閉所恐怖症

 

太極拳をする人々のグループ。結構難しそう。

 

僕は、時差ボケがあっても、どこでも早起き。着いた翌日から、六時半に目が覚めていた。深夜、エンゾーにミルクをあげている息子や嫁はまだ眠っている。朝、エンゾーの面倒を見ているのは、住込みのヘルパー、Pさん。僕はふたりを尻目に、よく海岸まで散歩に出かけた。海岸に出る頃に、海峡から太陽が昇り始める。朝七時前の海岸。これが結構、人出が多いのである。

「朝早ようから、いろんな人がいてはる。」

僕は驚く。ジョギングをしている人、ウォーキングをしている人、サイクリングをしている人、太極拳をしている人、ラジオ体操みたいな体操をしているグループ、それに、何もしないで、ひたすら海を見ている人・・・この人出、おそらくシンガポールの気候と関係があると思う。僕のいた時期は雨季、涼しいと言っても、昼間は三十度を超え、夜十時になっても気温は二十八度くらいであった。運動をするには、ちょっと暑すぎる。朝の日の出の頃が、二十五度程度、何とか運動をしても耐えられるという気温なのだ。

 沖を見ると、やはり沢山の船が、朝日を浴びながら並んでいる。面白いこと、夕方と朝は、船も向きが違うのである。夕方見ると、船は左から右へ、つまりフィリピンの方からインドの方に向いている。しかし、朝見ると、船は右から左へ、インドからフィリピンの方角に進んでいる。

「この海峡、対面交互通行なんや。」

狭い海峡、船はすれ違わす、時間を区切り、一方通行で通過しているのだった。

 七時半ごろにマンションに戻り、娘のミンを起こす。彼女は階下のプールに泳ぎに行く。何と、このマンションには、五十メートルのプールがあった。スイミングフリークのミンは、毎朝、三キロとか泳いでいた。息子夫婦はまだ眠っている。リビングで、Pさんと世間話をしながら、エンゾーのお相手をする。僕が一番ホッとする時間。

 九時前になると、息子夫婦が起きてくる。息子は在宅勤務、嫁のゾイは産休中で家にいる。ゾイの母親のエレンさんが、二日に一回来る。あまり広いと言えない息子のマンションに七人が過ごすことになる。息子の住まいで暮らし始めてすぐに、僕は体調の異変を感じ始めた。自分が異常にナーバスになっているのが分かる。僕はクロウストロフォビア、つまり閉所恐怖症。特に、人との距離が保てない場所では、気分が悪くなる。例えば、東京のターミナル駅で周囲をぎっしり人で囲まれたときとか、飛行機の真ん中の席に座って両側に人が座った時など、パニックになってしまう。だから、僕にとって、飛行機の中で通路側の席が取れるかどうかは、死活問題なのだ。

今回も、狭い家に、常に数人が周囲にいた。その距離の近さが、僕にとってストレスになり始めたのだと思う。ストレスがひどくなると、過呼吸が始まる。

「ちょっとやばいかな。」

と思ったが、自分の意識より、もっと深い所で起こる現象なので、どうしようもない。

 

赤道直下のシンガポールは、四季がほとんどない。太陽はいつも同じころから昇る。

 

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