カミラ・レックバリ

Camilla Läckberg

1974年〜)

フィエルバッカ出身、作家

 

ウィキペディア、スウェーデン語版より。(2011年、イェーテボリ、ブックフェアで)

 

「シューヴァル/ヴァールーとマンケルが、アガサ・クリスティーに代表される、二十世紀の推理小説の伝統を打ち破った。」

などと書くと、私はアガサ・クリスティーの作品に批判的だと思われるかも知れない。そうではない。私はクリスティーの「エルキュール・ポワロ」シリーズや、コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」シリーズなどの小説を読むのも大好きだ。私事になるが、クリスティーに関して言うと、私が英国に来た頃、英語に慣れるために、彼女の作品を読みまくった時期がある。クリスティーは楽しみながら英語を勉強できる機会を与えてくれた、言わば、私の英語の恩師と言える。

「一連のスウェーデンの犯罪小説が、クリスティー的な(古典的と言ってもいいかも知れないが)推理小説から抜け出し、新しい世界を開くのに貢献した」と、私は繰り返し書いてきた。しかし、全ての作家がその道を歩んだわけではない。一部の作家は、クリスティー的な、古典的な道を踏襲することを選んだ。その代表的な人物が、カミラ・レックバリである。それ故にか、彼女は「スウェーデンのアガサ・クリスティー」と呼ばれている。

レックベリの小説を読んでいると、「理解し易いが物足りない」という印象を受ける。その原因の一つが「善玉/悪玉」、「グディー/バディー」の明確な描き分けであろう。

「良い人間なんだが、成り行きで悪いことに手を染めてしまった。」

「本来は悪人なのだが、一抹の良心を持っている。」

彼女の作品に、そんな人物設定はほぼない。第一作の「氷姫」でも、敵役は明確であり、しかもその全てが男性である。敵役は、徹底的に否定的に描かれる。(1)ステレオタイプ。悪玉として登場する人物は、主人公の邪魔をするためにだけしか存在しない。いわば、水戸黄門に登場する「悪代官」、「越後屋」である。

「人間なんだから、良い面も悪い面もあるよな。」

という前提を一切拒否した人物設定。この辺り、ストーリーを進めるためだけに人物が登場し、行動する、シャーロック・ホームズ、アガサ・クリスティーの古典的な世界への逆戻りと言える。だからこそ、レックバリが「現代のアガサ・クリスティー」と呼ばれているのかも知れないが。

女性の書いた小説には、男性が敵役として登場することが多い。しかし、レックバリの場合はちょっとやりすぎという感じ。この人と、後、オーサ・ラーソンが徹底的に男性を排除したストーリーを書いている。確かに、女性の読者は獲得するには有効であろう。人口の半分は女性なのであるから、確実に女性の読者の支持を狙うというのも、戦略的には間違えではない。

フィエルバッカというスウェーデン西南部の小さな町が舞台になっている。地元警察の若手警察官パトリック・ヘドストレームと作家のエリカ・ファルクが事件に挑む。伝記作家のエリカ・ファルクは、両親が交通事後で亡くなり、その遺品整理のために故郷のフィエルバッカに戻って来る。そこで起こったエリカの幼馴染、アレクサンドラに対する殺人事件を、エリカはこれも幼馴染のパトリックと一緒に解決していく。フィエルバッカ、昔はニシン漁で栄えた場所らしいが、今は地元の名士の経営する缶詰工場と夏の観光だけで持っているような土地。早く言えば田舎。殺人事件にはおおよそ縁のない場所である。このあたり、マンケルのヴァランダー・シリーズの舞台となるイスタードと設定は似ている。

狭い土地には、その土地にだけ通用する常識があるらしい。とにかく、噂は一日で町の隅々まで広まってしまう。良い噂も(余りないが)悪いう噂も、あることもないことも。「Isprensessan(氷姫)」では、この田舎の小さな町の特性が重要な役割を果たす。殺人の動機も、この町に住んでいる人たちにのみ通用する理論であり、正直、犯人に共感を覚えることが難しい。

「狭い場所での濃い人間関係」を扱っているという点で、クリスティーの「ミス・マープル」シリーズと共通点がある。「スウェーデンのアガサ・クリスティー」と呼ばれているが、それは「エルキュール・ポワロ」シリーズとの類似からではなく、「ミス・マープル」シリーズからであろう。小さな町で起こる事件が、そこに住む人間関係を掘り下げることによって解決されるという点は、確かに「マープル」に似ている。しかし、先ほども述べたが、それ以上に、登場人物の設定で、レックバリはクリスティーの手法を受け継いでいると思う。

レックバリの父親も、推理小説のファンで、子供の頃、彼女は父親の本棚にある推理小説を片っ端から読んだという。(2)そんな彼女の書く小説のトリックは一級品である。第二作の「Predikanten(説教師)」(3)では、二十数年の時を経て、複雑な人間関係を背景として起こった事件を、実に緻密に、巧妙に描いている。この小説の人間関係を理解するには「系図」を書かねばならない。まずはそれを完成させ、それを参照しながら読んでいくことをお勧めする。ストーリー自体は完璧だ。謎解きの面白さに集中している点、これもアガサ・クリスティーの系譜だと思う。

レックバリは一九七四年、作品の舞台になっている、フィエルバッカで生まれた。彼女はイェーテボリ大学で経済学を専攻。卒業後ストックホルムに移り、エコノミストとして働き始める、その後文筆業に転向する。彼女の作品、スウェーデン国内では、英国の「ハリー・ポッター」と同じレベルで売れているという。彼女自身も「リアリティー・ショー」番組の優勝者と付き合って結婚するなど、ゴシップ誌やワイドショー番組を賑わした存在である。しかし、その国内での知名度のわりに、海外での翻訳は意外に少なく、「北欧の犯罪小説」の評論を見ても、余り重要視されていない。この辺り、アガサ・クリスティーというより、むしろ「ハリー・ポッター」の女性作家、JK・ローリングスに似ていると思う。

 

作品リスト:

l  Isprinsessan(氷姫) 2003年(邦題:氷姫、集英社文庫、2009年)

l  Predikanten,(説教師) 2004.(邦題:説教師、集英社文庫、2010年)

l  Stenhuggaren (石切り) 2005年(邦題:悪童、集英社文庫、2011年)

l  Olycksfågeln, (不運)2006年(邦題:死を哭く鳥、集英社文庫、2012年)

l  Tyskungen, (ドイツ人の子供)2007年(邦題:踊る骸(むくろ)、集英社文庫、2013年)

l  Sjöjungfrun (人魚姫)2008.(邦題:人魚姫、集英社文庫、2014年)

l  Fyrvaktaren (行方不明の少年)2009年(邦題:霊の棲む島、集英社文庫、2014年)

l  Änglamakerskan (天使を作る女)2011.(邦題:死神遊び、集英社文庫、2016年)

l  Fest, mat och kärlek (パーティー、食べ物、恋)2011.(邦題:魔女、集英社文庫、2019年)

l  Mord och mandeldoft (殺人とアーモンドの香り)2013.

l  Lejontämjaren (雪のライオン)2014

l  Häxan(魔女)2017

 

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1Die Eisprinzessin Schläft, Ulstein Buchverlag, Berlin, 2015

2)ウィキペディア、スウェーデン語版、Camilla Läckberg の項。

3Der Prediger von Fjällbacka, Ulstein Buchverlag, Berlin, 2015

 

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