カミラ・グレーベ

Camilla Grebe

1968年〜)

ストックホルム近郊エルヴィスェ出身、作家

 

 

 

 昨今、「警察で働いてはいるが警官ではない」職業の人間を主人公にし、彼等が事件を解決するというパターンの犯罪小説が多い。その最も有名なものが、パトリシア・コーンウェルの「検屍官、ケイ・スカーペッタ」シリーズだと思う。検屍官の他に、警察で働く犯罪心理学者、プロファイラーを主人公にしたシリーズも多く見られる。「プロファイラー」とは、犯人の心理を分析し、犯人像(プロファイル)を探るという職業である。スウェーデンでは、カミラ・グレーベの「シリ・ベルイマン」シリーズの他に、ミカエル・ヒョルト/ハンス・ローゼンフェルドの「セバスティアン・ベルイマン」シリーズ、クリスティナ・オールソンの「フレデリカ・ベルイマン」シリーズがある。

「どうして、犯罪心理学者は皆『ベルイマン』という名前なんだろう。」

偶然にも同じ苗字!

 グレーベは、二〇〇九年に姉のオーサ・トレフとの共著で、「シリ・ベルイマン」シリーズの第一作「Någon sorts frid(ある種の平和)」を発表した。(1)二〇二〇年現在で、このシリーズは五冊刊行されている。主人公のシリ・ベルイマンは、正確に言うと、ストックホルム警察に勤める「サイコセラピスト(心理療法士)」である。シリは捜査班から、犯人像の洗い出しを依頼され、その事件に入り込んでいくというパターン。このシリーズは、二〇一〇年と二〇一三年のスウェーデン犯罪小説作家アカデミー賞にノミネートされたが、残念ながら、受賞には至らなかった。

グレーベは経済学を学んだあと、オーディオブックの会社を創立しており、作家としてのキャリアは、妹の方に分がある。姉の、オーサ・トレフはサイコセラピスト(心理療法士)であり、ストックホルムで診療所を持っている。その意味で、姉は彼等の描くシリ・ベルイマンの境遇に近い。おそらく、心理学的なアイデアが姉、執筆が妹という分担になっていたと想像する。

 グレーベは二〇一三年から、パウル・レアンダー・エングストレーム(Paul Leander-Engström)との共著で、スリラー「Moskva Noir(モスクワ・ノワール)」を三作発表している。カミラ・グレーベが初めて単独で小説を発表したのは、二〇一五年である。彼女は、二〇一七年に「Husdjuret (ペット)」で、遂にスウェーデン犯罪小説作家アカデミー賞と、北欧の最優秀ミステリーに送られる「ガラスの鍵賞」を受賞した。

 最近、スウェーデンの犯罪小説界では、女性作家の進出が著しい、グレーベも、その新進女性作家群に属する。一九六八年生まれ、年齢を考えれば、まだまだ、これからの作品も期待できる。

 

さて、私が読んだ作品、「Eld och djupa vatten(火と深い水」は、二〇一五年に出版された、二〇二〇年時点での「シリ・ベルイマン」シリーズ最新作である。(2)現代のミステリーの作品の常として、一つの文、一つの章が短く、テンポ良く読める。

ふたつのストーリーラインが、並行して語られる。ひとつは、現代の幼い姉と弟の失踪事件。もうひとつは、三十年前、火事で孤児となった少年の話である。聖ルチア祭の日、両親を驚かせようと思い、早朝、お菓子と飲み物、それと火の点いた蝋燭を用意した少年だが、蝋燭の火が原因で、家が全焼。自身は助かるが、両親と妹が焼死してしまう。彼は、その後、家族を殺したという罪の意識に苛まれながら成長する。

現代のストーリーラインの語り手は、ストックホルム警察の「プロファイリング・グループ」で働くシリ・ベルイマンである。上にも書いたが、「プロファイリング」とは「犯行の手口等の心理学的に分析し、捜査班に犯人像に関する助言を与える」ということだという。

三十年前のストーリーラインは三人称で語られている。「少年」と言う言葉だけが用いられ、少年の名前は登場しない。と言うことは、現代のストーリーラインに登場する「誰か」がその少年であることを暗示している。かなり早い時点が、「少年」イコール「犯人」ということが分かる。そして、物語に登場する誰が、その「少年」の三十年後の姿であるかが、この物語の興味となる。

「私生活で悩める主人公」という、ヘニング・マンケルの「ヴァランダー」以来の伝統は踏襲されている。シリは二つの私的な悩みを抱えている。それは、元夫のステファンと、親友で元同僚であるアイナの不倫が、夫の死後に明るみに出たこと。そのアイナと久しぶりに会い、彼女に、

「過去のことは水に流して、また一緒に働こう。」

と持ち掛けられている。元夫の不倫に怒るシリだが、自分も、同僚のジミーと寝てしまい、それが元で今の夫マルクスとの関係が悪くなり、ふたりはマリッジカウンセリングに通っている。ふたりが融和のために話をしようとしたとき、何時も緊急事態が起こって、シリは上司のカリンに呼び出される。このパターン、これほど何度も使われると、不自然な感じがする。

 この物語の提起する問題は、「家庭で虐待された子供たちの置かれる立場」ということであろうか。警察、ソーシャルサービス、そして裁判所が子供たちの処置を決定する、具体的には、里親を見つけ、そこに住まわせることを決めるのだが、その制度の運用が、年々難しくなりつつあるようだ。里親の下で、更に虐待される子供も多い。また、里親の高齢化も進んでいる。

 「家族」とは何かということもテーマとなっている。幼いノヴァ・リーとリアム、そして若い女性カイサを誘拐した人物は、三人が「家族」を演じている写真を撮り、インターネットのフォーラムに投稿している。その人物が、執拗に「家族」を追い求めていることが分かってくる。もうひとつは、シリと彼女の新しい夫、マルクスとの関係である。ふたりは、すれ違い生活を続け、互いに他の異性と関係を持ち、ふたりの関係は破綻の直前で会った。しかし、「家族」とは何かと言うことを考えていくうちに、ふたりの関係は徐々に修復されていく。学ぶことの多い小説であった。

 

作品リスト:

「シリ・ベルイマン」シリーズ(オーサ・トレフとの共著)

l  Någon sorts frid(ある種の平和)2009年(邦題:心理療法士ベリマンの孤独、ハヤカワ・ミステリ文庫、2016)

l  Bittrare än döden(死より苦いもの)2010

l  Innan du dog (あなたが死ぬ前に)2012

l  Mannen utan hjärta (心臓のない男)2013

l  Eld och djupa vatten (火と深い水)2015

 

「モスクワ・ノワール」シリーズ(パウル・レアンダー・エングストレーム(Paul Leander-Engström)との共著)

l  Dirigenten från Sankt Petersburg (サンクトペテルブルクの指揮者)2013年(邦題:サンクトペテルブルクから来た指揮者、ハヤカワ文庫NV2018)

l  Handlaren från Omsk(オムスクの商人)2014

l  Den sovande spionen (眠れる森のスパイ)2016

 

「暗闇の少女」シリーズ

l  Älskaren från huvudkontoret (本社から来た恋人)2015

l  Husdjuret(ペット)2017

l  Dvalan (昏睡)2018

l  Skuggjägaren(影の狩人)2019

 

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1  ウィキペディア、スウェーデン語版、Camilla Grebeの項。

2  Durch Feuer und Wasser, btb Verlag, Mūnchen, 2019

 

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