シャスティン・エークマン

Kerstin Ekman

(1933-)

作家、教育家

 

 

やっと女性作家の登場である。二十一世紀に入り、スウェーデンの犯罪小説において、リザ・マークルンドやヘレナ・トゥルステン等の女性作家が台頭、男性に伍しているが、二十世紀においては、男性の独壇場だった。シャスティン・エークマンは、一九三三年生まれ、私がこの文章を書いている二〇一九年現在、すでに八十六歳、結構古い世代に属するそれ人である。一九五〇年代の終わりから作家活動を始め、最初は、探偵小説で成功したが、その後、徐々にジャンルを変えてきて、後期は、北スウェーデンの風物とそこに住む人々の歴史を描く、叙事詩のような作品を多く発表している。

私が読んだエークマンの作品がまさに「叙事詩」的なものであった。一九九九年に発表された「Guds barmhärtighet(神の慈悲)」(1)である。二十世紀の初頭、北スウェーデンにやって来た助産婦ヒレヴィと、彼女を巡る人々の話である。「世紀の変わり目」、「何世代にも渡る展開」、「北スウェーデンの風物」が、キーワードになっている。

雪深い、冬は暗くて寒い、オーロラの見える、北の国スウェーデンのそのまた北の地方が舞台。トナカイを放牧するラップ人と、後で入植したスウェーデン人が混ざって住んでいる。スウェーデン人は、ラップ人を「酒飲み」、「迷信深い」と言って、二級市民扱いをしている。どこに行くのも橇、短い夏は蚊に悩まされ、時として出没する狼がトナカイを襲う。日本人には極めて想像し難い環境である。そんな、スウェーデンとノルウェーの田舎で展開する話かと思っていたら、最後はナチス・ドイツ勃興時のベルリンが舞台になったのには驚いた。

私の読んだ作品は、「狼の皮」という三部作の第一作であるという。しかし、読まれることを拒否したいのかと思うほど、読むのに四苦八苦した作品であった。四百六十ページという長編。淡々とした展開、一章が何十ページにもわたる、それほどのクライマックスもない、読みにくい文章、分かりにくい会話、なお分かりにくい歌が延々と続く。ドイツ語訳なので、オリジナルもそうであるか断定はできないが、ひとつの文も、最近のサクサクとした短い文章の連続ではなく、関係代名詞がやたらと入った長いもの。大衆小説で、これだけ難解な文章も珍しい。何度も投げ出そうと思いながら、意地で最後まで読んだが、正直疲れた。これから読む方もおられるので、作品に対する否定的な感想は余り書きたくないのだが、こんな疲れる本を書く作者の作品は、もう読みたくないと思った。しかし、さすがに最後はきれいに絞めてある。画家となるエリス、結婚して新しい家庭を築く「私」の旅立ちのシーンは清々しいものである。我慢して最後まで読んで良かったと思った。

シャスティン・エークマンは一九三三年エスターゲットランド(Östergötlands)のルシンゲ(Risinge)出身。ウプサラ大学を卒業した後、映画に関与し、専門学校で教えていた。犯罪小説作家としてのデビューは、一九五九年の「Trettio meter mord (三十メートルの殺人)である。その後、一九六〇年代は犯罪小説を書いたが、その後ジャンルを変更していく。一九七〇年にドキュメンタリーの「Menedarna(偽証)」を発表。その後、「Mörker och blåbärsris(真夏の暗黒)」でスウェーデン北部を舞台にしたシリーズを発表、それが人気を博し、流行作家への道を歩む。一九九三年に「Händelser vid vatten(氷のイベント)」スウェーデン犯罪小説作家アカデミー賞を受賞している。一九九九年より、「狼の皮三部作(trilogin Vargskinnet)」を発表、私が読んだのはその第一作である。

エークマンは、一度はスウェーデン作家アカデミーに選出されたが、一九八九年にサルマン・ラシュディに対する脅迫に対して、アカデミーが十分な対応を取らなかったことに不満を持ち、絶縁している。彼女は、夫とともに、大学で教鞭をとりながら、スウェーデン北部の紹介と、発展への寄与に努めた。その中で、スウェーデン北部の近代化の過程に興味を持ち、それを作品にしたものが、「狼の皮三部作」である。(2

ヘニング・マンケルのように、純文学から犯罪小説へ移行した作家も多い中、エークマンは犯罪小説で成功を収めたあと、純文学に移動した人である。

 

 

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(1)    Am schwarzen Wasser, Piper Verlag, München, 2000

(2)    Wikipedia、スウェーデン語版、Kerstin Ekmanの項による。

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