社会現象

 

「ドラゴン・タトゥーの女」の英国での映画のポスター

 

 一九九〇年代、ヘニング・マンケルの作品が、英国で人気を博したと言っても、それは推理小説の愛好家の間にとどまった。北欧の犯罪小説が、一般人の間に浸透したのは、スティーグ・ラーソンの「ミレニアム三部作」を通じてであった。ラーソンの人気は、ひとつの社会現象と言えた。二〇〇九年に英語版が出版され、二〇一〇年に大ベストセラーに。まさに、ラーソンを読んでいなければ、時代に取り残されるという、そんな感じだった。私事になるが、何と、普段滅多に本など読まない私の妻までが、ラーソンの本を読んでいた。

 英国で、北欧の犯罪小説、ドラマが社会現象にまでなったのは後二回ある。そのひとつは、二〇〇八年、英国の名優、ケネス・ブラナー主演で、ヘニング・マンケル原作の「ヴァランダー」がBBCで映像化されたときであった。もうひとつは、デンマーク国営放送のドラマ「Forbrydelsen」が「キリング(Killing)」というタイトルで、二〇一二年に英国で放映されたとき。「キリング」で、主人公のサラ・ルンドを演じるソフィー・グロベールが来ていた手編みのセーターが、英国の女性の間で流行したほど。

スティーグ・ラーソンの「ミレニアム三部作(Millennium Trilogy)」は、北欧のミステリーを、ミステリー愛好者以外の人の中に定着させたということで、大きな功績を持つ。「ミレニアム」というのは、シリーズの主人公のひとり、ミカエル・ブロムクヴィストが発行する雑誌の名前である。三部作は以下の通り。

l  「ドラゴン・タトゥーの女」(Män som hatar kvinnor 2004年)

l  「火と戯れる女」(Flickan som lekte med elden 2005年)

l  「眠れる女と狂卓の騎士」(Luftslottet som sprängdes 2006年)

(日本語タイトルは日本で出版されたものによる。)

二〇〇九年に英語版が出版され、三冊ともに世界各国でベストセラーとなる。二〇一〇年はまさにスティーグ・ラーソンの年と言えた。英国の評論家、スティーブン・ピーコックは、「スウェーデンの推理小説、原作とその映像化」(1)の中で、

「列車に乗ると乗客の殆どがラーソンの本を読んでいた。」

と述べている。それほどのブームだったわけである。

同時に映像化も行われ、二〇〇九年より、三部作のスウェーデン版の映画が、ミカエル・ニクヴィスト(Michael Niqvist)とノーミ・ラパス(Noomi Rapace)の主演で製作され、世界中でヒットした。「ドラゴン・タトゥーの女(The Girl with the Dragon Tattoo)」は二〇一一年、ハリウッドにおいてダニエル・クレイグの主演でリメイクされたが、残念ながらこれは成功したとは言えなかった。そして、ラーソンは二〇〇四年に心臓麻痺で既に死去しており、自分の書いた小説が成功を収めたことを知ることはなかった。

 

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(1)  Swedish Crime Fiction, Novel, Film, Television, Steven Peacock, Manchester University Press, Manchester, 2014

 

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