものもなく、僕は本を読んで時間を過ごす。

 

左側がトーキー経由、ペイントン行の800型列車。2017年に導入された日立製である。

 

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