HowWhy

 

おちびさん、頑張ってるね。周りを何周するのかな。

 

 エジプト、ギザのピラミッドは砂漠の丘の上に立っている。しかし、建築に使われた石はナイル河のはるか上流の方で切り出されたものだという。石はナイル河を筏で運ばれ、そこから丘まで引っ張り上げられた。大変な作業だったと思うが、何となくイメージが湧く。おまけに、当時のエジプトは王が絶対的な権力を持っていて、運搬のための労働力を容易に動員できたことも想像に難くない。

 しかし、三千五百年前のブリテン島で、つまり、当時のヨーロッパの「片田舎」で、荷車も発明されていない時代に、傍を流れる川もない場所で、誰がどのようにして象よりも重たい巨石を運んだのか・・・そして何のために・・・謎である。誰がどんな説明をつけようが、どうも納得がいかない。ちなみに、当時はこの辺り鬱蒼とした森で、巨石群は、森の中を開いて作られたことになる。つまり、石の運送には、今よりもっと障害があったわけである。

 「ストーンヘンジ」とは「ハンギング・ストーン」つまり、「石の上に乗せられた石」という意味とのこと。直立した細長い石の上に、少し小さめの石が横に橋を架けたように乗っている。

「クレーンもない時代、どうして乗せたの?」

またしても、疑問は尽きない。

 曇り空であるが、今のところ雨は降っていない。巨石群は青空の下で見るのも良い眺めであろうが、英国の風景画家ジョン・コンスタブルが好んで描くような陰鬱な空の下にそそり立つのも、それなりに風情がある。

「この空、この天気、英国らしいわ。」

ノリコが言った。

 円形の石群から少し離れた道路際に、「ヒールストーン」と呼ばれる高さ三メートルほどの先の尖った石が立っている。夏至の日、太陽が昇るとき、この石の陰が、円形の石のちょうど真ん中を貫くという。そう言う意味では、この石、天文学的によくよく考えた上で配置してあるらしい。事情通のノリコが言う、

「夏至の日の朝、大勢の人がここに集まり、その光景を見るのよ。」

「曇っていたら?」

「さあ。」

 英国に来て、二十年近く歳月が経つが、ここを訪れるのは初めて。しかし、三年前、ここへ来るチャンスが一度あった。三年前の夏、日本から友人のサクラと娘のマヤが遊びに来た。そのとき、サクラがストーンヘンジを見てみたいと言ったので、案内することになったのだ。しかし、当時の僕は、

「ただ石が立っているだけなのを見るのもつまらん。」

と尻込みして、運転と案内を妻のマユミに任せ、自分は家で寝ていたのであった。そんな僕を変えたのは、一体何であったのか。(ちょっと大袈裟かな)

昔はこんな形だった。多くの石が壊され、持ち去られてしまった。

 

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