「島の墓」

原題:Rörgast(ガスパイプ)

ドイツ語題:Inselgrab(島の墓)

2011年)

 

<はじめに>

 

秋、冬、春とそれぞれの季節を背景にしたテオリンのエーランド島シリーズの最終作。もちろんテーマは夏。観光客で賑わうエーランド島を舞台に、過去と現在を織り交ぜたストーリーが展開する。推理の中心になるのは、今回もイェロフ・ダヴィッドソン老人である。

 

<ストーリー>

 

二〇〇〇年。少年の乗っていたゴムボートが船と衝突する。海に投げ出された少年はその船に泳ぎ着き、甲板に上る。船の中では船員たちが折り重なるように死んでいた。事件は、七十年前、イェロフが棺の中から音を聞いたときに始まっていたのだった。

 

一九三〇年。十四歳で学校を出たイェロフは、船乗りになるまで、色々なところで働いていた。彼は墓堀の仕事を手伝っていたこともあった。ある夏の日曜日、彼は自転車で仕事に向かう。その日の彼の仕事は、エドヴァルド・クロスを葬ることであった。エドヴァルドは数日前、ふたりの兄弟、ジークフリードとギルベルトと一緒に仕事をしている際、崩れてきた石塀の下敷きになって死亡していた。教会に着いたイェロフは、自分より何歳か年下の、顔色の悪い少年がたたずんでいるのを目にする。イェロフは、墓堀人のロランド・ベングトソンと一緒に墓穴を掘り始める。ベングドソンはアーロンというその少年にも墓堀を手伝わせる。アーロンは、アメリカに渡って保安官になりたいと言う。穴を掘り終わり、イェロフたちが棺を担いでいるとき、イェロフはアーロンがびっこを引いている男と一緒にいるのを見る。棺を半分くらい土に埋めたとき、イェロフは棺から、コツコツという音がするのを聞く。その音を聞いたのはイェロフだけではなかった。棺は再び掘り出され、教会に戻される。医者が呼ばれる。棺の蓋が開けられ医者がエドヴァルドを診るが、彼は間違いなく死んでいた。棺は再び穴に戻される。そのとき再び棺から物音が聞こえる。それと同時に、穴の淵に立っていたギルベルトが倒れ穴に落ちる。心臓麻痺だった。イェロフはこの仕事を辞めて、船乗りになろうと決心する。

イェロフと、元同僚のヨン・ハーグマンは、浜辺に引き上げられた、かつて自分たちが乗っていた船を見ていた。イェロフ船長、ヨン航会長の下で、船はバルト海を走り回ったが、今ではスクラップ寸前になっている。リューマチを患っているイェロフは足が不自由で、夏の間だけ、老人ホームを出て、ステンヴィクの夏の家に住んでいた。ヨンは息子と一緒にキャンプ場を経営している。ステンヴィクには夏の間、都会からの観光客が押し寄せるが、秋から春にかけては閑散としていた。ステンヴィクの近くに、クロス兄弟が建てた、エーランディック・リゾートがあった。そこはこの辺りでは珍しい、本格的で総合的なリゾート施設だった。イェロフは、押し寄せる観光客を少し不快に思いながらも、観光客と上手くやっていこうと決心する。

アイナー・ヴァルは元猟師であり、海辺の小屋に住んでいた。そこに三人の訪問客があった。一組の若い男女と、年取った男である。彼らは、アイナーから銃と爆発物を買いたいという。年取った男は、自らをアーロンと名乗り、自分は「帰郷者」であり、かつてスウェーデンから「新しい国」に移住した者であるという。三人はアイナーから、ライフル銃、ダイナマイト、ガスマスクなどを購入して立ち去る。

一九三一年、アーロンは義理の父親のスヴェンと一緒に家を出る。ふたりは「新しい国」を目指す。アーロンはそこがアメリカであることを信じていた。彼らは列車で港まで行き、そこからフェリーでスウェーデンの本土に渡る。アーロンは、エドヴァルドが死んだ、前年の夏の様子を思い出す。エドヴァルドは崩れた壁の下敷きになっていた。アーロンはその僅かな隙間に入り、死んでいるエドヴァルドを発見したのだった。スヴェンとアーロンは、ストックホルムに到着し、そこから「カステルホルム」という船に乗り込む。スヴェンは船酔いに苦しむが、何とかふたりは「新しい国」に辿り着く。

ヨナスはマルノスで、伯父のケント・クロスに拾われて、伯父の経営するリゾートに向かっていた。父親と兄のマットと一緒であった。伯父は真っ赤なスポーツカーを運転、途中警察にスピード違反で停められても、リゾートの経営者であるという自分の地位を利用してもみ消してしまった。ヨナスは十二歳で、父親は事業に失敗して、家を失っていた。彼らは、夏の間、伯父の屋敷で働くことになっていた。

イェロフは、夏至の祭りへ向かう。祭りでは音楽が演奏され、踊りが行われることになっていた。イェロフはここ数年で耳が遠くなっていた。彼は診察を受け、補聴器を作った。そのとき、聴覚を専門にする技師に、

「実際ない音が聞こえることはあるか。」

と尋ねる。イェロフは何十年もまえ、墓の底から聞こえたノックの音について技師に話す。

「オカルトや怪談には興味がない。」

と技師は取り合わない。イェロフは祭りの会場で、ビル・カールソンという男と知り合う。ビルは、スウェーデンから米国に移住した人間で、今里帰りをしていると言った。

リサはストックホルムのアパートを出て、エーランド島へ向かう。彼女はミュージシャンで、ステンヴィクの夏祭りで、ギターを演奏する契約を取り付けていたのだった。本土からエーランド島に向かう橋は渋滞しており、彼女の古い車は不調で何度も停まらなければならなかった。しかし、ステージの始まる数分前に何とか彼女は会場に到着し、歌手や他の奏者たちと一緒に演奏を始める。

イェロフは椅子に座って、踊っている人々を眺めていた。その中には、自分の娘のユリアもいた。彼はケントとニクラスのクロス兄弟と、その妹のヴェロニカがいるのに気付く。彼らの経営する大規模なリゾートはこの近くにあった。ダンスが終わり、人々は帰路につく。イェロフはビルを、一度一緒に釣りにいこうと誘う。演奏を終えたリサは出演料をヴェロニカ・クロスのところに取りに行く。彼女は、翌日からも、リゾートでDJをすることになっていた。彼女は、自分のために用意されたキャンピングカーに入る。

アーロンはクロス邸を見晴らす丘の上に立っていた。若い男ペッカとそのガールフレンドが一緒だった。屋敷の敷地は鉄条網を頂いた高い塀に囲まれていた。しかし、かつてクロス邸で働いていたペッカは、壁に作られた出入口の鍵を持っていた。三人はそこから中に入り、アーロンはクロス邸の内部の様子を観察し頭に入れる。

ヨナスは、自分に与えられた小屋で目を覚ます。彼はその日から、クロス邸のペンキ塗りをして、小遣いを稼ぐことになっていた。空腹を覚えた彼は、クロス邸の台所へ行く。そこで彼はヴェロニカと会う。

翌朝リサは、キャンピングカーの中で目を覚ます。彼女はリゾートへ行き、フロント係の女性に、その日から彼女がDJとして働くクラブを見せられる。その後、リサはリゾートの敷地に出ていく。リゾートは、鉄条網で囲まれていた。リサは鉄条網の間から外に出る。そこで、ガードマンに呼び止められる。その時、別の人間の物音が林の中に聞こえる。ガードマンはそちらへ向かって走っていく。

アーロンは岩の上に立っていた。彼はここに立つことを永年夢見てきた。そこにガードマンが現れ、ここは私有地であるから直ぐに立ち去るように言う。アーロンはピストルを抜き、ガードマンに発射し、ガードマンの死体を岩の間に落とし、その上に大きな石を乗せて遺体を隠す。

ヨナスは、クロス邸で働きながら、漏れて聞こえくる、伯父ケントの電話を聞いていた。従業員のひとりが突然姿を消したという。一仕事を終えたヨナスは、高台にある「石の墓」まで行く。そこは何百年も前、エーランド島に住んでいた住民の作った墓で、中には木の棺が並べられているという噂だった。そして、そこには亡霊がいるとの言い伝えがあった。

従兄弟のカスパーはヨナスのゴムボートを使ってよいという。カスパー自身は十六歳になり、モペットを手に入れたので、そちらの方が面白かったからだ。

リサはクラブでDJをしていた。真夜中を過ぎたが、人々の興奮は時間と共にエスカレートしていく。彼女は、紫色のかつらをかぶり、「レディー・サマータイム」として振る舞っていた。真夜中を過ぎてリサも踊り出す。

「掏りが横行しているから注意するように。」

というアナウンスがガードマンから入る。午前二時半、クラブは終わる。レディー・サマータイム、つまりリサも仕事を終えて、自分のキャンピングカーに戻る。彼女はダンスの間に掏った他人財布を車の中に隠す。

 イェロフは兄の孫であり、島で警察官をやっているティルダ・ダヴィッドソンと話す。夏至の祭りが終わって、警察も一息ついているところだという。島に持ち込もうとされた大量のアルコールが没収されたほか、リゾートのガードマンのひとりが行方不明になったという届け出があったという。イェロフは永年難聴に苦しんできた。彼はやっと補聴器を着けることを決意する。聴力判定士がイェロフを訪れ、イェロフの耳を診断する。

 ヨナスの兄マットと、従兄弟たちは、土曜日の夜に、カルマーまで映画を見に行くことになっていた。彼らにとっての問題は十三歳のヨナスであった。ヨナスがいると、自分たちの見たい映画が見られないのである。兄と従兄弟たちは、ヨナスに、自分たちと一緒に映画にいったような顔をして、どこかに隠れていろと命じる。ヨナスはリゾートを出たところで、車を下ろされる。彼はカスパーから借りたゴムボートに乗り、夕方の海に漕ぎ出す。

 アーロンとペッカは日が落ちるころ、リゾートの敷地に入る。そこには一隻の船が停泊していた。ふたりは船に乗り込む。船の中には乗組員がひとりいて、ペンキを塗っていた。ペッカは乗組員にピストルを突き付ける。そして、船のとも綱を切る。船は動き出す。リタがボムボートで現れ、船に横付けする。

 イェロフは、三人の孫たちと一緒に家にいる。彼らの母親たちは、仕事があるので、本土に戻ってしまった。イェロフは、家の中の喧騒を逃れて、海辺のボートハウスへ行き、そこで眠ることにする。ヤハン、イェロフは、沖からディーゼルエンジンの音を聞く。そして、真夜中。誰かがボートハウスの扉を叩く。

 ヨナスは海に浮かべたゴムボートの中に横たわり、空を見ていた。辺りはだんだん暗くなりつつある。ヨナスはディーゼルエンジンの音を聞く。その音は近づいてきて、見ると大きな船の影が接近してくる。その船はゴムボートに衝突し、ヨナスは海に投げ出される。彼は、船の昇降口に何とかしがみつく。ヨナスは梯子を上がって甲板に出る。そこにはひとりの男が死んでいた。そこへ若い男がフラフラと歩いてくる。もう一人の若い男が現れ、歩いている男に斧で切り付ける。自分も殺されると思ったヨナスは浮き輪を持って海に飛び込む。そのとき、ヨナスはガラス越しに老人の顔を見たような気がした。ヨナスは遠くに見える灯りに向かって必死で泳ぐ。ようやく岸に辿り着き、彼は一軒の灯りの点いているボートハウスのドアを叩く。男の声がする。

「死者に追われている。」

とヨナスは答える。イェロフはヨナスを中に入れ、毛布を掛けてやる。ヨナスは、

「アメリカ人はどこだ?」

そう、斧を持った若い男が言っていたこと、その若い男は見たことがあり「アフリカ」と関係があるとイェロフに話す。翌朝。イェロフはヨナスに、船の絵を描かせる。それは貨物船のようであった。ヨナスは「ELIA」文字が船体に書いてあったことを思い出す。ヨナスは、船の中でゾンビのような歩く死人を見たという。

 アーロンとペッカはリタの運転するゴムボートに乗り移る。そしてダイナマイトで船を爆破する。船は海底に沈んでいく。ペッカは、少年がひとり紛れ込んでいたことを、顔を見られてしまったことを、アーロンに告げる。ペッカはその少年に見覚えがなかった。アーロンはペッカに、しばらく隠れているように命じる。

リサ、レディー・サマータイムは、今日もクラブでDJとして働いていた。午前二時過ぎ、皆が酔っぱらった頃、リサはドライアイスの霧を発射し、フロアに出て踊り始める。そして、酔っている客のポケットから財布を抜き取っていく。彼女は抜き取った金を封筒に入れてシラスに送る。彼女は隣のキャンピングカーに寝泊まりする、同じく使用人のリトアニア人、パウリーナと仲良くなる。

イェロフは警察官のティルダに電話をする。休暇中であるがディルダがやってくる。ヨナスはティルダにイェロフに話したのと同じ話をする。イェロフはヨナスの見た「歩く死人」対して仮説を持っていた。彼の若い頃、漁船の中で、二人の漁師が死んでいるのを見つけたことがある。それも夏であった。魚が腐ったときに発生する硫化水素による死と考えられた。ティルダはその事件を警察本部に連絡する。ヨナスは帰っていく。その後、ヨナスは、イェロフの孫のクリストファーと仲良くなり、時々、イェロフの家に遊びに来るようになる。

クロス邸に戻ったヨナスは、前夜あったことを誰にも話さなかった。ケント伯父が大声で話しているので、何かが起こったことをヨナスは感じる。彼はベランダでペンキ塗りの仕事を始める。彼は高台から白い髭を生やした老人がこちらを見下ろしているのを見る。アーロンは、湾を見下ろす高台に立っている。そこからは、クロス邸が見下ろせた。アーロンは近くに、昔軍事的な目的で使われていた壕を発見する。

一九三一年、スヴェンとアーロンは「新しい国」の港に到着する。アーロンは十三歳であった。ふたりは北方の森で、運河掘りをすることになる。「新しい国」でスヴェンとアーロンは運河を掘る過酷な労働に耐えていた。それは働いて眠るだけの生活であった。厳しい冬の後、夏が来ると、大量の蚊に悩まされた。彼らはダイナマイトを使って岩を砕き、掘り進んでいく。多くの犠牲者が出た。

 夕方、ヨナスはイェロフの孫、クリストファーと遊ぶためにイェロフの家を訪れる。イェロフはテラスに座っていた。イェロフは、ヨナスが船で会った、斧を持った男に見覚えがあるという。そして、その男は「アフリカ」で会ったという。しかし、ヨナス自身はもちろん、アフリカに行っていない。イェロフは、ヨナスと自分の孫がビデオを見ているのを見て、あることを思いつく。彼は、マルノスにある、エーランド島で唯一つの映画館に電話をし、そこで「ライオンキング」の映画をやっていた時期を確かめる。それは五年前であった。そして、そのときペーター・マイヤーという男が切符売り場で働いており、その男が後に、クロス家が経営するエーランド・リゾートに移ったことを知る。ヨナスは、その斧を持った若い男が、

「アメリカ人はどこだ。」

と言っていたことも思い出す。

イェロフは、一九三〇年代にアメリカに移住した人間について知るために、祭りで会った「アメリカへ移住したスウェーデン人」、ビルに電話をする。アメリカに住んだことがあるスウェーデン人の集まりが良く週末にあるという。イェロフは情報を集めるために集会に参加することにする。

アーロンは再びアイマー・ヴァルに電話をする。アイナーは、

「船を沈めたのはあんたか。」

と聞くがアーロンは答えない。アーロンはもっと武器が欲しいとアイナーに言う。

 イェロフから聞いた「ペーター・マイヤー」という名前が、ヨナスの頭から離れなかった。見聞きしたことを自分一人の中に留めておけなくなったヨナスは、父親に話す。父親はそれを兄のケントに話した。ケントは、夏至のすぐ後に、船が一隻行方不明になったことを気にしていた。また、ペッカこと、ペーター・マイヤーは、昨年まで自分のリゾートで働いていたことを知っていた。ケントは、ヨナスを連れて、ペッカのところへ行くと告げる。ケントは、ヨナスと父親を車に乗せて屋敷を出る。

マルノスに着いた、ケント一行は、ペッカの家の呼び鈴を鳴らす。誰もドアを開けない。しかし、ヨナスは街のピッツェリアにいるペッカを見つける。ケントが呼び止めようとすると、ペッカはピザの箱を投げ捨てて走り出す。ケントとニクラスが後を追う。しばらくすると、ヨナスに大きな衝撃音が聞こえる。ケントと父が戻って来る。

「ペッカは、交通事故で死んだ。このことは誰にも言うな。」

とケントはヨナスに言う。

イェロフは朝のラジオのニュースで、前夜マルノスであった交通事故で、若い男性が死亡したことを知る。その日、イェロフは「アメリカ帰りのスウェーデン人の会」に参加する。そこで、彼一九三〇年代にエーランド島北部から海外へ移住した人間の名簿を見る。彼はそこでふたりの名前を発見する。

l  氏名:アーロン・フレード、生年:一九一八8、出身:レードトロップ、アルベーケ教区

l  氏名:スヴェン・フレード、生年:一八九四、出身:レードトロップ、アルベーケ教区

彼らは、移住者の最後の世代であった。

アーロンは翌日の夕方アイナーを訪れる。家の前にボートが浮かんでおり、アイナーはその中で死んでいた。アーロンはアイナーの家にある武器弾薬を全て車に積んで持ち帰る。その中には木箱に入ったあるものが含まれていた。アーロンは電話ボックスから警察に電話をし、匿名でアイナーの死を告げる。

一九三三、スヴェンとアーロンは森の中で過酷な労働を続けていた。彼らは何とか生き延びで、アーロンは成人になる。

ヨナスは夕方、石の墓の傍に誰かが立っているのをみつける。孫と遊ぶために、イェロフの家を訪れたヨナスは、

「ペーター・マイヤーの名前を誰にも話さなかったか。」

と尋ねる。実は父と伯父に話してはいたが、ヨナスは嘘をつく。

警察官のティルダは、イェロフを訪れ、アイナー・ヴァルを知っているか尋ねる。イェロフは、アイナーは引退した猟師で、あまり評判がよくないことを告げる。ティルダは匿名の電話があり、警官がアイナーの家に出向くと死体があったという。また、アイナーの甥であるペーター・マイヤーも同じ時期に車に轢かれて死亡していたという。アーロンもペッカのカールフレンドから、ペッカが死亡したことを聞く。

イェロフがかつて一緒に働いていた墓堀人の娘が健在であるという。彼は、その女性、ソーニャ・ベングドソンを訪れる。彼女は、アーロン・フレードの家族の親戚でもあった。彼女は、スヴェンがアーロンを連れて「新しい国」にチャンスを求めて家を出たと、家に残した妻、アストリッドには全く連絡がなかったという。ただ、一枚だけ、船に乗る前に出した絵葉書が来ていた。イェロフはその絵葉書を借り受ける。イェロフは、スヴェンとアーロンのどのようにして見つけられるかと考える。フレード家は貧しく、スヴェンは共産主義者であったという。そして、その思想ゆえにクロス兄弟から嫌われていたという。

「共産主義者がアメリカへ行く・・・」

イェロフはそのことに不自然さを感じる。彼は、絵葉書に描かれている船と港を調べる。その港は太平洋航路の船が出るイェーテボリではなくバルト海に面したストックホルムだった。そして、写っている船はソ連のレニングラード行の船だった。

一九三四年、スヴェンとアーロンが「新しい国」に来てから三年が経った。アーロンはそのときになって初めて、自分の居る国がアメリカではなくソ連で、自分の話している言葉が英語ではなくロシア語であることを知る。アーロンは巧みにロシア語を話せるようになっていた。スヴェンは「偉大な指導者」スターリンについてアーロンに語るが、ソ連にはその年飢饉が訪れていた。

一九三五年、食糧事情は幾分改善した。しかし、一緒に働く労働者が次々と消えていくという怪が起こっていた。スヴェンでさえ、スウェーデンに戻りたいと考えていたが、パスポートは雇い主に取られてしまっていた。ある日、スヴェンとアーロンは、他の労働者とトラックに乗せられる。駅から、列車に乗せられて到着した先は、刑務所であった。

イェロフは、娘たちの家族が家に来たので、自分は老人ホームに戻る。ホームにティルダが訪れる。行方不明になっている船の船長の他殺遺体が海の中で発見されたという。事件は正式に殺人事件として扱われることになり、ティルダはヨナスを正式に尋問したいという。イェロフは、ティルダから立会人として、尋問の場にいることの許可を得る。ヨナスはケントから、警察が会いたがっている旨を聞く。

「おまえが下手なことを言うと、また父親が刑務所にいくことになるぞ。」

とケントはヨナスを脅す。

 ヨナスへの尋問がケント邸で行われる。尋問は未成年者担当のセシリア・サンダーという女性刑事によって行われた。皆が部屋から出されるが、伯父のケントだけは、親権者ということで部屋に残った。イェロフも立会人として残る。ヨナスは溺死体の写真を見て、船の中で倒れていた人物に間違いないという。また、船の写真を見て、自分のゴムボートにぶつかったのはその船に間違いと言う。刑事は次に老人の写真を見せる。それは、アイナー・ヴァルの写真であった。ヨナスはその写真の人物については知らないと言う。イェロフはその写真が、自分の住む老人ホームで撮られたものであることに気付く。

 尋問が終わったとき、イェロフがケントに話しかける。彼は、沈んだ船「オフィリア」がケントの敷地にある船着き場に停泊していたのではないかと問い質す。ケントはそれを認めるが、積荷は魚介類であったという。

 アーロンとリタは、キャンパーとして、エーランディック・リゾートの敷地に入って行く。アーロンは、自分がアメリカではなくソ連にいたことをリタに告げる。ふたりは、高圧ポンプを持って坂を登っていく。その後、リタはストックホルムへと去っていく。エーランドはいよいよ観光シーズンのピークを迎えようとしていた。

 スヴェンとアーロンは、サボタージュの罪で告発され、懲役八年の刑を受ける。彼らは、北の森林地帯に貨車で運ばれる。ふたりは刑務所に入る際、山積みされた死体を見る。彼らは森林の伐採の仕事に従事するが、劣悪な環境、猛烈な寒さのために、毎日誰かが死んでいった。アーロンは十七歳になっていた。彼は、ウクライナから来た、ヴラドという青年に出会う、ヴラドはアーロンにロシア語の文字を教える。そして、ここを出るためには、スウェーデン人であることを捨て、ソ連人になる以外方法はないという。ある日伐採作業をしていると、切り倒して積んであった木材が、崩れる。ヴラドとアーロンが下敷きになる。アーロンは気を失う。彼が目を覚ますと病院にいた。看護師は自分のことを「ヴラド」と呼ぶ。救助隊が到着したとき、スヴェンが意識的に、ふたりのアイデンティティーを入れ替えたのだった。アーロンと見なされたヴラドは死亡していた。

 リサはその夜もクラブのDJボックスにいた。彼女は気分が悪くなり、DJボックスを抜け出してトイレに向かう。しかし、トイレは満員で、人々の吐瀉物と排泄物でひどい有様になっていた。リサは草むらで吐き、用を足し、自分のキャンピングカーのベッドに倒れ込む。クロス家でもヨナスと女中のパウリーン以外は全員病気という状態、リゾートの客と従業員のほぼ全てが病人であった。イェロフはヨンが船を修理しているところに現れ、リゾート中に病気が広まっていることを伝える。彼は丘の上の壕の入り口が開いていて、そこから誰かが出て来るのを見る。しかし、遠すぎてそれが誰であるかは分からなかった。アーロンは壕の中に穴を掘っていた。彼は、水源地のポンプに仕込んだ仕掛けが、効果を発揮しているのに満足していた。

 一九三六年、アーロンは刑務所で、ヴラドとしての生活を始める。彼の素性を知っている数人の者が、彼を脅迫するが、アーロンは事故を装って彼らの口を封じる。彼は、上層部に認められ、受刑者ではなく、監視役に回される。そこでも、彼は容赦なく脱走を企てる囚人たちを射殺する。アーロンは看守として、部屋と制服を与えられる。刑務所に新たな所長が赴任する。当時は、スターリンによるトロツキスト粛清の嵐が吹き荒れていた。毎週のように、大量の政治犯が刑務所に到着し、彼らはその場で銃殺された。アーロンはその役割を担っていた。ある日、アーロンは所長から声を掛けられる。

「俺はもうすぐレニングラードに転勤になる。そのとき信頼できる部下を数人連れて行きたい。おまえも一緒に来ないか。」

所長の申し出に、アーロンは応じる。アーロンは久々に都会へ戻ることができる。

 数日後やっと回復したリサは、再びクラブのDJとして働き始める。しかし、リゾートの客はほとんど立ち去り、クラブは閑散としていた。踊っている人間から財布や携帯電話を掏るという仕事は殆ど不可能になっていた。机の上のサングラスを持ち去ろうとするリサをガードマンが見つける。リサは慌ててその場を言い繕う。

 ヨナスはイェロフの家にいた。ヨナスをピックアップするために来たケントに、イェロフは、調子はどうだと尋ねる。

「客は戻り始めている。」

とケントは言うが、その声に力はなかった。イェロフは、

「『オフェリア』は密輸船だ。魚を冷凍する設備はない。カムフラージュのために古い魚が積んであったが、そこから発生した有毒ガスで、乗組員は死んだのだ。」

と言う。ケントは船と自分との関係を否定する。

「アーロン・フレードがあんたを狙っているぞ。」

と、イェロフはケントに警告する。

 ペンキ塗りの仕事を終えたアーロンは、丘の上まで歩いてみる。壕の蓋が開いている。中を見ると机がありその上にピストルが乗っている。ヨナスはその銃を持ち帰る。

 イェロフは墓場で、レポーターのカメラの前で話している。

「アーロン。リゾートに病気をばら撒いたのはあんただと分かっている。」

彼はそう言った後、墓穴から物音が聞こえた事件をレポーターに話す。

「誰か、その事件について知っている人は連絡してほしい。」

イェロフは呼びかける。イェロフはアーロンが新聞記事を読むことを期待していた。翌日、その新聞記事が載る。

「イェロフ・ダヴィッドソンは墓から聞こえたノックの音をまだ覚えている」

という見出しであった。それを見たアーロンは、イェロフに電話をする。深夜、イェロフは電話を受ける。

「アーロンか?」

イェロフは尋ねるが相手は返事をしない。

「エドヴァルド・クロスは自分に向かってノックをしたのだ。」

とアーロンは述べる。

「スヴェンはクロス兄弟のせいで、足を悪くした。スヴェンは、補償を要求したが、クロス兄弟は取り合わなかった。エドヴァルドが塀の傍で働いているとき、その塀を倒して、彼を下敷きにしたのはスヴェンだ。私が、塀の下にもぐって行って、エドヴァルドの財布を抜き取ったのだ。」

アーロンは言った。そして彼は最後に、

「俺の本当の父はエドヴァルド・クロスだ。」

と告白する。

 リサが、朝泳いでからキャンピングカーに戻ると、中にケントがいた。彼は、リサのCDの入った袋を開け、中に入っていた財布や携帯をベッドの上に並べる。それは、リサがクラブの客から掏ったものであった。ケントは、警察沙汰にされたくなかったら、自分に協力せよと命じる。リサに与えられた使命とは、昼間、リゾートのキャンピングカーを見て回り、アーロン・フレードらしき人物を発見することであった。リサはキャンピングカーの合い鍵で、人々がプールや海岸に行っている午後、キャンピングカーの中を探していく。そして、ひとつのキャンピングカーの中で、ピストルを発見する。

 アーロンが、リゾートの水道に毒物を混入したのは、彼の復讐劇のほんの序曲であった。彼は、その何倍も大きな、復讐の方法、ケント家を破滅させる方法を考え、準備をしていた・・・

 

<感想など>

 

これまでの三作と同じように、時代を超えた重厚で、長大な設定がなされている。話は一九三〇年から始まり、七十年後二〇〇〇年頃で終わる。一言だと、「年月を経た復讐劇」ということができるだろう。一九三〇年、十五歳だったアーロン・フレードは、継父のスヴェンと一緒に、バラ色の将来を夢見て、エーランド島「新しい国」に渡る。しかし、そこには、想像を絶するような辛酸が待ち構えていた。七十年後に「帰郷者」として再びエーランド島を訪れたアーロン。彼の目的はただひとう「復讐」である。しかし、理論的には、アーロンは八十五歳以上のはず。その年齢で、これだけのアクティブな行動が取れるのか、そこが不自然と言えば不自然である。もちろん、彼は若いころから兵士として鍛えられている、という説明はつけてあるが、それにしても。

 話は、五人の人間の周りに起こった出来事を、順番に描くことで進展していく。

l  アーロン・フレード(別名「帰郷者」、八十五歳)

l  イェロフ・ダヴィッドソン(ステンヴィクに暮らす引退した元船乗り、探偵役)

l  ヨナス(夏休みで、父親と一緒に伯父の家に来ている十三歳の少年、事件の目撃者)

l  リサ(夏の間DJならびに歌手としてリゾートに雇われている若い女性、スリの常習犯)

l  アーロン・フレード (一九三〇年代、継父に連れられて「新しい国」に渡った少年、青年期のアーロン)

いつもながら、短い章立て。それぞれの章が、別の視点から描かれているので、読者を飽きさせない。そういった意味では、テンポ良く読ませ、読者に余り忍耐力を必要とさせない、最近の小説の手法を踏んでいる。

 この本を読んで、エーランド島の過去と、現在が分かる。第二次世界大戦前のエーランド島は、土地も痩せており、これと言った産業もなく、貧困が島を覆っていた。当時の島の人々の多くが、仕事と未来を求めて、米国などに移住をしていた。これはアイルランドなどと事情が似ている。

しかし、近年になってエーランド島は、リゾート地として脚光を浴びるようになる。特に、夏の間、七月から八月にかけては、スウェーデン本土から多くの人々が、太陽と、海と自然を求めてエーランド島にやって来る。スウェーデンは夏の間、何週間という休暇を取るのが普通なので、夏のエーランド島は人口が一挙に何倍にも膨れ上がり、賑わうことになる。そのような時期、夏至から八月の終わりまでの夏の間のエーランドを、この物語は舞台にしている。先にも書いたが、テオリンの「エーランド島四部作」は、「秋」、「冬」、「春」を舞台にしているので、これで完結したことになる。それぞれに面白かった。全てに、完全に自然科学では解決できない「オカルト」、「超自然的」な要素が含まれていた。

 ドイツ語訳で、四百ページを超える大作である。しかし、センテンスが短く、「これ以上易しく書いたら小学生向きになってしまう」というギリギリまで簡単にされた、超読み易い文体。それに加え、一章が短く、章ごとに視点を巧みに変える手法。長さを感じさせないで、一気に読めた。この四部作は、スウェーデンの犯罪小説史上、記念碑的な存在になっていくのではないかと思う。

 

201810月)