「ロージー・プロジェクト」

原題:The Rosie Project

ドイツ語題:Das Rosie-Projekt

 

 

グレーメ・シムション

Graeme Simsion

 

 

2013)

 

<はじめに>

 

四十歳になるまで、全てに計画を立て、その計画に従って行動してきたドン。彼は新たな計画を立てる。「結婚相手探しプロジェクト」。アンケート用紙を用意し、それによって、理想の相手を見つけようとする。果たして、これまで通り、計画通りに運ぶか・・・

 

 

<ストーリー>

 

ドン・ティルマンは、オーストラリア、メルボルンにある大学の、遺伝学の准教授である。三十九歳で独身、合気道をやっている。彼は友人で、同じ大学の同僚、心理学の教授であるジーン・バロウから、アスペルガー症候群についての講演を頼まれる。ジーンはクラウディアという妻がいるにも関わらず、「出来るだけ多国籍の女性と寝る」というプロジェクトを遂行しているような、女性に関しては尻の軽い男だった。ドンには結婚願望があったが、これまで会った女性の中で、人生の伴侶として一緒にやっていけると思った人物はいなかった。彼は結構理屈っぽく、女性に対する好みにうるさく、条件も厳しかった。ジーンとクラウディアは、そんなドンに、何人かの女性を紹介する。

ある日、ドンは、エリザベスという、メガネを掛けた、ちょっと知的な女性を紹介される。レストランでの会話はスムーズに行った。エリザベスは、デザートに「アプリコットのアイスクリーム」を食べたいという。二人は近くのアイスクリームパーラーに行く。アプリコットは売り切れだという。

「じゃあ、私は何も要らない。」

エリザベスが言う。ドンは説明を始める。

「低温の物を食べるとき、人間の味覚は鈍化するんだ。アイスクリームに関しては、アプリコットであれ、マンゴーであれ、ピーチであれ、区別がつかないもんだ。」

「そんなことはないわ。味の違いは分かるわ。私はアプリコットが食べたいの。」

「では、実験をしてみよう。マンゴーとピーチをひとつずつください。」

ドンが振り向くと、エリザベスは消えていた。

ドンは、講演会場に向かう。そこには主催者の、ジュリーという名の、それなりに魅力的な女性がいた。講演会が始まったのは、十五分遅れだった。時間にルーズな女性は、第一にドンのリストから消される。彼は、遅れを取り戻し、時間通りに終わるために、早口で喋り始める。途中、彼はジュリーに止められる。

「ティルマン教授。もう少し分かりやすく、ゆっくりと話していただけませんか。」

ドンはそれを無視して、同じスピードで話し続ける。会場にはアスペルガー症候群の子供を持つ親だけではなく、十数人の子供たちも来ていた。

「殺し屋があなたの家に入って来た。見つかれば殺される。あなたたちは、赤ん坊と一緒にクローゼットの中に隠れている。そこで、赤ん坊が泣きだした。さあ、どうしますか?」

ドンは聴衆に呼びかける。聴衆は静まり返る。そのとき、子供たちが口々に叫び出す。

「赤ん坊を殺せ!」

「口を押えろ。人間は、呼吸しないで何分間生きられるの?」

子供たちは、色々な提案を始める。ドンは、聴衆に、

「見てください。大人たちは、子供のためよりも、世間の目のために行動している。アスペルガーの子供たちの、想像力は、普通の子供以上だ。デンマークにある会社は、アスペルガーの人間を、選んでソフトウェア開発のために採用している。」

と述べる。講演の後、ジュリーはドンの話の内容に感激したようだった。彼女はドンをドリンクに誘うが、ドンは

「これからやることがありますから。」

と断って会場を去る。

 ドンの回想。ドンには、これまでの人生で、ジーンとクラウディアを除けば、二人しか、友人と呼べる人間がいなかった。一人は姉、もう一人はダフネであった。近くに住む姉とは気が合い、二人は一緒に食事をし、散歩をした。しかし、姉は間もなく病気で亡くなった。ダフネは、ドンのアパートの向かいの部屋に越してきた、七十代の女性であった。彼女の夫は認知症で養護老人ホームに入り、彼女自身も足が悪く、車椅子に乗っていた。ドンは、ダフネに遺伝学の話をし、ダフネもそれを面白そうに聴いた。ドンは車椅子を押して、ダフネを夫の住む老人ホームに連れて行き、誕生日に花を買って、彼女を喜ばせる。しかし、数年して、今度はダフネのアルツハイマー認知症が進み、彼女はドンのことが分からなくなり、自身も老人ホームに入り、ドンの前から姿を消した。

 講演会の翌日、ジュリーがドンのオフィスに電話を架けて来る。彼女は、ドンを食事に誘う。ドンは、

「昨日の話の内容で、何か質問があるんですか。」

と尋ねる。ジュリーは慌てて、

「デンマークの会社は、どうしてアスペルガーの人間を選んでいるんでしょうね。自分からはそうだと言わないし・・・」

という質問を考え付く。

「きっと、アンケートをして、それでフィルターをかけているんでしょうね。」

とドンは答える。そのとき、ドンの頭の中に花火が上がる。

「アンケート!フィルター!」

それで、候補者を絞ればいいのだ!ドンは電話を切る。彼は空き時間の全てを、「自分の結婚相手探しのためのアンケート作成」に使うつもりになっていた。

 翌朝、ドンはジーンの家を訪れる。「結婚相手探しアンケート」に対する、夫婦の意見を聞くためであった。しかし、二人の小さな子供たちを抱えて、朝の時間は忙しかった。息子のカールがドンに殴り掛かる。ドンはそれを合気道の技で避け、カールを押さえつける。これは、ふたりが何時もしている一種の「ゲーム」だった。ジーンとクラウディアに時間がないため、ドンは改めて、土曜日の夕食に二人を訪れることにする。それまでの時間、ドンはアンケートに、じっくり検討を加えるつもりだった。彼は、これまで出会った女性から受けたネガティブな印象を分析し、それをフィルターするために、彼なりに念入りな質問票を作り上げる。

 土曜日の夜、ジーンの家で夕食をとった後、ドン、ジーン、クラウディアは、アンケートの検討会を始める。アンケートは全三十二ページであった。ドンは彼なりに、どの資質について尋ねられているか相手に悟られないように、間接的な質問を用意し、三択で答えさせるようにしていた。そして、それらの質問に対して自分の求める「正解」も準備していた。例えば、

「あなたはレバーを食べますか?」

これは、相手がベジタリアンであることを見つけ出す質問で、「正解」は「ときどき」であるというように。三人は、アンケートに検討を加え、女性のクライディアの意見も取り入れられ、アンケートは「完璧」なものとなる。

「アンケートもそうだけど、あなたは、もう少し、女性と話すこと自体の『トレーニング』を積んだ方がいいわね。」

というのがクラウディアの助言で、ドンはそれを始めることにする。

彼は数日後、インターネットでアレンジされた、四対四の集団デート、合コンに参加する。まさか、三十二ページのアンケートを参加者の女性も配るわけにも行かないので、彼は質問を暗記し、会話の中にその質問を混ぜて行くことにする。彼はオリビアというちょっとエキゾチックな女性と気が合い、他のメンバーが帰ったあと、最後まで彼女と一緒にいる。彼はオリビアに、

「アイスクリームを食べる?どんなアイスが好き?」

と尋ねる。この質問も、アンケートの中の一つだった。

「卵が入っていないなら、何でもいいわ。」

とオリビアは答える。彼女はベジタリアンだったのだ。ドンはアンケートの結果に満足する。

「もし、アンケートにある質問で、オリビアがベジタリアンであることが分からなければ、あのままズルズルと彼女と付き合っていただろう。」

ドンが、次に試したのは「シングル・パーティー」だった。彼は、そこでアンケート用紙を参加した女性に配布する。集まった結果を、彼は別室で整理していた。そこに、二つのワイングラスを持った、スレンダーな女性が入って来る。

「あなた、科学者でしょ?」

と彼女は、フランス語訛りの英語で尋ねる。

「そうだ。」

「私もそうよ。見れば分かるわ。」

と、ファビエンヌと名乗るその女性は言った。ドンは、その女性に人を引き付ける魅力を感じる。

「ここのワインひどい味ね。この後、どこか良いワインバーに一緒に行かない。」

ファビエンヌは言う。

「ここ六週間、ずっとセックスをしてないのよ。」

と彼女は言う。この一言で彼女は「失格」だった。「誰とでも寝る女性は」はアウト。

「まだ、アンケートの結果が返って来るかもしれないし、僕はここに居る。」

ドンはそう言って誘いを断る。

ドンは、ホテルで行われた「集団見合い」の場にも出かけた。女性と一人ずつ順番に会っていき、十五分間話をするのである。そこでも、全ての女性が数分で「外れ」と分かってしまった。翌日、ジーンがドンのオフィスにやって来る。

「どうだ、アンケートの集まり具合は?」

ジーンは尋ねる。

「今のところ、二百六十九人だ。」

と、ドンは答える。

「それで、該当者はいたのか?」

「今のところゼロだ。」

「少しは妥協したらどうだ?ハードルが高すぎるんじゃないか?」

とジーンは言う。

「フィルターは効いている。これは人生で一番大切な選択なんだ。妥協はできない。」

ドンは答える。ジーンは、集まったアンケート用紙を借りてもいいかと、ドンに尋ねる。ドンはそれをオーケーする。

 ドンが学生の書いたレポートを秤にかけて採点をしているとき、彼のオフィスのドアをノックする人物がいる。ドンがドアを開けると、三十歳くらいの女性が立っていた。

「私はロージー。バーロー教授の紹介で来たんですが。」

とその女性は言う。彼女は黒いTシャツ、鎖のベルト、大きな眼鏡を掛けていた。ジーンが紹介してくれた「候補者」だと思ったドンは、

「今晩、一緒に夕食はどうです。『ル・ガヴロシェ』で八時。」

と提案する。

「冗談でしょ?」

とその女性は言う。

「いや、本気です。八時でいいですか?」

とドンは念を押す。ドンは、学長の名前で、高級レストランのVIPルームを予約する。夜八時、ドンは自転車で、レストランに到着する。雨が降っているので、彼はレインジャケットを着ていた。ドンがレストランに入ろうとすると、受付の男性が、

「うちは、ドレスコードがございまして、その恰好では・・・」

と呼び止める。

「ジャケットをお貸ししましょうか?」

と男性は言うが、潔癖症でもあるドンは、何時どこの誰が着たか分からないジャケットを着ることを拒否する。

「そもそもこのレインジャケットは、ゴアテックスの高級品で、そこらで売っているジャケットの何倍もし、機能的でもある・・・」

ドンが抗議を始めると、後ろから誰かがドンの肩を掴もうとする。ドンは、とっさに合気道の技を繰り出し、その手を取り、逆を突き、男を取り押さえてしまう。その男は、店のガードマンだった。そこにロージーが到着する。ロージーは、時々その店のバーで働いているということで、男たちの知り合いだった。ロージーのとりなしでその場は収まる。ガードマンを押さえつけたドンに、ロージーは感心して尋ねる。

「何かスポーツをやってるの?」

ドンは、合気道をやっていることを伝える。

「スポーツは何もやってないわ。私は世界で一番不健康な人間ね。」

とロージーは言う。ピザでも食べに行こうかというロージーに、

「僕が料理を作るから、うちに来ないか?」

と尋ねる。

「あなた料理が出来るの?上手なの?私は、料理全然ダメ。」

とロージーは答える。「不健康」、「料理ができない」。既に二つ条件を満たしていないことを知りながら、ドンはロージーと自分のアパートに行く。

 ドンは、アパートで料理を始める。ロージーはその間、ドンのアパートを色々見て回る。ドンは、「カニのサラダ」を作ろうとしていた。彼は一週間、曜日によってメニューを決め、毎週同じ曜日に同じものを作って食べていた。

「私、ベジタリアンなの。」

とロージーは言う。ドンは一瞬たじろぐ。「ベジタリアンでない」というのも、彼の嫁探しの条件に入っていた。

「大丈夫、魚は食べるから。」

ロージーは言う。ドンは、生きたカニを冷凍庫に入れて殺しにかかる。

「何時も、この作業をするのは、何時なの?」

とロージーは聞く。

「六時三十八分だ。」

とドンが言うと、ロージーが時計をその時間に合わせる。

「これは、ロージータイムだ。」

とドンは思う。いつの間にかロージーはベランダにテーブルを出し、その上に、テーブルクロスを掛け、皿やワイングラスを並べていた。ドンは、自分の日常が、ロージーによって次々と破壊されて行くのを感じる。

「食事、もう少し、後でもいい?」

とロージーが尋ねる。

「もう少し、夕暮れを見ていたいの。」

「同じ景色だろう。」

と、ドンが言うと、

「いいえ、常に変わっているわ。ここに座って見ていると、常に新しい。」

とロージーは答える。少しして、二人はワインを飲みながら食事を始める。ドンには、いつも食べるカニのサラダが、特に美味しく感じられた。食事が終わった後、ロージーは煙草に火を点ける。「喫煙者ではない」というのが、ドンにとって、一番大事な嫁探しの条件であった。

 夕食をしながら、二人は身の上話を始める。ロージーの母親は医者だったが、医学部の卒業記念パーティーの時、同級生の誰かと寝て、ロージーを身籠った。今、「父親」としているフィルは、実の父親ではいとロージーは言う。彼女は、今、誰が自分の父親かを知りたいという考えに取りつかれていた。

「お母さんに直接聞けばいいじゃないか。」

とドンが尋ねると。

「お母さんは、私が十一歳のときに死んじゃったわ。」

と、ロージーは答える。

「あなた、遺伝学者でしょ。DNAの専門家でしょ。私の本当の父親を捜すのに、手を貸してくれない?」

ロージーに頼まれたドンは断れなくなって、自分の「結婚相手探しプロジェクト」の他に、ロージーの「父親捜しプロジェクト」も引き受けることなる。ドンは、どうして、自分の理想の相手と、全く反対の資質を持つロージーに、自分が協力することになったのか、自分でも分からない。

ロージーが帰った後、ドンはジーンに電話する。どうして、ジーンが、ロージーを自分の部屋に送って寄こしたか、知りたかったからだ。クラウディアが出て、ジーンは居ないという。

「あなたのところに居ると言っていたけど・・・」

とクラウディアは言う。ドンはジーンが他の女と寝ていることを知る。

「今何時だと思っているの?二時半よ。」

とクラウディアは眠そうに言う。ドンは時計が「ロージー時間」にセットされていることを知る。ドンはベランダから街を見る。景色は何時もと違って見えた。

 翌日の昼休み、ドンとジーンは外でサンドイッチを食べていた。どうして、ロージーを自分の部屋に寄こしたのかというドンの問いに、

「彼女を『ワイルドカード』として起用したんだ。」

とジーンは答える。そして、ロージーは、アンケートとは関係ない、単なる知り合いだと言う。

「ロージーは結婚相手としての条件を全く満たしていない。時間の無駄だ。」

とドンは言う。

「でも楽しかったんだろう?一緒にいて。」

ドンにはそれを否定できなかった。

「アンケートこそ時間の無駄だ。そんなことをやめろ。」

とジーンは助言する。「父親捜しプロジェクト」に協力することは、遺伝学者の義務である。ドンは、そう自分に言い聞かせて、もう一度ロージーに会う決心をする。

 その夜、ドンはロージーが働いていると言ったバーへ行く。そこは午前零時に開店するゲイバーであった。カウンターで働くロージーに、

「父親探しだが、気付かれないようにDNAのサンプルが取れたら、僕が分析してあげる。血液、皮膚、唾液、精液、尿、大便、何でもいいんだ。」

ロージーは、考えておくわと言って、ドンに電話番号を渡す。女性に電話番号をもらう、ドンは、これまで自分に縁のないと思っていた世界が始まったことを知る。

 翌朝、七時前にドンはロージーに電話をする。彼女は出ない。その日の午前中、彼が教壇で講義をしているときに電話が架かってきた。ロージーからだった、ドンは、自分が講義用のマイクロフォンをしていることを忘れて、電話を取ってしまう。ふたりの会話は、学生に中継される。

「明日、二時にカフェ『バリスタス』で会わない?」

「分かった。」

「じゃあ、また明日ね。あなた、とても素敵よ!」

ドンも釣られて言ってしまう。

「俺もあんたのことが好きだ。」

聞いていた学生から、拍手喝采が起こる。

 ロージーは、自分の父親として最も可能性の高いと思われる、イーモン・ヒュー医師の家に、DNAのサンプルを取りに行くために、ドンを連れて行く。土曜日、二人は車で、ヒュー医師の家に向かう。ヒュー夫婦は、これまで、ロージーと父親と、家族同士の付き合いをしていた。ロージーは、ドンをボーイフレンドだと紹介する。コーヒーを飲んだ後、ロージーは手伝うと言って、カップを台所に持っていく。そして、カップに残っていた、ヒュー医師の唾液を採取しようとする。しかし、誤ってカップを割ってしまう。ドンは、架空のプロジェクトをでっち上げ、それに協力することをヒュー医師に依頼。彼の、血液を採取することに成功する。二人は、土曜日の夜、大学の研究室に行く。ドンは、ヒュー医師のDNAを検査するが、彼はロージーの父親ではなかった。ロージーはガッカリした様子。

「ねえ、悲しんでいる女性の同伴者にならない?」

とロージーはドンを誘う。二人は食事に行く。ワインを飲みながら、

「どうして実の父親を見つけたいの?」

とドンはロージーに尋ねる。

「義理の父親のフィルと、上手く行ってないのよね。」

とロージーは答える。そのロージーに乗せられて、ドンは尋ねてしまう。

「で、次は誰のDNAをテストするの?」

ロージーは、二人の候補者の名前を挙げる。一人はピーター・エンティコット、もう一人はアラン・マクフィー。卒業写真に名前入りで写っていた。

 翌週、ドンは「進化論」のスライドを学生に見せた。一人の男子学生が、発言を求め、

「『進化』は単なる『理論』に過ぎない。」

と言う。ドンが、キリスト教徒の進化論否定論者に出会うのはこれが初めてなかった。

「確かに、『進化論』は理論にすぎない。しかし、他の理論が説明できないことを説明できる唯一の理論だ。」

とドンは言う。講義の後、ドンは、まだそのことを考えていた。彼は、同僚が、大学の食堂でヒラメを食べているのを見る。ドンは、そのヒラメの頭と骨を持ち帰る。一週間後、講義の際、

「魚も創造者によって、今の形で作られたと考えているんですか?」

と、ドンは、先週質問をした男子学生に問いかける。ドンは、その学生に、ビニール袋に入った、ヒラメの骨を渡す。それは既に異臭を放っていた。学生はそれを受け取り、たじろぐ。

「ヒラメの目は片方に付いているが、左右対称に付いていない。片側に寄っている。何故、神は、こんなおかしなものを作るんだ。これは、片方の目が移動する進化がここで止まったか、まだ進化の途中であると考えるのが妥当ではないか。」

ドンは学生に言う。この事件は、学長の耳に入る。

「学生に腐った魚を渡すのはどうかと・・・」

と、学長は苦言を呈し始める。

「理論には理論で答えるのが科学者の使命です。何も、規則には反したことはしていません。」

ドンは反論する。

 ロージーとドンは、次の候補者、アラン・マクフィーに狙いを定める。マクフィーは死亡していたため、彼らはマクフィーの娘、ナタリーの家に行く。ロージーは、義理の父親の物であるという、真っ赤なムスタングに乗っていた。親子でも、DNAは似ているため、判断が可能だとドンは言う。ナタリーは、赤ん坊がいるせいか、二人に対して警戒心を解かなかった。ドンは、カップから唾液を採集したり、プロジェクトの話で釣り、血液を得ようとするが失敗する。二人が家を出た時、ロージーが、

「オーケーよ。」

と言う。彼女は置いてあった櫛から髪の毛を取ってきていた。

「念の為、トイレに行ったとき、歯ブラシも持って来たわ。」

と、ロージーは涼しい顔で言う。

 更なる候補者は、ピーター・エンティコット医師であった。ふたりはエンティコットの勤める大学の附属病院に行く。ロージーは、

「自分は、大学の医学部を志している。実現できるようにお力添えをお願いできないか?」

と切り出す。医師は、ロージーにいくつか専門的な質問をするが、ロージーはそつなく答える。

「公にはできないが、多分力になれると思う。」

と答える。

「きみは、GAMSAT(医学部用の予備試験)をもう受けたの?で、点数はどれくらいだったの?」

と医師は尋ねる。「七十四パーセント」であると、ロージーは答える。高得点。ドンは、そのはったりの高さに驚く。ロージーは、医師の使っていたカップを持ち帰る。

 ドンとロージーは大学を出る。

「コーヒーカップや、歯ブラシを持ち帰るのは窃盗だ。」

とドンは言う。

「心配しないで。後で、代金は送っておくわ。今日は、私の父親が誰か分かる、大切な日よ。何処かへ行きましょうよ。」

二人は赤いムスタングでビーチに向かう。ロージーは音楽をかける。それは、ドンも知っている曲、ローリングストーンズの「サティスファクション」だった。

「どうして、きみは、医学用語に詳しく、予備テストで高得点を取ったと言ったの。」

とドンは尋ねる。

「私のことを馬鹿だと思われたくないからよ。」

とロージーは言う。

「きみは、インテリだよ。」

「ウェートレスにしては、っていう意味でしょ。あなたには偏見があるわ。」

ロージーは少し不満そうに言う。メルボルンに帰った二人は、研究室で二人から取ったサンプルを検査する。二人とも、ロージーの肉親である可能性はなかった。

「もう終わりね。」

とロージーががっかりした表情で言う。

「いや、まだ諦めるのは早い。」

とドンは言う。二人は飲みに行く。ドンは「父親捜しプロジェクト」を継続するよう、ロージーに説得する。

「母親の同級生は百人以上いて、男性はそのうち半分なのよ。どうして、そんな沢山の人のDNAを集めることが出来るの。」

とロージーは言う。ドンはその方法について考えていた。

 ロージーの母親の出た医学部は、現在のドンの大学のものだった。ドンは、医学部の同窓会が定期的に開かれていることを知る。そして、数週間後に、ロージーの卒業した年度の同期会が開かれることを見つけ出す。参加予定は百二十四人。その中に潜入して、参加者のDNAを採取すれば、ロージーの父親を見つけ出せる確率はかなり高いと、ドンは考えた。ドンは、ロージーの働くバーに出向く。彼は、ロージーの母親の、卒業写真を用意していた。ドンは、ロージーに三週間後の同期会について話す。ロージーの母親の同期のうち、男性は百四十一人。その中に、ロージーの父親がいるのは間違いないと、ドンは話す。

「でも、同期会のパーティーに招待されなければ、会場に入れないじゃないの。」

とロージーは言う。ドンには秘策があった。それは、パーティーにウェーター、ウェートレスとして参加することだった。大学が、その人員を募集していたが、それに応募するというものだった。二日後、ロージーはドンのアパートにやってくる。彼女はドンに「カクテル入門」の本を渡して去って行く。ドンは、どうして自分がロージーにこれほど協力する気になるのか、自分でも分からない。クラウディアは、

「何も考えないで楽しむことよ。」

と言う。ジーンは、

「彼女は、色々問題があるから、深入りするな、手をひけ。」

と全く逆のアドバイスをする。

 その日から、ドンは、得意の記憶力を駆使して、カクテル入門に載っているカクテルの調合を暗記する。そして、材料を買って来て、実際に自分で作って飲んでみる。このまま行くとアル中になるなと思いつつも、ドンはカクテルの作り方を、二週間でマスターする。二人は無事、同期会のウェーター、ウェートレスに選ばれ、日曜日にゴルフクラブで開かれたパーティーに出掛けていく。ゲストが三々五々到着する。ドンは参加者の名簿を持っていた。彼は、参加者に話しかけ、名前と人物を一致させていく。そして、飲み物のグラスを下げる度に、グラスから唾液を採取、そのサンプルに名前を書いていく。パーティーには専門のバーテンダーも雇われていた。彼は、ドンが殆どすべてのカクテルの名前と調合を暗記しているのに驚く。バーテンダーは自分の店で働かないかとドンに誘いをかけ、ドンも、ウェーターの役割を楽しんでいる自分に気づく。

 真夜中を過ぎたとき、ドンとロージーは参加した男性の八十五パーセントに唾液の採取に成功していた。専門のバーテンダーが帰った後、ドンはカウンターに入り、午前一時半、ついに男性の招待客全員からのサンプル採取に成功する。

 翌日の日曜日、昼過ぎにドンはロージーと会う。ロージーは、

「あなたはこれまで私が会った中で、一番変わっているわ。でも、協力してくれてありがとう。」

とドンに礼を言う。

「でも、あなたにはパートナーとしての興味はないんだ。」

とドンは言う。

「私もよ。最初から自分には合わないと思っていたわ。」

ロージーも言う。

「じゃあ、どうして、僕の『結婚相手探しプロジェクト』に参加したんだ?」

「それ、何?」

ロージーは、ドンのプロジェクトやアンケートについて知らなかったのだ。ドンの説明を聞いてロージーは怒り出す。

「あなたは、女性を単なる物体として扱っているわ。そんな候補者として扱われるのは侮辱だわ。」

「じゃあ、どうしてあの日、僕の部屋に来たんだ。」

「ジーンと賭けをしたの。私は、精神科の大学院生なの。」

ロージーはサンプルを壁に投げつけて出て行く。

翌朝、ロージーが大学のドンの部屋を訪れる。

「謝りにきたの。昨日はすまなかったわ。あなたは良い人よ。ただ、女性を物として扱っているのが許せなかったの。」

「DNA検査の結果を聞きたくないの。」

「誰も該当者がいなかったんでしょ。」

「その通りだ。それと、実は、アンケートに僕の希望と完璧に合致する女性が現れたんだ。」

「じゃあ、私はもう必要ないわね。」

そう言って、ロージーは部屋を出て行く・・・

 

<感想など>

 

 私は、ドンにかなり共感を覚える。それどころか、自分を彼の同類だと考えることもある。何を隠そう、私も「箇条書き人間」なのである。メールを書くときなど、箇条書きにしなければ気が済まない。私の書いたメールは、ビジネスであれプライベートであれ、ほぼ箇条書きになっている。この物語は、ドンが一人称、「私」または「僕」で語るスタイルである。そして、文章の中のいたるところで、「一」、「二」、「三」と番号が振られた、箇条書きが登場する。それが、ドンの考え方のスタイルである。あくまで論理的に、全てを場合分けして分析していく。第一ページからそれが登場する。ドンは親友であり、大学の先輩であるジーンに、「アスペルガー症候群」についての講演を依頼される。しかし、その時間は、ドンが毎週バスルームを掃除する時間であった。

一、 講演の後で掃除をする

二、 掃除を一週間延ばす

三、 講演を断る

それぞれの可能性について、メリット、デメリットが分析されている。全てがその調子なのである。

 ドンは、結婚を考え、「結婚相手探しプロジェクト」を立ち上げ、「理想の結婚相手探しのためのアンケート」を作り上げる。「煙草を吸わない」、「ベジタリアンではない」、「時間に正確な」等々、自分のパートナーにふさわしい条件持つ女性を、アンケートによってふるいにかけ、結婚相手探しを、合理的に、論理的に、かつ短時間で行おうという魂胆。そこに現れたのがロージーである。奔放な彼女は「煙草を吸う」、「ベジタリアン」、「時間にルーズ」、ドンの理想とは真逆の女性。しかし、ドンは、何故か彼女に惹かれてしまう。そう言えば、私の友人にも、若い頃話していた「理想の女性」とは大きく違う女性と結婚した人たちが多くいる。人格とは、その人全体の総合されたものであり、個々の要素の積み重ねではない。しかし、ドンはそれが分かっていない。個々の正しい要素を積み重ね、その結果として正しい全体が出来ると信じている。科学者が陥りがちな「演繹法」の罠である。

 ドンの「結婚相手探しプロジェクト」と並行して、もうひとつの「プロジェクト」が進行する。それはロージーの「父親捜しプロジェクト」である。医者であった母親が、卒業記念パーティーで関係を持った男性が彼女の本当の父親であるという。義理の父親との関係に悩むロージーは、「本当の父親」、「生物学的な父親」を捜したいと思っていた。そこに現れたのが遺伝学者、DNA鑑定のプロ、ドンなのであった。二人は、候補者、あるいは容疑者と思われる百人以上の男性のDNA採取プロジェクトを開始する。ロージーは、最後には、父親は見つかるのであろうか。

 文句なしに笑える本。読んで楽しめる本である。世界的なベストセラーになったのもうなずける。笑いの原因は、何と言ってもドンの「他の人とずれた」、「現実離れした」感覚にある。子供の頃から自閉症気味で、友だちもほとんどなく、自分だけの世界で生きてきたドン。いつの間にか、彼は、世間や他人とは切り離された、自分だけの世界と価値観に生きてきた。そして、今は、科学者として、大学の教授として働いている。しかし、彼は、冷たい人間として描かれてはいない。隣に越してきた老女、ダフネを一生懸命に助けるエピソードなど、彼の温かい、優しい一面も描かれている。彼の特技は、他人を見ただけで、そのBMI(肥満度)を言い当てることである。

 ロージーは、途中まで、「バーで働く奔放な女性」として描かれているが、実は彼女も科学者で、大学院の博士課程にいることが真ん中くらいで明らかになる。これが、ちょっと不自然に感じた。また、ドンの親友のジーンは、五十歳を過ぎた大学教授であるが、「できるだけ多国籍の女性と寝る」という「プロジェクト」を進めている。そのような人間が、妻も子供もいて、家庭生活を送れるというのも、かなり不自然な設定であると思った。しかし、コメディーであるので、そこをそれ以上突っ込んでも仕方がない。

 作者のグレーム・シムションは、一九五六年生まれ、オーストラリアのメルボルンに住む、作家、劇作家、脚本家である。元々「データモデリング」というコンピューター関係の仕事をしていた。この「ロージー・プロジェクト」は、彼の最初に認められた本で、二〇一三年の出版。彼が五十六歳のときの作品。作家としてはかなり遅咲きの人と言える。メルボルン大学出身とあるが、この作品の舞台も、同じメルボルンである。奥さんは精神科医であるという。登場人物に、その方面の専門家が多いのもうなずける。

 ともかく、笑いたい人、何か「楽しい本」を読みたい人にはお勧めの本である。

 

202111月)

 

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