「女子学生・美容師の第三の事件」

クリスティアン・シューネマン

Christian Schünemann

原題:Die Studentin, Der dritte Fall für Frisör

2009)

 

<はじめに>

 

 美容師が事件を解決するというシリーズらしい。美容師と言っても、主人公のトマス・プリンツはそんじょそこらの美容院で、近所のおばさん連中の髪を切っているわけではない。ロンドンはヴィダル・サッスーン仕込み、ミュンヘンでも有数の高級美容サロンで、上流階級の女性を相手にしている。そんな彼が何故か難事件と出会い、それを解決していく。

 

<ストーリー>

 

 スター美容師、トマス・プリンツは、ミュンヘンで高級美容サロンを開いている。彼は、一年に一度、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで行われる、美容コンテストに参加している。そのショーのリハーサルの途中、主役の女性が足を挫いて踊れなくなる。そのとき、トマスの前に度の強い眼鏡をかけた赤毛の若い女性が現れる。ミュンヘンに住むトマスの妹の家に「オー・ペア」(子守り)として雇われたローズマリー・クリフォードであった。トマスは歌と踊りの経験のあるローズマリーを、怪我をした女性ダンサーの代役に立て、何とかショーを乗り切る。

 トマスはローズマリーを連れてミュンヘンに戻る。ローズマリーは妹のレグラの家に住み込み、家事と子供達世話を始める。同性愛者であるトマスはモスクワに住む「恋人」のアリョーシャと連絡が取れず、気分の晴れない日々を過ごす。

ある日、妹のレグラがトマスのサロンを訪れる。彼女は、ローズマリーが色々失敗をしながらも、子供達に好かれて仲良くなっていることを告げる。その後、ローズマリーも子供達を連れてサロンを訪れる。トマスのサロンの客は女性だけではない。大学の英文学の講師、ロバート・フィルトンも客のひとりであった。

レグラはローズマリーが今晩トマスと会いたがっているので、彼女がトマスを訪れることを告げる。先客があるからと断るトマスだが、レグラに強引に押し切られてしまう。その夜、トマスと友人のシュテファン、ローズマリーが共に過ごす。昼間、ロバートと会い、大学に興味を持ち始めたローズマリーローズマリーに、シュテファンは大学に行くことを勧める。

数日後の朝、トマスが歩いていると、自転車に乗った、どこか見覚えのある若い女性に出会う。眼鏡をやめてコンタクトレンズにした、ローズマリーであった。彼女はルードヴィヒ・マキシミリアン大学に願書を出し、新しい英文科教授、マーラ・マルコヴスキーの裁可で、それが認められ、大学に通うことができることになったのだ。ローズマリーはマーラ・マルコヴスキーに心酔しており、彼女の教授就任記念講義にトマスにも来てくれと頼む。

更に数日後、トマスはマルコヴスキーの記念講義に途中から入って行く。マルコヴスキーは、趣味の良い服装と髪型をした、三十代の女性であった。講義の後、学部長が彼女に花束を渡す。トマスはそれが彼女の夫、ハンス・ゲオルグ・マルコヴスキーであることを知る。講義の後で、音楽と軽食のあるレセプションが行われる。その席で、ローズマリーは同じ英文科の講師である、ロバート・フィルトンに平手打ちを食らわせる。ローズマリーは、マーラ・マルコヴスキーによってレセプションの席から連れ出される。

次にローズマリーに会ったトマスにとって、彼女の話は驚くことばかりだった。マーラ・マルコヴスキーはローズマリーを自分のアシスタントとして雇うことにしたという。ローズマリーはオー・ペア、学生、マルコヴスキーの助手として、三足の草鞋を履くことになった。

ローズマリーは、誰かがマルコヴスキーに対して、嫌がらせをしていると、トマスに告げる。その一例として、マルコヴスキーのコンピューターが、何者かによって注入されたウィルスによって壊されたという。ローズマリーは、レグラの夫、クリストファーにコンピューターの調査をしてくれるように頼む。

翌朝、トマスはクリストファーと共にマルコヴスキーのコンピューターを調査するために、大学へ向かう。その道すがら、マーラの夫のハンス・ゲオルク・マルコヴスキーが、金髪の女子学生、シュテフィ・ツァーンと一緒に車で出勤するのを見る。彼は、その後、ハンス・ゲオルグの部屋で、夫婦であり、学部長と教授であるふたりが激しい言い争いをしているのを聞く。

トマスは英文科の学生フランツから、英文科にはマルコヴスキーとロバート・フィルトンのふたつのセクトがあり、お互いに争っていることを知る。しかし、学部長と教授というふたつの地位を占めたマルコヴスキー派が優位に立っているのは誰の目にも明らかである。

クリストファーとトマスがローズマリーに案内されてマーラ・マルコヴスキーの研究室に入ると、異様な匂いが立ち込めている。トマスが部屋を探すと、腐った魚が本棚の後ろで見つかった。コンピューター・ウィルスと言い、腐った魚と言い、誰かがマーラ・マルコヴスキーの嫌がらせをしていることは明らかだ。トマスは、ローズマリーを危険から遠ざける必要性を感じ、そろそろ警察の介入が必要な状態だと考え始める。

しかし、トマスの行動は遅きに失した。翌日、図書館の本を返しにトマスが大学を訪れると、警察が大学内にいる。学部長のハンス・ゲオルク・マルコヴスキーが殺されたというのだ。トマスは知り合いの女性警視、アネッテ・グラーザーからハンス・ゲオルクがコーヒーに入っていた薬により殺されたことを知る。

トマスの妹、レグラとクリストファーの家が警察の家宅捜査を受ける。ローズマリーが、コンピューターウィルスと、腐った魚は自分がやったと警察に語ったからだ。彼女は、マーラ・マルコヴィスキーの歓心を得るためにそれをやったという。殺人については証拠がないため、ローズマリーが逮捕されることはなかった。彼女は、雇い主のレグラの家を追い出され、トマスの家に泊まることになる。

トマスは大学に出かけ、マーラ・マルコヴスキーに会う。トマスは、学生のセバスティアンが殺されたハンス・ゲオルク・マルコヴスキーの不倫の相手シュテフィ・ツァーンに片思いであったことを知る。トマスは状況から、妻のマーラの殺害を狙ってコーヒーに入れられた毒を、夫のハンス・ゲオルクが誤って飲んでしまったのではないかと考えるようになる。野心家のマーラの敵となると、彼女に教授昇進の先を越されたロバート・フィルトン、恋敵のシュテフィ、彼女のやり方に反感を持つ秘書、彼女のために落第を余儀なくされた学生、その他、犯行の動機のあるものは多かった。

トマスが大学からアパートに戻ると、ローズマリーが消えていた。翌日、サロンの同僚であるベアは、ローズマリーがイタリア料理店で、マーラ・マルコヴスキーと一緒にいるところを見たと言う。翌日、ローズマリーからマーラの家にいるという電話がトマスにある。トマスは彼女を迎えに行く。

マーラはトマスに夫が殺されたときの経緯を語る。毒の入っていたコーヒーは、秘書のアンネが、フランクが働くカフェテリアから持ってきたものだという。そして、夫と話している途中、急な電話があり、席を外した際、夫がそのコーヒーを飲んで苦しみだしたと説明する。トマスは潜在的な容疑者が益々増えることを感じる。

トマスはフランツとローズマリーを飲みに出かける。その際、ロバートが学生のセバスティアンのアイデアを盗用して、自らの論文に使っているという疑いを知る。三人はその証拠を押さえるべく、深夜ロバートの研究室に侵入する。しかし、彼等が見つけたものは論文ではなく、ハンス・ゲオルグの殺害に使われたのと同じ毒薬の入ったビンであった・・・

 

<感想など>

 

作者のクリスティアン・シューネマンは一九六八年ブレーメン生まれ。スラブ語を専攻し、ザンクト・ペテルスブルク、ボスニア・ヘルツェゴヴィナで働いた人だという。

このシリーズ、二〇〇九年までに三冊が出版されているが、いずれも美容師、トマス・プリンツが事件を解決するというパターンらしい。トマスはこの物語では四十三歳、もうひとりの主人公ローズマリーは十八歳ということになっている。ふたりの間の男女関係はない。何故ならトマスは同性愛者であるからだ。

ユーモアに満ちた文章である。笑いながら、軽い気持ちで読み進んでいける。文字で書かれた「ソープ」であると、南ドイツ新聞の書評は述べている。会話が多く、確かに読み易い。

しかし、ストーリーを読む限り、余りにも偶然に頼りすぎているという印象を受ける。何故、事件を解決するのが美容師のトマスであるのか、何故彼が事件を解決できるのか、その必然性が希薄である。

アガサ・クリスティーは「エルキュール・ポアロ」と「ミス・マープル」のふたつのシリーズがあるが、筆者が「ポアロ」が好きでも、「ミス・マープル」が好きになれない理由はまさにここにある。「ミス・マープル」の推理力もさることながら、彼女が「偶然」色々なことを見聞きすることの不自然さゆえに、ストーリーに共感できないのだ。

例えば、トマスはロバートの部屋で、ハンス・ゲオルクの殺人に使われた薬を見つける。しかし、その発見は、彼が「当たり」をつけて捜したものではない。他のことを調べているうちに「偶然」発見されたことになっている。

トマスだけが「美味しいところ」を取り、彼の周りで次々と都合の良い事件が起きる。彼の自転車にぶつかりそうになった車の運転者が偶然にもハンス・ゲオルクで、その助手席には女子学生が乗っていた。彼の前に偶然、マーラの車が通り過ぎ、彼女は偶然トマスの目の前で車を停め、泣き崩れる。読んでいる方は、

「そんな馬鹿な、そんな都合のいいことが起こる?」

とついていけなくなってしまう。

トマスは同性愛者、ゲイである。しかし、友人のシュテファンから精子の提供を頼まれ、大いに悩む。トマスとレグラの母親は、死んだ夫から受け継いだ企業の経営者であり、フランス人のボーイフレンド「ムッシュー」と付き合っている。しかし、そのようなエピソードも、テレビのソープの本来のストーリーに彩りを添える、お飾りのエピソードのような気がする。

大学の教授たちの間のドロドロとした権力争いが描かれている。その意味では筒井康隆の「文学部唯野教授」を思い出させる。しかし、残念ながら表面的にしか描かれていない。

書評に余り否定的なことは書きたくないのだが、この本が日本語に翻訳されることは絶対にないと思うので書いてしまった。

 

20128月)

 

書評ページ