ミレニアム三部作

 

 

スウェーデン製作の映画で、リズべトとミカエルを演じた、ノーミ・ラパスとミカエル・ニクヴィスト

 

「ミレニアム三部作」の作品を簡単に紹介しておく。

 

第一作、「ドラゴン・タトゥーの女」

 

雑誌「ミレニアム」の共同経営者兼記者である、ミカエル・ブロムクヴィストは、裁判に破れ、罰金と禁固刑をくらうことになる。彼は、雑誌社に迷惑をかけないように、社を離れる。ある老弁護士が、自分の主人、ヘンリク・ヴァンガーに会ってくれるよう依頼してくる。ヘンリク・ヴァンガーは高齢のため現在は引退しているが、かつてはスウェーデンで一、二を争う企業グループ、「ヴァンガー・コンツェルン」の総帥であった。ヘンリクはスウェーデン北部の、ヘデスタッドと言う小さな町に住んでいた。

その町でミカエルは八十二歳になるヘンリクと会う。ヘンリクがミカエルに依頼したいこと、それは、三十六年前に起こった、ハリエット・ヴァンガー失踪事件の調査であった。ヘンリクが親代わりを務めていたハリエットが、三十六年前、十六歳の夏に忽然といなくなってしまったのだ。

ヴァンガー一族は、ヘデスタッドの町外れにあるヘデビーという島に居を構えている。そして、その島は本土から一本の橋だけで結ばれている。ハリエットが行方不明になった日、ヴァンガー一族の構成員は、年に一度の会合のために、ほぼ全員が島に集まっていた。皆が島に着いた日の午後、島と本土を結ぶ橋の上で、タンクローリーと乗用車が衝突する。その事故のため、橋は不通となり、島は翌日まで本土から隔離されてしまう。まさに、その午後、ハリエットは突如として姿を消したのであった・・・ 

ストーリーは、いわゆる「密室トリック」である。少女が姿を消した時間、島は完全に周囲から遮断され、「密室」状態であった。また、同時に過去に起こり迷宮入りした事件を、資料だけを基に解き明かすというストーリーライン。両方とも新しいものではない。アガサ・クリスティーも「象は忘れない」(Elephants Can Remember 一九七二年)で、同じような試みをしている。

発想的には余り新味のあるとは言えないこの物語に、決定的な魅力を与えているのが、主人公のミカエルと、彼と共に調査を進めるリズベト・サランダーである。ミカエルは四十五歳の有能な記者で、正義感に溢れてはいるが、奔放な私生活を送っている。リズベトは、ハッカーであり、抜群の知能と記憶力を持つが、子供時代の忌まわしい過去を背負った、少女の面影を残す二十五歳。漫才のように、ふたりの掛け合いで話が進む。そのテンポはこれもまた面白い漫才師のように絶妙である。これまで、他人と付き合えず、ほとんど誰にも心を閉ざしていたリズベトの「社会化」も見所である。彼女が、反発を感じながらも、だんだんとミカエルのペースに乗せられ、彼に心を開いていく過程が面白い。

 

第二作、「火と戯れる女」

 

第二作の「火と戯れる女」からは、リズベト自身の過去が、物語の中心となる。

フリーの記者ダグ・スヴェンソンとパートナーで大学院生のミア・ベルクマンは少女売春組織を追っていた。ダグは調査結果を「ミレニアム社」から近々出版する予定であり、ミアはそれを博士論文の形で公表する予定であった。彼らの調査結果の中には、少女売春に関わった人物の名前が含まれており、そこには政界財界の著名人も名を連ね、彼らの調査結果が発表されると一大センセーションが巻き起こることが予想された。ダグは調査を進める中で、少女売春組織の元締めと思われる「ザラ」という人物に行き当たる。しかし、その「ザラ」は一切の公式記録がない、謎に包まれた人物であった。

スウェーデンに戻ったリズベトは、街で弁護士のビュルマンが金髪の大男と一緒にいるのを見つける。リズベトは、自分に暴行を加えたビュルマンに「私はサディストの豚、いやらしい強姦者です」という刺青を彫っていた。彼女は密かにその大男の後を追う。そして、その大男が革ジャン、ポニーテールの男と会っているのを見つける。リズベトはビュルマンが何かを企んでいることを知る。

深夜リズベトのかつてのアパートの近くを通りかかったミカエルは、まずリズベトが車から降りるのを見つける。その直後、ポニーテールの男がリズベトを襲う。リザベトは車のキーでその男に傷を負わせて逃げる。ミカエルもその男を追うが、男に殴り倒される。彼はリズベトも見失う。リズベトは夜にダグ・スヴェンソンとミア・ベルクマンのアパートを訪れる。そして自分は「ザラ」に関する情報を持っていると告げる。

ミカエルも同じ夜、ダグとミアのアパートを訪れる。中へ入ったミカエルは、ダグとミアが撃ち殺されているのを発見する。駆けつけた警察官は階段で犯行に使われた拳銃を発見する。それはビュルマンの物で、そこにはリズベトの指紋が残されていた。警察は、リズベトを容疑者として指名手配する。

殺されたダグの書いた原稿やメモを読んだミカエルは、ダグの発行しようとしていた暴露本の原稿の中に、警察官や検察官までも登場していることを知る。彼は、原稿の内容を察知した誰かが、本の発行を止めさせるために、ダグとミアを殺したのでないかと推理する。また、捜査本部の長となった刑事ブブランスキーも、リズベトが犯人であるという説に疑問を感じ始める。

ミカエルは、ダグの記事に載っていたグナー・ビョルクという男と連絡を取り、面会の約束を取り付ける。ミカエルはグナー・ビョルクに会う。ビョルクは元保安警察(スウェーデンの国家的スパイ組織)の一員であった。ミカエルはビョルクに彼が関与した少女売春について記事にしないことと引き換えに、ビョルクが「ザラ」について知っていることを話すように取引をする。

ビョルクは「ザラ」という人物の過去について語り始める。「ザラ」の本名はアレクサンダー・ザラチェンコ、元ソ連のスパイであった。一九七〇年代、本国と上手くいかず、追われる身となったザラチェンコはスウェーデン政府へ亡命を申請する。そしてソ連の情報をスウェーデン側に提供する代わりに、自分の身の安全と、新しいアイデンティティーを求める。当時保安警察にいたビョルクは、ザラチェンコの担当であったのだ。ビョルクは更に、ミカエルが驚愕する事実を伝える。それは思いもよらぬ、ザラチェンコとリズベトの関係であった。リズベトはザラチェンコの娘であったのだ・・・

第一作で、リズべトが少女時代に虐待され、深い心の傷を負っていることが暗示される。その詳細が明らかになるのがこの作品である。そして、リズベトの執念、行動力の原動力は、自分を虐待した者への復讐心であったのだ。

 

第三作、「眠れる女と狂卓の騎士」

 

第三作は、リズべトと秘密警察との戦いがテーマである。

リズベトは、父、ザラチェンコへの復讐を試みが返り討ちに遭う。頭に弾丸を受けたものの、命を取り留めた彼女は、イェーテボリの病院に運び込まれ、そこで頭から弾丸の摘出手術を受ける。また、リズベトから斧で切りつけられた父のザラチェンコも、何とか命は取り留める。そして、ふたりは同じ病院で治療を受ける。現場から逃亡したザラチェンコの息子、つまりリズベトの異母兄弟ローランド・ニーダーマンは、追手の警察官を一人殺害し、行方をくらます。

一方、記者ミカエル・ブロムクヴィストから、リズベトの過去とそれに対する治安警察の関与が記された極秘資料を受け取った、ストックホルム警察捜査班のリーダー、ブブランスキーは、その書類を検察官エクストレームに提出する。一九七〇年代、ザラチェンコの亡命に関与し、その秘密をミカエルに流した治安警察官、グナー・ビョルクは、警察に連行される。しかし、警察も検察も、実際、治安警察を敵に回して捜査を続けてよいものかどうか、迷っていた。

ミカエルはリズベトの無罪を信じ、何とか彼女を助けようと考える。まず、彼は妹のアニカ・ジャンニーニにリズベトの弁護人になってくれるように依頼する。アニカもそれを承諾する。更に、ミカエルは、同じくリズベトを助けようとしているミルトン警備保障の社長アルマンスキーに協力を依頼する。そして、いずれ始まるであろうリズベトの裁判に合わせて、リズベトに関する真相と、治安警察の陰謀を暴露する記事を、雑誌「ミレニアム」に載せることを計画する。しかし、治安警察に関しては余りにも謎が多すぎて、彼自身、「ストーリー」の作成に苦しむ。

リズベト、ザラチェンコ共に、病院で意識を回復する。ふたりとも重傷を負い、不自由な身体ではあるが、ザラチェンコは何とか、リズベトを片付けてしまいたいと考え、リズベトは何とか自分を守る手段を考える。ある夜、保安警察のメンバーのひとりがザラチェンコを訪ね、協力を要請するが、ザラチェンコはそれを拒否する。

ひとりの老人が、ストックホルムの駅に降り立つ。彼の名は、エヴェルト・グルベリ、かつて治安警察の一員であり、治安警察の中の更に秘密の組織である「セクション」の創設者でありその長であった人物である。そして、彼こそ、ザラチェンコの亡命を認め、ザラチェンコに新しいアイデンティティーを与え、ザラチェンコの秘密を守るために、数々の犯罪と、揉み消し工作を指揮した人物であった。彼は、セクションの事務所を訪れ、同じく引退していたもうひとりのセクションのメンバー、クリントンを復帰させ、リズベトとザラチェンコの事件の幕引きを図る。

彼は、まず出世欲に取りつかれた検察官、エクストレームを利用し、リズベトに関する資料は偽造だと思い込ませ、裁判を自分たちに有利な方向に持っていくように仕向ける。エクストレームはリズベトに同調的であったブブランスキーとソニア・モーディクを捜査班から外し、代わりにリズベトを嫌うハンス・ファステに事件を担当させる。また、グルベリとクリントンは、ミカエルと妹のアニタ、「ミレニアム」のメンバーの尾行、電話の盗聴を指示する。

グルベリは自らの「最後の使命」を実行する。彼は精神異常者を装った手紙を、政府の要人に送った後、イェーテボリの病院に向かい、ザラチェンコを射殺する。彼はリズベトをも殺そうとするが、ちょうど訪れていたアニタの機転で、リズベトを始末することはできなかった。彼は最後に自分に銃を向ける。事件は「精神錯乱の老人」の起こした事件と言うことで片付けられそうになる。しかし、余りにも「出来過ぎた」話に、ミカエルや警察の捜査班長ブブランスキーは背後にある組織の存在を、いよいよ強く感じ取るようになる・・・

 

それぞれに、周到に練られたストーリーである。しかし、前にも書いたが、設定やストーリー自体はそれほど目新しいものではない。読者を引き付けて話さないもの、この小説群をベストセラーに押し上げたもの、それは一にも二にも、リズベト・サランダーの魅力だと思う。群れを嫌う一匹狼、そして復讐を自分の人生のターゲットにする女性。身体に竜のタトゥーを入れている。リズベトのキャラクターをラーソンが作り上げたとき、この小説の成功は約束された。映画に於いては、ノーミ・ラパスが見事にその役割を演じている。

 

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