「ロージー・リザルト」

原題The Rosie Result

Das Rosie-Resultat

2019年)

 

 

<はじめに>

 

 ロージー三部作の最終作である。第四作が書かれる可能性がないではない。しかし、二〇一九年にこの「ロージー・リザルト」が出版されて以来、既に四年が経過しているが、次作が書かれているという情報はない。誰の評価も、この作品が、三部作の最終作という位置づけになっている。

 

<ストリー>

 

 前作の、「ロージー・イフェクト」から十一年が経っている。前作の最後で産まれた息子、ハドソンは、十一歳になった。ドンとロージーの夫婦は、ニューヨークから、故郷のオーストラリアに戻り、メルボルンに住んでいる。ドンは、大学で遺伝学を教え、精神医学の博士号を取ったロージーは、パートタイムとして大学で働いている。ふたりの最大の悩みは、息子のハドソンが、米国から帰国して以来、なかなかオーストラリアの学校に溶け込めないことであった。ハドソンは、ドンの子供の頃にそっくり、他人との付き合いを疎んじる性格であった。子供の手がある程度離れたので、ロージーはまたフルタイムの職に就きたいと思っていた。そんなとき、ロージーは上司のルフェーブル教授から、プロジェクトリーダーとして、働かないかというオファーを受ける。

 ドンには、幾つかの問題があった。「箇条書き」の男、ドンはそれを書き出してみる。

1.        ドンの父親が末期がんであること

2.        ドン自身が、仕事上の計算ミスから、解雇の可能性があること

3.        米国に住む友人のデーブが、膝を痛め働けなくなったこと(妻のソニアが働いて二人の子供の面倒を見ている)

4.        ロージーが、子育てのために、パートタイムの職にしかつけないこと

5.        ハドソンが、オーストラリアに戻って以来、新しい環境に馴染めないこと

 ドンは、ある日、遺伝学の講義をしていたが、講義が思ったより早く終わってしまった。一人の学生が質問をする。

「先生、人種意識というのは、遺伝的なものだと思いますか、それとも、社会的なものだと思いますか。」

それを聞いて、ドンは、学生を巻き込んだ、ある実験を思い立つ。

「では、皆さん、自分を『ネグリッド』だと思うか、『モンゴロイド』だと思うか、『コーカサス』だと思うか、判断して、分かれてみてください。」

その実験の途中、警備員が講義室に入って来る。そして、ドンを講義室から連れ去る。ドンの使った言葉が、「人種差別用語」に当たり、彼は、査問委員会にかけられることになる。ドンは、自分が人種差別主義者でないことを学長に反論する。しかし、事件が、SNSで既に外部に漏れてしまったことを知った学長は、対面を保つために、ドンを停職処分にしようとする。

 ハドソンの学校からドンに電話が入る。ハドソンは、その日から、同じクラスの生徒と一緒に「スキー合宿」に行っていた。そこでハドソンが「問題を起こした」という連絡であった。ドンは、急いで車に乗り、スキー場に向かう。ドンがスキー場に着くと、ハドソンが、アルビノの女の子と一緒にいた。ハドソンは自分に合ったスキー靴が見つからないという理由で、ゲレンデに出ることを拒否し、女の子ブランシュは、母親からの許可がまだ届いていないという理由で、スキーレッスンに連れて行ってもらえなかった。ドンは、スキーのインストラクターと話す。そして、スノーボードがまだ空いていることを知る。そのとき、スキー場に電話が入る。ブランシュの母親からだった。母親は、許可を学校に送るのを忘れていたのだった。ドンはふたりが、スノーボードを習えるようにアレンジする。夕方になり、練習が終わったふたりを、ドンはほかの子供たちのいる宿舎に連れて行き、担任のウォレンに引き渡す。ウォレンは、

「ハドソンを連れて、帰ってほしかった。彼の問題はスキー靴だけじゃないんだ。」

と言う。

 スキー合宿か戻った数日後、ドンとロージーは学校に呼ばれる。そこには、校長と、担任のウォレン、ミス・ウィリアムスというもう一人の女性が待っていた。学校側は、ハドソンが、「協調性に欠けている、自分の興味のあることしかしようとしない」という理由で、自閉症ではないかと疑っていた。そして、自閉症として診断を受けた場合、特別なクラスにハドソンを入れたいと考えていた。ドン自身も、かつて自閉症と言われたことがあり、アスベルガー症候群の研究をしたこともあった。ロージーも心理学者でその道の専門家である。ふたりは反論するが、

「学期の終わりまでに、ハドソンに自閉症検査を受けさせない限りは、次の学年に進ませない。」

と校長に言われてしまう。

 ドンは、かつて、アスベルガーについて相談した、ジュリーのパーティーに顔を出す。ジュリーは、かつてふたりの共通の友人であった、ジーンについてドンに尋ねる。ドンは、ジーンとはもう十年ほど会っていないという。ニューヨークで、ドンが、リディアという女性と結婚すると言い出したとき、まだ元の妻であるクラウディアに戻ることを期待していたドンは、失望してその場を去ったのだった。その後、ドンは、ジーンが「各国の女性と寝ていた」というのは嘘であり、彼がリディアとも真剣に付き合っていたことを知る。ジーンとリディアの再出発の日ぶち壊した自分に、ドンは、後悔の念を持つ。そして、自分こそ、社会的な適応能力がないということを改めて自覚する。

 ロージーとドンは、「自閉症の親の集まり」に参加する。そこには、自閉症の子供を育てた成功体験を語る母親もいた。しかし、ロージーもドンも、それが親の欲求を満たす、独りよがりのよう方法だと感じて、好きになれない。結局、ふたりは失望して会を出る。

「ハドソンに自閉症の検査を受けさせるのは、もう少し待とう。」

ふたりはその考えで一致する。

 ドンが講義室で起こした「人種差別問題」について、大学での論議は割れていた。ドンを擁護する学生もいた。ドンがハドソンを迎えに、義父の経営するジムに行くと、一人の女性が近づいてくる。

「ハドソンのお父さんですか。」

その女性は、ブランシュの母、アラナーであった。アラナーは、スキー旅行の件で、ドンに礼を言う。そのあとで、

「あなた遺伝学者なんでしょ。私の娘は遺伝子検査を受けられるかしら。」

とドンに尋ねてくる。ハドソンがブランシュに遺伝子の話をし、アラナーもブランシュのことを心配しているが、夫が検査を受けることに反対しているという。

「夫はホメオパシーの信奉者で、予防接種や、あらゆる現代医学を受け入れようとはしないの。」

とアラナーは言う。ドンは、ブランシュが遺伝検査を受ける手助けをすることを約束する。

 ドンは、ハドソンが自閉症であるかの検査を受けるべきかという問題に直面していた。彼はそれを六人の友人に相談する。まずはクラウディア。彼女は、学校の教師は自閉症の専門家でないので、そのような意見は無視してよいという。次は、同僚のラズロー。彼自身がアスベルガー症候群であった。彼は自分の行動に対して色々な批判や非難を受けたが、自分がアスベルガーであることを公表したとたん、誰からも何も言われなくなったという。次は心理カウンセラーのアイザック。彼は、ハドソンはドンの子供の頃そのままであること。自分だったらどうして欲しかったか考えろという。ドンは、米国に住む、デーブとジョージにも相談する。ふたりとも、悩みがありそれどころではないという感じ。特に、デーブはどんどん太ってきて、身動きもままならなくなっていると言った。ジョージは、学校では自分もいじめられ、その期間はひたすら耐えて過ごしたという。

 ドンは、友人たちと話した後、ひとつの決心をする。彼はそれをロージーに告げる。それは、休職し、ハドソンのためにもっと時間を持ち、ロージーが再びフルタイムで働けるようにするということだった。

「でも、収入は減るわ。どうやって生きていくの。」

とロージーは尋ねる。彼は、バーを開き、夜はそこでバーテンダーとして働くつもりであると答える。

「でも、そのバーが成功するという保証はないわ。」

とロージーが言うと、

「心配しなくていい。俺には必ず成功するという『キラーコンセプト』がある。」

と、ドンは自信満々で答える。

「上手くいくかいかないかは分からないけど、挑戦することは必要ね。」

ロージーはドンのアイデアを受け入れる。

 ドンは早速、計画を実行に移す。彼は、主任教授から、無休で休職扱いになることの承諾を得る。大学側としては、ドンの起こした人種差別発言問題のほとぼりを冷ます、いい機会と考えたのだ。ドンの計画は、「完全な温度管理の行き届いたカクテルを提供するカクテルバー」というものであった。彼はかつて雇い主で、今回スポンサーを予定しているアムガドに計画を話し、オーケーを取り付ける。バーの候補地は、大学の研究所の一階であったが、それもオーケーになる。最後にドンは、デーブに電話をし、バーの冷蔵庫管理の担当として、メルボルンに来てくれるように要請する。デーブと、妻のソニアは、喜んでそれを受け入れる。

ドンの計画通り、彼は昼間、専業主夫として家におり、ロージーはフルタイムで働くようになる。その初日、父親とふたりだけの夕食のとき、ハドソンは癇癪を起し、皿を床に投げつける。全てが自分に相談なく決められたことが不満だったのだ。そこにロージーが戻り、ハドソンをなだめ、ドンにはもっと根気よくハドソンと話すべきだと諭す。翌日、ドンはハドソンを友達のドヴのところに連れていく。ドヴは異常なほど太っていた。彼は、うつ病と診断され、その治療薬のために太ったのだと言う。ハドソンに自閉症の検査を受けさせないというドンの決意は、いよいよ固いものになる。彼は、変化を望まないハドソンが受け入れることのできるような、綿密なスケジュールを作る。

ドンとハドソンは、車で、病気のドンの父親に会いに行く。その道中で、ハドソンは定期的に、米国に住むドンの友人、ジョージと話していることを告げる。ジョージも、学校に行っているころ、いじめられていた。その体験談が、ハドソンの役に立っているという。ガンを患っているドンの父親は弱っていた。彼は、キモセラピーを拒否、残りの時間をベートーベンを聴いて過ごしたいと思っていた。父親の部屋は寒かった。

「暖炉に火を起こしてくれ。」

と父はハドソンに言う。

「やったことがない。」

とハドソンが言うと、父は起きだして、ハドソンに火の点け方を教えた。そのシーンから、ドンは祖父と孫の心の交流を感じる。ドンはハドソンに自分も何かを教えようと考える。そして、考えついたのが、自転車であった。幼いころ、ハドソンは自転車に乗る練習をしている間に派手に転び、それ以来、自転車を恐れていたのだった。

 ドンは、補助輪を買って、誰もいない駐車場で、息子との自転車の練習を始めた。またハドソンがクリケットでボールをキャッチできないという話を聞き、その練習も始める。近いところからボールを投げていき、だんだんと距離を遠くしていくちという作戦だった。ある日、ドンが、ハドソンを学校に迎えに行くと、ハドソンは女の子と一緒に親しげに出てくる。それはブランシュだった。ハドソンには学校で友達がいないと思っていたドンは驚く。

「パパは、どんどん友達を作れって言ったじゃない。」

とハドソン。ハドソンの頼みで、ドンは、ブランシュを彼女に家まで送って行くことになる。ドンは、ブランシュの母親に会って、遺伝子検査用のキットを手渡す。スポンサーのアムガドが、ドンのバーに関するアイデアに難色を示し始める。「完璧に温度調節の行き届いたカクテル」だけでは、客は集まらないだろうと彼は言う。ドンは更に新しいアイデアを出すことを迫られる。

 ドンは、ハドソンと自転車の練習をするが、ハドソンは一向に乗れるようにならない。そうこうしているうちに、デーブが妻のソニアと、ふたりの子供を連れて、メルボルンに到着する。デーブは体重の増加で、歩くものままならない有様だった。ドンは彼を義理の父親のジムに連れていき、トレーニングをするように命じる。ドンは、デーブを連れて、バーの大家となるミンに会う。ドンは、「完璧に温度調節の行き届いたカクテル」のアイデアを語り、デーブもそれは可能だと言うが、アムガドと同じように、ミンもそれだけではパンチ不足だと指摘する。三人は「理想のバー」とは何かアイデアを出し合う。その結果、「静かな環境」、「質の良いカクテル」、「少ない待ち時間」が大切だということになる。その結果、新しいバーを「ライブラリー(図書館)」と名付け、客にはイヤホーンを貸し出し、それぞれ好きな音楽やテレビの音声を聞いてもらい、注文は携帯を通じて行うという、ハイテクなバーを思い着く。

 ドンは、ハドソン、ロージーと三人で、再び父親を訪れる。父は、更に衰弱していた。

「自転車に乗れるようになったか。」

と父はハドソンに尋ねる。まだだとハドソンが答えると、

「父さんに、自分のお姉さんがどうやって自転車に乗れるようになったか思い出せ、と言ってみろ。」

と父親は言う。

 その週に、ハドソンの学校の水泳大会があった。ドンは義父のフィルと一緒に見に行く。ドンはハドソンが水を怖がっているのを知っていたので、心配していた。クラス対抗のメドレーリレーが始まる。ハドソンは何と、第三泳者のバタフライで出場した。彼は、バランスの良い泳ぎで、トップに立ち、大差でアンカーに渡す。そして、その日大活躍していた生徒の追撃を僅差で抑えて、ハドソンのクラスが優勝する。最終種目の百メートル自由形で、ハドソンと、大活躍の生徒の一騎打ちとなる。その生徒は、ほとんど全ての種目に出場していたので、明らかに疲れていた。前半抑えたハドソンは、疲れた相手を最後に抜き去り、一着となる。フィルは、ハドソンが自分のジムで、専門の水泳コーチに指導を受けていたことを明かす。

「ずるい。あれはチートだ!」

と叫ぶ男がいた。誰かの父親らしい。フィルはその男に対し、

「落ち着け、静かしろ。」

とたしなめる。

 ハドソンの大活躍は、ロージーも含め、喜びで迎えられた。ドンは、ハドソンに言われ、自分の姉が自転車の練習をしていたときのことを思い出す。小さい自転車にまたがり、両足で後ろにキックしていた。それと同じ方法をハドソンに試すと、ハドソンは立ちどころに自転車に乗れるようになった。ドンのバーに関するアイデアは、アムガドに受け入れられ、バーの開店の準備は進む。そんなある日、ブランシュがドンの家を訪れる。そのとき、ハトがガラス窓に衝突して死ぬ。ブランシュはその死骸を見ている。

「私の眼はいつか見えなくなるかもしれないわ。その前に、全てのことを見ておきたいの。」

ブランシュはそう言う。ドンはブランシュに頼まれて、ハトの解剖を始める。ハドソンとブランシュはそれを興味深そうに見ている。

「パパ、ブランシュのお母さんを説得してよ。ブランシュの眼が見えなくならないように、検査と治療を受けさせるように。」

ハドソンはドンに頼む。ハドソンは、だんだんと苦手にしていたことを克服していったが、まだいくつか苦手なことがあった。それは「挨拶」、「ボールキャッチ」、「性的な知識」であるとドンは考える。しかし、それらは、ドン自身にも苦手なことであった。彼はその指導を、友人のクラウディアの娘、ユージーネに頼むことにする。

 どうして「性教育」を息子に教えるか。迷った末に、ドンは、動物の交尾のビデオを、息子に見せることにする。ロージーもそれに賛成する。ドンは、動物の交尾のビデオの入ったUSBスティックをハドソンに渡す。ところが、ハドソンはそのビデオを学校で友達に見せ、それが元で、ドンとロージーは学校に呼び出される。

「人間の性交ではないので、ポルノではないはず。」

とロージーは主張するが、校長は、他の親からの苦情を恐れていた。校長は、

「二十パーセントの生徒が、教師の八十パーセントの時間を使う、これを放置できない。」

と言い、ハドソンに一刻も早く、自閉症の検査を受けさせるように迫る。

 ある日、ブランシュが靴の箱を持って、ドンとハドソンを訪れる。そこには死んだネズミ入っていた。ブランシュは、そのネズミを解剖したいと言う。ドンはそれに協力する。ロージーはブランシュのことを

「変わった娘ね。」

と言うが、ハドソンに友達が出来たことに対しては、まんざらでもない。ドン一家は再び、ドンの父を訪れる。父親はベートーベンの第九を掛けてくれとドンに頼む。ドンは、父がそれを聴きながら死ぬのではないかと心配する。曲が終わるが、父は生きていた。しかし、次の「月光」を聴きながら、父は息を引き取る。ドン一家は、その夜、メルボルンに戻る。

 ドンは父の葬儀で、弔辞を読むことになった。彼は嫌がったが、母親が、

「あんたが読まないなら、フランク伯父さんに頼むわ。」

という。フランクは、毒舌で、冗談ばかり言っている伯父だった。それで、しぶしぶドンは引き受ける。しかし、いいアイデアが思い浮かばない。結局、ドンは、父親が子供の頃、自分の玩具として、レゴなどではなく、鉄で出来た道具をくれたことを話す。誕生日を迎えるたびに、その道具は充実していった。ドンが弔辞を終えたとき、突然、フランク伯父がマイクを握る。

「ジムは、冗談が分からないくそ真面目な奴で、俺は妹の結婚に反対した。」

フランクは話し出す。そして、

「結局、妹に見る目があったことを、俺は認めざるをえない。」

と結んで、席に戻る。それを聞いていたドンは、涙が止まらなかった・

 葬儀の後、参列した人々は、父親の家でコーヒーを飲んでいた。ドンの兄が、

「俺がゲイだ。」

と言い出す。母親はそれを知っていたようだった。ドンは、「ハドソン・プロジェクト」に対する自分の限界を感じ始めていた。彼は、ハドソンの指導を、専門家に「アウトソース」することを考え始めていた。

 ドンが最初に選んだ専門家は、ジーンとクラウディアの息子のカールだった。カールはゲイで、今ブティックを経営していた。ドンはハドソンを連れてカールのブティックを訪れる。ドンは、ハドソンに、ファッションについてアドバイスをしてくれるように頼む。

「分かったよ、ドン。でも、あんたもこのまま帰すわけにはいかないね。あんたのファッションは正直、見てられない。」

そして、ドンに着るものを一式選ぶ。

「ハドソン。人の真似をしちゃいけない。自分に合ったファッションを見つけろ。ファッションはいつも実用的とは限らない。」

それが、カールのアドバイスだった。

 ドンは、次に、ハドソンを、カールの妹のユージーネに会わせる。彼女は、数学の学生であった。

「数学の家庭教師をしてくれ。」

というドンの依頼に対して、

「じゃあ、一緒に、コンピューターのプログラミングの勉強をしよう。」

とユージーネは提案する。ハドソンは、

「ブランシュが、眼科医に行って、自分の失明の可能性について知りたいと思っているんだけど、彼女の両親がそれを許さないんだ。パパ、ブランシュを、眼科医に連れて行ってくれない。」

とドンに話す。未成年を、親の許可なしに医者に連れていくことは、もちろん違法である。ロージーは反対する。しかし、ドンはハドソンの説得に負けて、

「本人の同意があるんだし、違法でも、刑務所に入ることはないだろう。」

とオーケーしてしまう。ドンは、ブランシュを、学校の近くの眼科医に、ハドソンがブランシュと一緒に宿題をやる木曜日に、連れていくことにする。デーブが、ドンに大工道具を借りに来る。息子に「積み木」を作るためだという。ドンは、バーで使う「自動注文システム」のプログラムを完成する。

「バグを見つけたら十ドルあげる。」

「いや、百ドル。」

そんな会話の後、二十ドルで話がまとまり、ハドソンはテストを始める。バーの開店のためのその他の準備も進む。

 ユージーネは、

「ハドソンはプログラミンが上達したけど、天才ではないわね。」

と言う。デーブの作った積み木は、なかなかの出来だった。

「これなら、売り物になるよ。売るの、僕が手伝おうか。」

とハドソン言う。ドンがブランシュを送って行ったとき、彼は父親の声をドア越しに聞く。ドンにはその声に、聞き覚えがあった。それは、水泳大会で悪態をついていた男の声だった。

「夫がいるときは、あなたに家に来てほしくないの。」

アラナーは、申し訳なさそうに言う。

「でも、十分早く学校に迎えに来てくれれば、私たちはまだ話すチャンスがあるわ。」

アラナーは言う。

 いよいよ「バー・ライブラリー」が開店する。しかし、客の入りは悪く、取材に来た、ジャーナリストの書いた評も芳しいものではなかった。また、せっかくの「注文アプリ」もほとんど使われず、客たちは、口で注文を伝えた。その状態を変えたのは、ドンの同僚のラズローだった。彼は、自分が自閉症であることを認めていた。彼は、その自閉症仲間に、「静かなバー」についてツイートした。そうすると、ツイートを読んだ人々が、次々とバーにやって来るようになった。ハドソンが、客にアプリのインストールの仕方、使い方を説明して回った。ハドソンは、アプリについて客の意見を聞き、アプリを更に改善していった。それがきっかけで、また客足が伸び、バーの経営は軌道に乗った。

 ドンは学校側から不愉快な連絡を受ける。ハドソンが、クラスメートから「ナチ」というあだ名で呼ばれているという。そして、そのきっかけを作ったのは、担任のウォレンであるという。ドンとロージーが学校を訪れると、校長が謝罪をする。そして、その対策として、ハドソンを、半ばだが別のクラスに移したいという。ドンは、

「ハドソンは変化を望まない子供だ。もし、クラスを変えるのなら、ハドソンを『ナチ』と呼んだ子供だろう。」

と反論する。事実、ハドソンは学校側の意向に反対し、自分の部屋に籠ってしまう。

 翌日、ドンは、ハドソンを車で本屋へ送って行く。道中、ハドソンと色々な話をする。

「ウォレン先生は、僕がハイスクールへ行くだけの、社会性が伴っていないと言っている。」

とハドソンは言う。ハドソンは彼なりに、今後の方針について、考えているようであった。帰り道、ハドソンは提案する。毎晩、バーにいて、プログラミングの技術を磨く機会を得ることを条件に、クラスを変わってもいいという。オーストラリアでは、小学生が、「自分の家業を手伝って働くこと」は許されていた。

 デーブは、積み木づくりに精を出す。そして、そのマーケティング、発注はハドソンが手伝っていた。ドンとロージーの十三回目の結婚記念日、二人はバーで祝う。ドンからのプレゼントは、すみれ色のジョギングシューズだった。

「もっとスポーツをしてほしいということね。あなたはロマンティストね。」

ロージーは言う。

「これ、ジーンのアイデアなの?」

と彼女は聞く。ドンはジーンと十年以上会っていなことを告げる。

「彼は変わったかもしれないわ。ハドソンは嬉しそうだけど、あなたはあまり幸せそうでないわね。」

とロージー。ドンは、ウォレンの言ったハドソンに『社会性が伴っていない』という言葉について考えていた。

「ハドソンは自分なりに『順応』しようと努力してるわ。」

ロージーは言う。

 金曜日の朝、アラナーが血相を変えて、ドンの家にやってくる。

「あなた、ブランシュを無許可で医者に連れて行ったんですって。何てことを・・・」

ドンは彼女を家に招き入れ、茶を勧める。

「お茶でも飲んで、解決策を話し合おうよ。」

アラナーは眼科医に連れて行かれたことのほかに、ブランシュがハドソンの影響で、予防接種を受けたいと言い出したこと、自然科学を勉強したいと言い出したことなどを挙げる。また、ハドソンはブランシュに携帯電話をプレゼントしていたという。その件を、ドンは夕方にロージーに話す。

「携帯電話、彼は結構金を持っているので。どうしてかしら。悪いことでもしていなければいいんだけど。」

ロージーは、ドンに、ハドソンのパソコンを見るように頼む。ドンは反対したが、押し切られ、ハドソンのコンピューターにハッキングを試みる。その中には、多くの自閉症に関する記事と、自閉症判断テストが入っていた。ハドソンはクラスを変わり、新しいクラスメートと問題なく過ごし始める。

「お父さん、合気道で、キックボクシングに勝てる?」

ハドソンがドンに尋ねる。そのわけを聞くと、ブランシュの父親はキックボクシングをしているという。更に尋ねると、父親がブランシュに暴力を振るっている可能性もあるという。

「警察に連絡をした方がいいんじゃないかしら。」

ロージーは言う。ふたりは、学校にだけはそれを伝えることにする。

 ハドソンは、新しいクラスで、何人かの友達が出来たようだった。その中でも、ナディアという女の子とは、親しく付き合っているようだった。ドンが学校へ迎えに行くと、ハドソンは、ナディアと話しながら出てきた。その後、一人で出来てきたブランシュは少し寂しそうであった。数日後、ドンは学校からの電話を受ける。

「ハドソンがナイフを持って学校へ来て、そのナイフでハトを殺した。」

という電話だった。ドンは慌てて学校に向かう・・・

 

<感想など>

 

前二作は、ドンとロージーの出会い、結婚に至る経緯、結婚後の妊娠、出産を描いていた。主人公はドンとロージーであった。しかし、この第三作の主人公は、息子のハドソンである。彼が成長していく様子と、それをサポートするドンとロージーの姿が描かれている。「ロージー・リザルト」というタイトルが付いているが、「ハドソン・プロジェクト」と名付けていいと思う。事実、この本の中には「ハドソン・プロジェクト」という言葉が何回も出てきた。

ハドソンはどんな少年か。十一歳。一言でいうと、父親のドンそっくり。社交性に欠け、変化を望まない、一面正しいと思ったことは押し通す。そんな性格が災いし、教師からは「自閉症」の疑いがかけられ、級友からはいじめられている。そんな彼が、両親の努力や、色々な人々との出会いにより次第に心を開いていく様子が描かれている。最後は、すごく立派な子になったと、拍手を送りたくなる。

「自閉症」ということが問題になる。物語の最初で、ハドソンは自閉症の疑いをかけられ、テストを受けるように、学校側から要求される。テストを拒めば、ハイスクールに進学ささないという。ドンとロージーはそれに反対する。その理由が、読んでいて、イマイチよく分からないのだ。テストを受けて、もし自閉症と診断されなければそれでいいのだし、もし診断されれば、そのための手を打てばいいのだから。

感動的なシーンは、ハドソンが水泳大会で活躍するシーンだ。実は、私も、小学生の頃運動が苦手で、コンプレックスを持っていた。そして、その中で始めたのが水泳だった。水泳というのは、他の種目と、あまり能力的に関係がないと思ったからだ。結局、中学校入学と同時に水泳部に入った私は、徐々に力をつけ、三年生の校内の水泳大会での平泳ぎで、二位に二十五メートル以上の差をつけて優勝した。そのときの感慨を思い出した。

実は、この本、読み始めてから読み終わるまで、一年近くかかった。第二部を読了したのが、2022年の11月。それから10か月経っている。この本を読み始めた辺りから、学校で日本語を教える仕事を引き受け、また、中国語とドイツ語の勉強も始めた。それまで、本を読むことや、オーディオブックを聴くことに使っていた時間を、学校の授業の準備や、語学のレッスンを聴くことに振り向けることになり、全くというほど、読書をする時間がなくなったのである。最後、サルディニアでの休暇にこの本を持っていき、やっとのことで、読み終えることができた。

「ロージー三部作」の評価をするとすれば、やはり第一作がナンバーワン、その後にこの第三作が来るような気がする。第二作のちょっと物足りなさを、第三作が補ってくれる。しかし、最初にも書いたが、ロージーはわき役に回り、完全にハドソンが主人公。「ハドソン・プロジェクト」と名前を付けたほうが良い本だ。まあ、時間は掛ったが、楽しめた。

202310月)

 

<シムションのページに戻る>