ワンタンミー

 

見ごたえのあるラン。シンガポールの国花でもある。

 

翌日は月曜日、息子は仕事。八時半ごろ、アイロンのかかった白いシャツと、濃紺のズボン、革靴という、僕にとっては見慣れない恰好で出て行った。妻と僕はその日、「ボタニック・ガーデン(植物園)」に行くことに決めていた。九時過ぎにコンドを出て、ハーバー・フロント駅から地下鉄に乗り、三十分ほどで植物園に着く。朝から結構強い雨。雨は上がっているが、曇り空で湿度は間違いなく百パーセント。眼鏡やカメラのレンズが曇る。

駅前のスーパーで買った寿司で朝食を取る。植物園は起伏のある公園で、結構大勢の人がジョギングをしており、幼稚園や小学校の子供たちが遠足に来ていた。気温はそれほど高くないが、湿度のせいで、起伏のある場所を歩いていると、汗が流れる。

僕たちは植物園の中にある「オーキッド・ガーデン(蘭の園)」に入った。ここは素晴らしかった。ランと言っても、色々な大きさ、色、形のものがある。まずそのバラエティーに驚く。そして、そのひとつひとつが、実に繊細で、背景の濃い緑とよく合っている。花びらをよく見ると、霜降りの牛肉のように、血管のように、微妙に色が入り混じっている。湿気の多い空気が、ここではランに生気を与えている。一部の涼しい場所で育つランは、温室ならぬ「冷室」の中に入っていた。

正午になって、歩くのにも少し疲れた頃、携帯がなる。息子から。

「今日は余り忙しくないから、一緒に昼飯食べよう。」

「じゃあ、四十五分後にね。」

そう言って電話を切り、植物園から出ようとする。しかし、かなり広大な公園、最寄りの出口に着くまでに二十分以上かかった。そこからタクシーに乗る。

彼の働くクラーク・ベイのオフィス街へ行き、銀行の前で待ち合わせる。銀行の玄関の前で待っていると、ドアが開くたびに冷気が流れてきて、ちょうど良い感じ。外にいる人間がちょうどいいということは、中にいる人は凍りついているのではなかろうか。

息子が現れる。先ほど書いたように、白いシャツと濃紺のズボン。革靴。誰かと思ってしまう。彼のお勧めのフードコートに入る。客は九十九パーセント、近くのオフィスで働く人々である。男性は、息子のように白いシャツに濃い色のズボン、ノーネクタイという人が圧倒的。日本だと、女性は白いブラウスと濃い色のスカートやパンツというところだろうが、シンガポール女性の大部分がワンピース姿。それも結構ミニで、肩の回りも大胆にカットされていて、カラフルなものを着ている。中年のおじさんにはなかなか好ましい眺めである。

そこのお勧めは「ワンタンミー」(ワンタン麺)だという。昼休みの時間ということで、各店の前には長い行列が出来ている。名物ワンタンミーを食べる。僕はマレーシアのペナンでよくワンタンミーを昼飯に食べていた。あれれ、それと違うぞ。ペナンのワンタンミーは、普通のラーメンのようにスープに入っていたが、ここのワンタンミーは冷やし中華のように、下に溜まっている甘目のソースと混ぜて食べることになっている。麺の上には、揚げたワンタンが乗っている。後で知ったんだけど、「ドライ」と「スープ」の二種類があるんだって。

 

ドライ・ワンタンミーは、別にスープが付いてくる。

 

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