マンケルの他の作品

 

モザンビーク、マプトの劇場で演出をするマンケル。(1

 

これまで、ヴァランダー・シリーズについて述べてきたが、ヘニング・マンケルは、ヴァランダー・シリーズだけの人ではない。それどころか、ミステリーや犯罪小説だけの作家ではないのである。英国の批評家、バリー・フォーショーはマンケルとのインタビューの内容を、自分の本の中で以下のように紹介している。

「ヴァランダー以外の犯罪小説でない作品の方で、もっと私の名前が知られている国があるんです。」(2

とマンケル自身が述べている。

「これまでの人生で四十三冊か四十四冊の本を書いてきました。実際、その二十五パーセントだけが犯罪小説と呼べるものなんです。(中略)私にとっての犯罪小説は、客車とも言える他の小説を引っ張る機関車の役割を果たしているもの言えます。」(3

実際、マンケルの作品には、犯罪小説を離れた傑作がいくつもある。

ヴァランダー・シリーズと並んで、マンケルの作品群のもう一つの核をなすものは、「アフリカ・シリーズ」である。アフリカを訪れた白人が主人公になっているものもあるし、アフリカの現地人が主人公になっているものもある。

l  Leopardens öga(豹の目)」 1990

l  Comédia infantil (子供たちの劇場)」1995

l  Eldens gåta」(火の謎)」 2001

l  Vindens son(風の太陽)」2001

l  Kennedys hjärna(ケネディーの脳)2005

l  Minnet av en smutsig ängel (汚れた天使の思い出)」2011

以上が、この範疇に入ると考えられる。「豹の目」、「ケネディーの脳」、「汚れた天使の思い出」は、アフリカに住み着くようになったヨーロッパ人の観点から描かれている。他の三作は、アフリカ人の語りに、アフリカ人の話である。舞台はザンビア、モザンビークで、両方ともマンケルが住んでいた場所。これらの小説は、アフリカを知るうえで、非常に良いと思った。私は近年ルワンダを訪れたが、これらの小説で学んだことが、「予備知識」として私を助けた。

しかし、今回は、スウェーデンのミステリー、犯罪小説をテーマに筆を進めているので、これらのアフリカ・シリーズ、他の犯罪小説以外の作品に対する評論は割愛させていただく。また、別の機会に書くことができればと思っている。

さて、マンケルはヴァランダー・シリーズ以外に、二冊の犯罪小説を書いている。

l  Danslärarens återkomst (帰ってきたダンス教師)」2000年、日本語訳「ダンスステップ」

l  Kinesen(中国人)」2007年、日本語訳「北京から来た男」

である。特に「帰ってきたダンス教師」を、マンケルの犯罪小説の最高峰として、私は推したい。以下が、「帰ってきたダンス教師」の冒頭である。

 

「人里離れた森の中で孤独に暮らす老人、ヘルベルト・モリン。彼は七十六歳の元警察官である。彼は、外界との接触を絶ち、昼間はジグゾーパズルで時間を過ごし、夜になるとダンス人形とタンゴを踊るという生活をしていた。一九九九年十月十九日未明、人形とタンゴを踊っていたモリンは何者かに銃撃を受ける。催涙弾により外へ燻し出された彼は、捕獲され、裸にされた後、死ぬまで鞭打たれる。

ボロスで働く警察官ステファン・リンドマンは、三十七歳で独身。父母と死別した後、独りで住んでいる。エレナというポーランド人の恋人がいる。ステファンはある日、舌に異常を感じ、病院を訪れる。診断はガンであった。三週間後に、放射線治療を始めることが決まる。彼は、失意と困惑のうちに診察室を去る。

病院の食堂で、彼はそこに置いてあった新聞を何気なく開ける。新聞は、かつての同僚で、現在は定年退職してヘルイェダレンに住むヘルベルト・モリンが殺されたことが報じていた。それも残忍な方法で。ステファンは、彼と一緒に働いていたモリンが、常に何かに怯えていた印象を新たにする。治療までの三週間をどのように過ごすか決めかねていた彼は、職場を離れ、モリンの死の背景を調査することを思い立つ。

スウェーデン中部、エスターズントの警察官、ジョゼッペ・ラルソンは殺されたモリンの家を捜査していた。犯人はモリンを殺害した後、死体を引きずりまわしていた。床にはモリンの血でスタンプされた足跡がついていた。ジョゼッペは、その足跡を観察するうちに奇妙なことを発見する。血でつけられた足跡が、タンゴのステップになっているのだ。犯人は、モリンを殺した後、死体と一緒にタンゴを踊ったということなのだろうか・・・」(4

 

スウェーデンの深い森、その中の一軒家、そして殺人、死体と踊ったタンゴ・・・この最初もよく考えられているが、その後の展開も、手に汗を握るものである。個人的な話しになるが、今まで、私が読んだ犯罪小説、ミステリーのベストスリーを挙げろと言われれば、この作品を入れると思う。

ヴァランダー・シリーズはスウェーデン南部のスコーネ地方を舞台にしているが、「帰ってきたダンス教師」と「中国人」は、スウェーデン北部の、森林地帯を舞台にしている。寒くて暗い気候、どこまでも続く針葉樹林、それらの背景が作品の中に、一種の凄惨な雰囲気を醸し出している。ちなみに、主人公のステファン・リンドマンは、治療が成功し、イースタッドに転勤になる。そして、「霜の降りる前に」に登場し、リンダ・ヴァランダーの恋人になる。また、登場するヴェターシュタット弁護士、「赤い鰊」で殺された元法務大臣の兄弟である。登場人物や事象が、他の作品と微妙にかかわっているところに、マンケルの「遊び心」を感じる。

 

テレビシリーズで、「帰ってきたダンス教師」を演じた、マキシミリアン・シェル。(5

 

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(1)      https://www.gettyimages.co.uk/ より。

(2)  Barry Forshaw, Nordic Noir, The pocket essential guide to Scandinavian crime fiction, film and TV, Oldcastle Books Ltd, Harpenden, UK, 2013, 22ページ、翻訳は筆者   

(3)  同上25ページ

(4)  Die Rückkehr des Tanzlehrers, Paul Zsolnay Verlag, Vienna, Austria, 2002, 要約は筆者 

(5)  https://www.kino.de/serie/die-rueckkehr-des-tanzlehrers-2004 より。

 

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