ヘレネ・トゥルステン

Helene Tursten

1954年〜)

イェーテボリ出身、作家

 

ウィキペディア英語版より。

 

ヘレネ・トゥルステンの「刑事イレーネ・フス(Irene Huss)」シリーズも、女性作家の描く、女性警察官を主人公とした小説ということで、避けて通れない。警察官を主人公にした他の小説と最も異なる点は、イレーネは、理解のある料理の上手な夫と、ティーンエージャーのふたりの娘に囲まれ、「幸せな家庭生活を送っている」ことである。私生活に問題を抱えた、ちょっと自己破滅的な、マンケルの描くヴァランダー、ルースルンド/ヘルストレムの描くグレーンス等からは、その点で一線を画している。

スウェーデンではストックホルムに次ぐ大都会であるイェーテボリがシリーズの舞台になっている。主人公のイレーネ・フスは、長身で男勝りの女性である。フスが戦う相手は、ストリートギャングのメンバー、スキンヘッド、移民、ネオナチなどである。イレーネは、柔術のヨーロッパチャンピオンであったという設定になっている。彼女は、精神的なショックや悲しみに襲われると、道場へ行き、「黙想」と「型」をすることにより、平静を取り戻すことを常としている。警察学校時代、彼女が格闘技の講師を逆に締め上げたというエピソードも語られる。

長身で大柄なイレーネに対して、夫のクリスターは小柄なコックであり、イレーネに対して非常に理解が深い。彼らには双子のティーンエージャーの娘、カタリーナとジェニーがいる。また、犬のサミーが一緒に暮らしている。先ほども書いたが、現代の警察小説の主人公としては例外的に、イレーネは、家庭的には恵まれた人物として描かれている。そして、本筋の事件とは関係なく、主人公の私生活で、もうひとつのストーリーが進行するという、マンケルのヴァランダー以来の「お約束事」も踏襲されている。娘のジェニーがネオナチのバンドに入り、移民やユダヤ人を排斥するような歌を唄い、ホロコーストはなかったと言い始め、自らもスキンヘッドになる。イレーネの同僚で友人のトミーが、ジェニーの説得を試みる。果たして、彼の説得は成功するのであろうか。

イレーネは、娘たちが去っていき、声を出しても届かないという夢をしばしば見る。母親としては、子供たちをまだまだ手元に置いておきたいが、子供たちは容赦なく親から離れて行ってしまうという時期なのである。

第一作の「Den krossade tanghästen(壊された唐の馬)」はイェーテボリ有数の裕福な家庭を舞台にしている。(1) そこには、表向きの華やかさからとは裏腹の、ドロドロとした人間関係がある。山崎豊子の「華麗なる一族」を思い出させる。「金のある家ほど汚い」という定説を作者は踏襲している。ガレージにはポルシェやBMWなどの高級車が並び、家の壁には高価な美術品が並んでいるが、夫は若い女性に手を出し、妻も浮気をし、息子の嫁は麻薬と男に耽っているという設定だ。

このシリーズ、いずれも長い小説であるが、「無駄な捜査」「徒労」を描くことにより、ストーリーにリアリティーをもたせるという、マンケル等が良く使う手法は使われていない。ゆっくりとしているが、「無駄のない」ストーリー展開なのである。その「無駄のなさ」が、シャーロック・ホームズやエルキュール・ポワロの時代への回帰を感じさせる。悪く言うと、「ご都合主義」という言葉が当てはまるストーリーの展開である。

イレーネの属する、アンダーソン警視率いる捜査班であるが、よく内輪揉めを起こす。この辺り、鉄壁のチームワークを誇る、「ヴァランダー」シリーズにはない展開である。原因はたいていジョニー。彼は、女性蔑視や外国人蔑視の発言を繰り返し、問題を巻き起こす他、同僚に対してストーカー紛いのこともする。ボスのアンダーソンは、女性恐怖症に陥っている。

イレーネがやるのは、「柔道」ではなく「柔術」、Ju-Jutsu、スウェーデン語でJは「ヤユヨ」の発音になるから、「ユーユツ」とでも発音するのだろうか。ところが登場人物の誰もが正しく発音できない。皆が「ユーユー」とかいい加減な呼び方をしているところが面白い。

イェーテボリ出身のヘレナ・トゥルステンは、作家になる前、歯科医をやっていたという変わり種である。(2)女性の作家を皆悪く言うつもりはないが、女性であるだけに、きれいにまとめ過ぎていて、その分現実感が希薄になり、損をしているという印象を受けた。「イレーネ・フス」シリーズは、二〇〇七年から二〇一一年に間にテレビドラマ化され、スウェーデンのみならず、英国、ドイツなどで放送された。

 

「イレーネ・フス」シリーズ、DVDより。主演はアンゲラ・コヴァチス(Angela Kovacs)。

作品リスト:

l  Den krossade tanghästen (壊された唐の馬)1998

l  Nattrond(夜の巡回)1999

l  Tatuerad torso(刺青のある胴)1999

l  Kallt mord(冷たい殺人)2002

l  Glasdjävulen(ガラスの悪魔)2002

l  Guldkalven(金の子牛)2004

l  Eldsdansen(火の踊り)2005

l  En man med litet ansikte(小さな顔の男)2007

l  Det lömska nätet(陰湿なオンライン)2008

l  Den som vakar i mörkret (暗闇で目を覚ます者)2010

 

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1Der Novembermörder, btb Verlag, Mūnchen, 2000;

2)ウィキペディア、スウェーデン語版、Helena Turstenの項。

 

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