四川火鍋

 

夏の鍋物も悪くない。日本じゃほとんどやらないけれど。

 

「絶好のランニング日和やね。」

窓の外を見て僕はつぶやいた。外は小雨。息子は六時半ごろ二十キロのランニングに出て行った。小雨というのは、走るのに最高のコンディション。雨で身体は冷やされるし、湿度があるので呼吸は楽だし。カンカン照りのときに走るのはかなり辛い。見ている人たちには気の毒だけど、雨は走っている者にとっては、プラスにはなるが、マイナスにはならない。妻と僕は階下のプールへ降りて、小雨の中を泳ぐ。肩の調子が戻り、妻と同じスピードで泳げるようになってきた。肩を故障する前は、妻をダントツで引き離していた。だから、まだまだ。でも、少しずつ回復している様子を知ることは嬉しい。

九時半頃に息子が戻ってきた。ブランチ(朝兼昼飯)に、「セチュアン・ホットポット」(四川火鍋)を食べに行くことになった。タクシーでコンドを出て、オーチャード・ロードのひとつ手前のサマセットの駅前で降りる。大きなショッピングセンターの最上階に、四川火鍋の店はあった。

店に入りテーブルに案内される。テーブルには直径二十センチくらいの丸い穴がふたつ開いている。そこに鍋が収まるらしい。タブレット・コンピューターが渡され、それで注文をする。注文は息子にお任せ。ホットポットは三つの要素の組み合わせ。まずはスープ。たとえば、チキンスープとかチリスープとか。次はもちろん鍋で煮込む材料、魚、肉、野菜、豆腐、湯葉、キノコなど、好きなものを選べる。最後がタレ、漬け汁である。ハーブ、香辛料、ソースを自分で調合して、自分なりのタレを作るのだ。

「辛いよ、大丈夫かな。」

「大丈夫、大丈夫、パパは辛いの大好きやから。」

そんな会話があって、息子はチキンスープとチリスープを注文した。間もなく、白濁したチキンスープと、地獄の釜の中のような、真っ赤なスープが運ばれてきた。鍋がテーブルのくぼみに収まる。注文した具が届く。テーブルの上は皿で一杯になる。最後に、香辛料とハーブがずらりと並んだテーブルへ行って、好みのタレを作った。

「暑い土地で暑いものを食べて汗をかいてすっきりしようぜ。」

そんな狙いの料理。唐辛子の辛さがたっぷり染み込んだ野菜や肉を食べていると、ジンワリと汗が出てきる。スープが少なくなると、店員が足してくれる。娘たちが昨年シンガポールを訪れた際に、やはりここの店で食べたという。下の娘は、唐辛子スープを一口飲んで、お腹が痛くなったと言っていた。上の娘は僕に似て、辛い物が大好き。何ともなかったんだって。

 最後はうどんで締める。そのときパーフォーマンスがある。白い服を着て、白い帽子をかぶったお兄さんが登場し、練った小麦粉を伸ばしながら、新体操のリボンのように振り回して、うどんに仕上げていく。僕の鼻先五センチ前を、うどんのリボンがビュンと通り過ぎていった。スープで煮たうどんは、まさに日本の「手打ちうどん」の歯応えと、味だった。

 

このお兄さん、新体操の「帯状布」の競技をなさっていたそうです。嘘、あれは女子だけ。

 

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