マリ・ユングステッド

Mari Jungstedt

1962年〜)

ストックホルム出身、作家、ジャーナリスト

 

ウィキペディア、スウェーデン語版より、2013年撮影

 

 スウェーデンの「島」を舞台にしたミステリーとしては、ヨハン・テオリンの「エーランド島、春夏秋冬」シリーズが有名である。しかし、テオリンの前に、ゴットランドという「島」を舞台にしたシリーズを書いた作家がいる。マリ・ユングステッドである。ゴットランドは、バルト海、ストックホルムの沖合に浮かぶ島。歴史と自然に恵まれた場所で、中心都市のヴィスビューは城壁に囲まれた、中世の面影を残す街である。歴史と文化の香りのするところが、テオリンの描く、荒涼としたエーランド島とは違う。

 ゴットランド島はスウェーデン最大の島、バルト海の中でも最大の島とは言え、日本で言うと、北方領土の択捉島とほぼ同じ面積、人口は六万人弱に過ぎない。こんな小さな、閉じられた世界を、犯罪小説シリーズの舞台にしてしまう、そんな作家の想像力、構成力は驚嘆に値する。スウェーデンの犯罪小説には、地方都市、本当に小さな場所を舞台にしたシリーズが多い。ヘニング・マンケルの「クルト・ヴァランダー」シリーズはスコーネ地方の田舎町イスタードを舞台にしているし、カミラ・レックバリのシリーズはそれより小さい町というか村、フィエルバッカを舞台にしている。私は一度イスタードを訪れたことがあるが、本当に小さな町で、こんな狭い場所で十数人が殺されるという設定は、ちょっと無理があるのではと、驚いてしまった。ユングステッドは、「島」という閉じられた世界を、一種の「密室」として利用している。つまり、簡単に出入りのできない場所という特性を、ストーリーの中に取り入れている。閉じられた社会の中での、巧みな演出が光っている。

しかし、ユングステッド自身は、一九六二年ストックホルムの生れで、ゴットランド島出身ではなかった。(1)しかし、彼女の夫がゴットランド島の出身であり、彼女は何度も島を訪れていた。彼女自身、スウェーデン国営放送のレポーターやキャスターを務めたという。作品の副主人公であるジャーナリスト、ヨハン・ベリは彼女の分身であると言える。

 「副主人公」と書いたが、ヴィスビュー警察署のアンデルス・クヌタスが「一応」主人公で、彼が捜査を進め、それに一般人であるヨハン・ベリが絡むという筋立てになっている。更に、クヌタスだけではなく、捜査班の別のメンバーにも、十分な活躍の場が与えられており、チームプレーでの解決という様式が取られている。

 北欧の犯罪小説の評論の中で、彼女の評価は極めて高い。どの本も、四百ページを超える大作であるが、短めの章立て、分かり易い文章で、テンポ良く読むことができ、長さを感じさせない。登場人物も、決して類型的でなく、良く描けている。カミラ・レックバリの小説の、超ステレオタイプ、善者、悪者のはっきりした設定に比べれば、はるかに深みがある。

 同世代の女性犯罪小説作家と異なる点は、男性を主人公に置いていることであろう。書くのが女性であるので、女性を主人公にした方が書きやすいことは想像できるが、ユングステッドは易きに流れていない。

 第一作の、「Den du inte ser(見えない者)」は、不幸な少年時代を送った男の、社会への復讐劇である。(2)それは最初から分かっていて、

「登場人物のうち、意外な人間が犯人ではないか。」

という心配をしないで、読み進むことができる。ページが進むにつれ、その男の独白の頻度と長さがどんどん増していき、犯人と殺された女性たちの接点が、明らかになっていく。女性を狙った連続殺人事件であるが、犯人の悪夢のような少年時代の体験を考えれば、何となく犯人に同情してしまう。もちろん、三人の女性を残虐に殺害することは許されることではないが、そこに至った犯人の心理は良く分かる。

「もし自分が犯人の立場だったら。」

と考えてしまう。

「田舎の警察」が描かれる。殺人事件など、出会ったことのない刑事たち。殺人事件の後、一応被害者の家族、友人、同僚に事情聴取が行われる。しかし、事件解決の糸口になるような情報は何も得られない。ところが、上司のクヌタスが同じ人物に再度インタビューすると、重要な情報がズルズルと出て来る。

「聞かれなかったから、言わなかった。」

と尋問された人々は答える。警察が通り一遍の質問しかしないと、質問された側も通り一遍の答えしかしないという構図。しかし、本物の捜査とはこんなものかも知れない。警察官の無能さ、それに対する反省、徒労が描かれることは、この物語が現実的な光を放っている原因であると思う。

先にも書いたが、このシリーズの特徴は、警察とクヌタス警視だけではなく、ジャーナリストのヨハン・ベリも事件解決の一端を担うということである。ヨハンと被害者の友人であるエマの情事が、警察の捜査と並行して描かれ、それが最後にひとつにまとまるという構成である。

 クヌタスは一応チームのまとめ役であるが、彼の独走はない。先に述べたジャーナリストのヨハンは別にしても、警察の同僚であるヤコブソンやキールゴルドが、皆知恵を持ち寄って事件を解決していく。この辺りの「集団劇」、シューヴァル/ヴァールーの「マルティン・ベック」シリーズの伝統を受け継いでいると言える。

 ゴッドランドの風物の描写もさることながら、色々な人間がステレオタイプにならず、現実感を持って描かれていることに、共感を覚える作品である。

第四作の「Den döende dandyn(死にゆくダンディー)」も面白い作品だ。(3)この作品でも、「彼」として描かれる若い男性が犯人であることが、最初から読者には分かっている。美術の世界を舞台にした物語。しかし、「美術」と言っても、ドロドロとした、金、権力、愛憎が渦巻く世界が描かれる。「殺人者の芸術」という英語のタイトルも振るっている。犯人は、被害者の美術商ヴァリンの死体が、一服の絵となるように、視覚的にアレンジしているからだ。タイトルとなり、物語にも登場するニルス・ダルデル(Nils Dardel)作、「死にゆくダンディー」という絵は実際に存在し、この物語に書かれているように、「ダルデルの私生活」、「宗教画」、「時代背景」など色々な解釈が可能な絵であるという。

この物語で、クヌタスは異常なまでの同僚の女性刑事カリン・ヤコブソンへ入れ込む。ストックホルム本庁への転勤のオファーを受け入れようとした彼女を、クヌタスは、彼女を副部長に任じ、自分の引退したとき、部長に昇進させる約束までして、ゴットランド警察に引き止めようとする。当然、若い彼女に先を越されることになる古手の男性刑事たちは面白くないわけで、捜査班は空中分解寸前になる。何故、クヌタスがそこまでヤコブソンに執着するのか。彼女を愛しているのかと勘ぐってしまうが、一方では、クヌタスがデンマーク人の妻と良い関係にあることも描かれている。警察は組織であるし、ヤコブソンも自分の将来とキャリアのために道を選ぶ権利があるわけだ。それを阻んでまで彼女に執着するというのは、身勝手ではないかと思った。それだけが、引っ掛かり。

とにかく、ユングステッドの作品は文句なしに面白い。ひとつ読むと、他の作品も読んでみようという気になる。お勧めしたいが、現在のところ、日本語の翻訳は出ていないようである。

 

作品リスト:

l  Den du inte ser(見えない者)2003

l  I denna stilla natt(この静かな夜に)2004

l  Den inre kretsen(内側の円)2005

l  Den döende dandyn(死にゆくダンディー)2006

l  I denna ljuva sommartid(甘い夏の時間に)2007

l  Den mörka ängeln(黒い天使)2008

l  Den dubbla tystnaden (二重の沈黙)2009

l  Den farliga liken(危険な身体)2010

l  Det fjärde offret(四人目の犠牲者)2011

l  Den sista akten(最後の行為)2012

l  Du går inte ensam(あなたは一人じゃない)2013

l  Den man älskar(あなたが愛する男)2014

l  Det andra ansiktet(もう一つの顔)2016

l  Ett mörker mitt ibland oss(私たちの暗闇)2018.

l  Jag ser dig(会いたい)(2019

 

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(1)    ウィキペディア、スウェーデン語版、Mari Jungstedtの項。

(2)    Den du nicht siehst, Wilhelm Heyne Verlag, Mūnchen, 2004

(3)    The Killer’s Art, Corgi Books, London, 2006

 

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