学校

 

ウガリを食べるSさん。右の砲丸のようなものがキャサバの団子、スープに浸して食べる。

 

王宮の横には小さな牧場があり、そこに「王様の牛」が飼われていた。根元の直径が十センチ、長さが七八十センチ近い立派な角が生えている。「聖なる牛」ということで、今まで一度も食用にされたことはないという。牛飼いの男性が詩を朗読してくれる。詩というより歌であった。彼の容貌と、その物悲しいメロディーが、いかにもアフリカ的で、辺りの風景にピッタリと合った。

王宮を見学した後、Sさんと一緒に昼食に行く。場所は、「ハジ」という名前の、僕たちが昨日トイレ休憩をしたレストランである。

「イスラム教徒で『メッカ巡礼』を済ませてきた人は『ハジ』と言って尊敬される。ここのオーナーは、メッカに行ったことのある人に違いない。」

というのがGさんの説である。確かめようがないが。僕たちはそこで「ウガリ」という料理を食べた。これが、ルワンダとその周辺国の代表的な料理であるとのこと。キャサバという芋を茹でてすり潰したものを練ったもの。端午の節句の柏餅のような硬さである。それを手で千切って、牛肉の入ったトマトソースに浸して食べる。キャサバの団子が、陸上の砲丸投げの砲丸くらいの大きさがあり、三人前を四人で食べようとしたが、とても全部は食べられなかった。食事の前後にお姉さんが洗面器とお湯の入ったポットを持って現れ、手を洗わせてくれることは言うまでもない。

食事の後、僕たちはSさんの働く学校を案内してもらった。学校は日本で言う小学校に当たる。日本の援助でできたとのことで、看板に日本の国旗とルワンダの国旗の両方が描かれている。その日は日曜日だったので、もちろん子供たちはいない。学校は斜面に建てられていて、高低差が五十メートルくらいある。講堂、校舎、運動場、トイレなどはそれぞれレベルが違い、そこを移動するのは坂を上らないといけない。雨が降ってぬかるんだら結構大変そう。運動場は斜面で幅が十メートルしかなく、サッカーをしていて、ボールが谷の方に飛んでいったら、取りに行くのに苦労しそうだ。教室の窓から中を覗く。木で出来た机と椅子、五十年前の僕の小学校を思い出した。子供たちの中には、何とモト(バイクタクシー)で通っている子もいるという。そんな子は結構裕福な子で、貧しい子たちは、一時間近く歩いて来るという。

「ルワンダの子供たちは可愛いですよね。」

と僕が言うと、Sさんは、

「本当にそうです。小さい子は抱きついてくるんですよ。」

と言った。でも、子供のいない学校は何となく空虚。

「やっぱり小学校は子供がいてナンボのもの。」

僕は思った。「今度来たときは授業参観させてくれますか。」

僕はSさんに聞いた。

「ぜひとも。」

次回は授業のある日にこの学校を訪れ、子供たちと接してみたい。

ニャンザからキガリまでの二時間の道程は僕が運転した。久々の右側通行。左右にも、上下にも、ゆるやかな動きのあるコースだった。

 

「ニャンザ・ピース・アカデミー」学校は日本の援助で建てられたので、日本の旗が書かれている。

 

<次へ> <戻る>