ウルフ・ドゥルリング

Ulf Durling

1940年〜)

ストックホルム出身、作家、精神医学者

 

2014年、スウェーデン・スカラ市を訪問した際のドゥルリング。Wikipediaスウェーデン語版より。

 

 「スウェーデン犯罪小説のオーソリティー」などと自称していても、実はスウェーデン語はほとんど読めない。少しは習ったことがあるし、何よりドイツ語とかなり似ているので、何回も繰り返して読むと半分くらいの意味は取れる。しかし、とても何百ページの小説を読む力はない。と言うことで、もっぱらドイツ語か英語で読んでいる。日本語の翻訳は、ヨーロッパと日本では、言語体系や文化の違いが大きいので、原作の雰囲気を伝え切れていないことが多かったので避けている。また、日本語に翻訳されている作品はドイツ語や英語に比べると、格段に少ない。

 上記のような事情なので、ドイツ語または英語での翻訳が出ていない作家、あるいはドイツ語また英語の批評に取り上げられていない作家は、私にとって非常に困るのだ。この、ウルフ・ドゥルリングもその一人である。

 現在、英独の四冊の批評書、インターネット百科「ウィキペディア」を使ってリサーチしているが、ドゥルリングは四冊の批評書の中にたった一行言及されていただけ。ウィキペディアにおいて、スウェーデン語以外は、ドイツ語の項に短い説明があっただけ。唯一ドイツ語に翻訳されている、「Gammal ost(古いチーズ)」を買うことがでた。

 ドイツ語のウィキペディアの文章を紹介しておく。

 

「ウルフ・ドゥルリング(一九四〇年八月十三日、ストックホルム生まれ)は、スウェーデンの作家、医師、精神科医である。一九四八年から一九五九年にかけて。彼はケーピングで学校教育を受けた。 一九六六年、彼はストックホルムのカロリンスカ病院で博士課程を終了する。 彼はストックホルム近郊のソレントゥーナに住み、精神科の教師であると同時に、ダンデリード病院で病院長を歴任した。 一九九六年以来、彼はメルビューの移動急性治療チームの責任者であり、ダンデリード/ヴァクスホルム/エステロケルス地域を担当している。 心理療法士で妻のヘレナと間に二人の子供がいる。人間の魂の暗い側面についての知識を生かし、魅力的な心理犯罪小説、心理的スリラー、社会犯罪小説を書いている。一九七一年に彼は「Gammal Ost」という本でデビューした。その本は、ドイツ語で一九九六に出版された。彼は「スウェーデン犯罪学者のアカデミー」と「ストックホルムの犯罪小説作家協会のメンバーである。」(1

 

なるほど、元々は「精神科のお医者さん」で、その経験をもとに、社会的な小説を書いたとのこと。読むのが楽しみである。一九四〇年生まれとのこと、現在(二〇一八年)七十歳台後半だが、まだご健在のようである。また、オーケストラでバスーンを弾く、多才な人でもある。(2)十六冊の犯罪小説が出版されているが、最後のものは二〇〇八年、さすがにお歳のせいか、最近十年間は作品を発表されていないようだ。

 さて、「古いチーズ」であるが、アガサ・クリスティーの流れを受け継ぐ、トリックに徹した、古典的な推理小説である。古典的な推理小説を狙っているということを、ストーリーの中で、読者に公言しているのが面白い。最初のシーンは、ルンドグレン、ベルイマン、ニュランダーという三人の老人が、三人で結成した「推理小説研究会」で話し始めるところ。そこで、三人のお好みの作家として、以下の名前が挙げられている。(3

l  Freeman Wills Crofts / フリーマン・ウィルス・クロフツ 1879-1957年、アイルランド生まれの英国の推理作家。リアリズムを重視した一連の推理小説で知られる。

l  Cyril Hare / シリル・ヘイル 1900年‐1958年、英国の推理小説作家。判事でもある。

l  Margery Allingham / マージェリー・アリンガム、1904年‐1966年、英国の女性推理作家。文学性に富んだ作品で有名。 

l  Josephine Tey / ジョセフィン・テイ1896 - 1952年、スコットランド出身の英国の女性推理作家。

l  Vic Suneson / ヴィク・スネソン 1911-1975年、スウェーデンの推理作家。1960年に「シャーロック賞」を受賞。 

l  Ellery Queen / エラリー・クイーン、米国のふたりの推理作家フレデリックフレデリック・ダネイ(Frederic Dannay1905-1982年)とマンフレッド・ベニントン・リー(Manfred Bennington Lee1905-1971年)が探偵小説を書くために用いた筆名の一つである。エラリー・クイーンは小説の中に登場する探偵の名前でもある。

l  John Dickson Carr / ジョン・ディクスン・カー、1906年‐1977年、米国の推理作家。密室殺人を扱った作品で有名。

l  Patricia Highsmith /  Patricia Highsmith1921-1995年、米国の作家。ミステリーで有名になるが、本人はそれが不本意だった。

l  John Bingham / ジョン・ビンガム、1908-1988年、英国の作家。元MI5のスパイだった。

l  Raymond Chandler / レイモンド・チャンドラー、1888-1959年、米国の脚本家、作家。 「大いなる眠り」(1939)「さらば愛しき女よ」(1940)、「長いお別れ」(1953)は傑作とされる。

l  Ross Macdonald / ロス・マクドナルド、1915-1983年、米国の推理作家。ハードボイルドで名を挙げる。

この他に、コナン・ドイルなどの名前が挙がっている。百パーセント近い確率で言えるのは、ドゥルリングが犯罪小説を書き始める前、自身が熱狂的な犯罪小説のファンであったことである。彼の文体自体や構成は、かなりアガサ・クリスティーと似ている。三人の老人のお気に入りの推理作家として名前が挙げられている、上記の作家は、とりも直さず、ドゥルリング自身のお気に入りと考えてよいだろう。トリックに徹している作風は、人間模様を描いた小説の好きな私好みではない。しかし、そのトリックの「冴え」はなかなかのものである。

ドゥルリングの作品が、一九七〇年代の平均的な犯罪小説であると考えるにつけ、同じ時期に、当時としては「超斬新」な「マルティン・ベック」シリーズを書いた、シューヴァル/ヴァールーの偉大さに改めて脱帽してしまう。

 

作品リスト:

l  Gammal ost(古いチーズ)1971

l  Hemsökelsen (伝染病)1972

l  Säg PIP! PIPと言って!)1975

l  Annars dör man (さもなければ死を)1977

l  Min kära bortgångna (愛する人の出発)1980

l  Tack för lånet (借金を有難う)1981

l  Lugnet efter stormen (嵐の後の静けさ)1983

l  Aldrig i livet (人生で一度も)1985

l  In memoriam (追悼として)1988

l  Synnerliga skäl (特別な理由)1990

l  Tills döden förenar oss (死がふたりを別つまで)1993

l  Komma till skott (撃たれる)1996

l  Vilddjurets tal (野獣のスピーチ)1999

l  Domaredans (裁判官のダンス)2001

l  Vägs ände (道の終わり)2005

l  Den svagaste länken (最も弱いつながり)2008

短編集

l  Styva linan och andra kriminalnoveller (硬いロープと他の犯罪ニュース)1996

l  Ett steg i rätt riktning (正しい方向への第一歩)2003

 

***

 

(1)    Wikipedia, the free encyclopedia, ドイツ語版‘Ulf Durling’の項より引用。

(2)    Amazon UK, ‘Hard Cheese’ の作者紹介による。

(3)    Nach dem Essen sollst du ruhn, Diagenes Taschenbuch, Zürich, Switzerland, 1996, 14ページ  

 

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