「五」

Fünf

 

ウルズラ・ポツナンスキー

Ursula Poznanski

<はじめに>

 

オーストリアの女性作家、ウルズラ・ポツナンスキーの描く、女性刑事ベアトリス・カスパリのシリーズ。風光明媚なザルツブルク、ベアトリスは夫と別れ、二人の小さな子供を抱えながら、捜査班で働いている。「ゲオキャッシング」という(英語式に発音すると「ジオキャッシング」になるが)インターネットを使った現代の「宝探し」のゲームがあるという。それを使った犯罪者との知恵比べが描かれる。「オーナー」のヒントを基に「キャッシュ」を見つけると、そこには切り落とされた人間の指や耳と、次の「キャッシュ」のためのヒントが入っているという具合。

 

<ストーリー>

 

 ノラは、ナイフとピストルの中からピストルを選び、助けてくれと懇願する男にピストルを向ける。彼女の声も手も震えていた。彼女は引金に手を掛ける。

 

「ステージ一」

 

 ザルツブルク警察、殺人課の女性刑事、ベアトリス・カスパリは、子供たちを学校に送った後、今日も遅刻をして警察署に辿り着く。同僚のフローリン・ヴェニンガーの淹れてくれたコーヒーを飲み、早くも昼飯の算段を始める。そのとき、電話が鳴る。女性の死体がクーヴァイデの崖下で発見されたという。ふたりは昼飯をあきらめ、現場へと向かう。風光明媚なザルツブルク郊外、崖の下で発見された女性は、三十五歳から四十歳、手足を縛られ、崖の上から突き落とされたものと思われた。靴は履いていない。ベアトリスは、女性の踵のところに文字が書かれているのを発見する。それはフェルトペンで書かれたものではなく、刺青だった。そこに書かれているのは、Nで始める数字群と、Eで始まる数字群。ベアトリスたちは間もなく、それが緯度と経度であることに気付く。

 ベアトリスとフローリンは、GPSを使い、その経度と緯度の場所に行ってみる。そこは森の中。ベアトリスは一つの石だけ苔が生えていないことに気づき、その石を動かしてみる。果たして、その石の下は空洞になっていて、そこにプラスチックの容器が入っていた。そして、その容器の中には、二通の手紙と、切断された男性の手が入っていた。

 一通の手紙はコンピューターで打たれていた。「よくこの場所を見つけましたね。これはゲームです。この容器を偶然見つけた人は、そのまま戻しておいてください。TFTH」という内容、もう一通の手紙は手書きで、まず「ステージ二」と書かれており、謎めいた指示が残されていた。

「ザルツブルク祝祭合唱団の中にいる、クリストフという名前の手に痣ある男の生まれた年を二乗して・・」

 

「ステージ二」

 

 ベアトリスとフローリンが警察署でその手紙と容器を前に途方に暮れているとき、若い刑事のシュテファンが顔を出した。

「あれ、あんたたちも『ゲオキャッシング』をやってるの。」

と彼は二人に尋ねる。ベアトリスとフローリンは彼が何を言っているのか分からない。シュテファンは「ゲオキャッシング」について説明する。「ゲオキャッシング」はインターネットを使った一種の宝探しのゲームだという。「お宝、キャッシュ」を隠した「オーナー」が、緯度、経度、あるいはそのヒントをウェッブサイトに乗せる。「キャッシュ・ハンター」と呼ばれる人々がそれを見つけて、得点を競うというものだ。

 ベアトリスは、捜索願が出ている人間のファイルを探す。その中で、ノラ・パッペンベルクという女性の特徴が、崖の下で死んでいた女性に似ていることに気づく。果たして、死体はノラのものであった。コピーライターの彼女は、死体で発見される五日前、職場のパーティーを途中で辞した後行方不明となり、夫から捜索願が出ていた。ベアトリスとフローリンは、夫を訪ね、ノラの死を告げる。夫は妻の刺青については知らないと述べた。

 ベアトリスとフローリンは、ザルツブルク合唱団の事務所から名簿を手に入れ、クリストフという名前の団員を一人ずつ訪ねる。何人かの「クリストフ」を訪ねた後、ふたりはクリストフ・バイルという男に会う。手に痣のある彼こそ、指示書に指名された人物であった。ノラ・パッペンベルクの写真を見せられたバイルは、知らないと言うが、ベアトリスは彼の微かな動揺を見逃さなかった。バイルの生年月日から、ステージ二で指示されていた緯度、経度が明らかになる。その場へ行った警察は、そこに小さな容器を発見する。そこには切り取られた人間の耳が入っていた。そして、「ステージ三」と書かれた指示書が入っていた。

 

「ステージ

 

 「ステージ二」と「ステージ三」の指示書の筆跡を鑑定した結果、それは殺されたノラ・パッペンベルクのものだと分かる。また、ノラの衣服に付いていた血液と切り落とされた片手の血液が一致する。ノラが単なる被害者でないことが、明らかになる。

ステージ三の指示書には、「濃い青の、特定のナンバープレートを持ったフォルクスワーゲン・ゴルフに乗っている人物」がキーとなっていた。ベアトリスはその人物を探し出す。それはベルント・ジーガートという獣医の男性で、彼は二年前の休暇中、火事に遭い、妻と子供は焼死、彼も火傷を負っていた。彼はその後、うつ病を患い、カウンセリングを受けていた。

クリストフ・バイルが行方不明になる。リープシャーという、独り暮らしの数学と物理の教師が行方不明になったと、彼の勤める学校の校長から連絡がある。そんな中、「オーナー」、つまり犯人からベアトリスにSMSメッセージが入る。
「ゆっくりと。」
「冷たい、とても冷たい。」
それは、ノラ・パッペンベルクの携帯電話から発信されていた。警察は、携帯の居所を突き止めようとするが、「オーナー」は短時間しか携帯の電源を入れず、常に離れた別の場所からメッセージを発するので、居場所が特定できない。ともかく、ベアトリスはジーガートの車のナンバープレートから、次のキャッシュを探し出す。そこにはもう一つの手首と、ステージ四への指示書が入っていた。

 

「ステージ四」

 

「誰も欲しがらないような物をセールスして、フェリックスという名前の息子を持つ男の結婚した年を・・・」という指示が「ステージ四」の指示書には書かれていた。ベアトリスとフローリンは途方に暮れる。そのような人物を探し出すのは不可能に近い。

行方不明になったクリストフ・バイルの車が発見される。車の内部は血だらけであった。行方不明になったリープシャーの家を訪れたベアトリスとフローリンは、彼もゲオキャッシングをやっていたことを知る。テレビの上に積もった埃の上に、「TFTH」という文字が書かれていた。「オーナー」はここにも現れたのである。捜査に関係した人物が次々と行方不明になっていることから、ベアトリスとフローリンはジーガートに、くれぐれも注意するように、知らない人間を絶対に家に入れないようにと警告する。湖畔で釣り人が死体で発見する。それはクリストフ・バイルの死体であった。その死体の横には、木の枝で、またもや「TFTH」の文字が作られていた。

ベアトリスの携帯に電話が入る、

「助けてくれ。」

と叫ぶその声は、ジーガートのものであった。ベアトリスはパトロール中のパトカーにジーガートの家に急行するように指示し、自分もそこに駆け付ける。家の中には夥しい血が飛び散っていた。しかし、ジーガートの姿は見えない。彼の部屋の中では、切り落とされ薬指と小指が見つかった。血も、指も、ジーガート自身のものであることが確認された。翌日、「オーナー」から写真入りのメッセージが届く。それは指を切断されたジーガートの写真であった。少なくともジーガートが重傷を負いながらもまだ生きていることが確認された。

 ベアトリスは「オーナー」に対して、返信をしようと試みる。文面を考えて送信すると返事が来た。そこにはベアトリスの好きなピンク・フロイドの歌の引用があった。ベアトリスは花束を受け取る。それは、数年前に妹のエヴェリンを亡くしたとき、葬式に使用されたのと全く一緒に花束だった。また、花束にはカードが添えてあり、そこにはエヴェリンの墓石に刻まれた文章が引用されていた。ベアトリスは「オーナー」が、自分の過去、プライベートな部分まで調べ上げていることを知る。カードには新たな緯度、経度が記されていた。警察はその場所に向かうが、そこでは何も発見することはできなかった。

 翌日の深夜、ベアトリスは新たな死体が発見されたという知らせを受ける。場所は前日、無駄足を踏んだ場所だった。発見された死体は、リープシャーのものではなく、もっと若い男のものだった。死体の顔には大量の酸が掛けられており、顔は原型を留めていなかった。ベアトリスはその死体の結婚指輪から、その男が痩せ薬のセールスをしている、ルドルフ・エスタマンであることを特定する。そして彼の妻に会う。エスタマンは気が短く、誰とでも喧嘩をする男で、いずれ人の恨みを買って、殺されることになるのではと、妻は思っていた。そして、エスタマンにはフェリックスという息子がいた。いずれにせよ、「ステージ四」の指示書の男が特定されたことにより、次のキャッシュの場所が分かった。「オーナー」から、「頭を上げろ」というメッセージが届く。その場所は森の中であった。木の枝から吊り下げられた大き目の容器の中から、リープシャーの頭が見つかる。「頭を上げろ」というメッセージには二重の意味があったのだ。そして、例によって、ノラ・パッペンベルクの手による、「ステージ五」への指示書が添えられていた。

 

「ステージ五」

 

 「ステージ五」の指示書には、「フルートと作曲を志したが挫折した、髪も名前も黒い娘の生年月日に・・・」という指示が書かれていた。ベアトリスとフローリンは「モツアルテウム音楽院」に赴き、該当する生徒を探し始める。

 リープシャーは、熱心な「ゲオキャッシャー」であった。彼は、ヨーロッパのあちこちに出かけては、キャッシュ、宝を発見していた。しかし、二年前、三月十二日の後、突然活動を停止していた。その日は、ジーガートの家族が焼死した日であった。リープシャーは数か月前に、一年半ぶりに再び宝探しを初めていた。そして、「シニガミ」という人物と、一緒に活動をしていた。「シニガミ」、日本の「死の遣い」、ベアトリスはその「シニガミ」が「オーナー」であると推理する。ベアトリスは「シニガミ」の正体を探る。その人物は、証拠が残らないように、ホテルに備え付けられたコンピューターからウェッブサイトにアクセスしていた。そのホテルの従業員が大柄な中年の男を目撃していた。

 音楽院の教師が、精神に異常をきたし、学校を辞めたメラニー・ダラマッスルという女学生のことを覚えていた。イタリア系で黒い髪、メラニーは「メランコリー」と同じ語源である。ベアトリスは彼女こそ、指示書にあった娘であることを確信する。ベアトリスは、メラニー・ダラマッスルの家を訪ねる。彼女は、二年前の発病以来、言葉を失っていた。ベアトリスは、偶然を装って、これまでの犠牲者、ノラ・パッペンベルク、ヘルベルト・リープシャー、クリストフ・バイルバイル、ルドルフ・エスタマンの、写真を床に落とす。それを見たメラニーは驚愕の表情を浮かべ叫びだした。彼女の生年月日から、新しい緯度、経度が計算される。そこは、ごく普通の市街地であった。警察はその辺りを虱潰しに捜索する。しかし、そこでは「キャッシュ」と思われるものは発見されなかった。

 ベアトリスは「オーナー」から新たな写真を受け取る。その写真には手が写っていた。ジーガートの手、小指と薬指の他に、新も中指までが切断されていた。ベアトリスは、ジーガートがあれほど大量の出血をしながら、まだ生きていることを不思議に思う。

 ベアトリスの回想。その夜、ベアトリスは恋人のダヴィットと彼のアパートにいた。そのとき、一緒に住んでいる妹のエヴェリンから携帯に電話がかかる。エヴェリンはベアトリスに帰って来てくれと言う。しかし、ベアトリスはそれを断り、その夜はダヴィットの家に泊まり、翌朝自分のアパートに戻る。そこで、彼女は強姦され、無残に殺されているエヴェリンを発見する。そして、その犯人は捕まることがなかった。ベアトリスはそれ以来、自分がエヴェリンの頼みを聞いて家に戻らなかったことに常に罪の意識を感じると同時に、犯人を逮捕できなかった警察に対しても不満を抱いていた。

 ベアトリスは、リープシャーとエスタマンだけではなく、メラニーとノラも「ゲオキャッシャー」であったことを知る。ベアトリスは眠れない夜、ふと「ナイト・キャッシュ」のことを思い出す。それは夜にならなければ見つからない目印である。ベアトリスはフローリンを起こし、この前何も見つからなかった場所へ行く。懐中電灯に光を当ててみると、道路標識の一部に光を反射するシールが貼られているのが分かった。そのシールを辿っていくと、最後は「五」と書かれたシールに行きあたる。そしてその下には缶が隠されていた。その缶は二年間見つけられ、それ以来開けられたことはなかった。その缶の中のログブックには、二年前の三月十二日に五人の署名があった。それは、ノラ、メラニー、リープシャー、バイル、エスタマンのものであった。この日、五人はここに集まったのだ。そして、その日は火事でジーガートの家族が焼け死んだ日であった・・・

 

<感想など>

女性の推理作家は、何故か女性の刑事を登場させたがる。ドナ・レオンの「警視ブルネッティ・シリーズ」のような例外はあるが。最近読んだドイツ、北欧、オーストリアの推理小説は、皆女性が主人公であった。女性であるから、同性の心理、行動パターン等、書き易いのかも知れないが、もう少し「勉強」して欲しいような気がする。

ベアトリス・カスパリはアルヒムという前夫と離婚し、小さな娘と息子を一人で育てている。夫との離婚の原因は、彼女に仕事に対する執着にあったことは、ふたりの会話を読んでいて明らかである。ベアトリスは、子供を学校に送っていくためにしばしば遅刻をする。仕事で遅くなるときは、母親に子供の世話を頼む。しかし、現実問題、ザルツブルクの警察も馬鹿ではないのであるから、「そんな女性を殺人課に置くのか」という疑問をまず感じてしまう。「ママさん刑事」という設定は確かに面白いが、ちょっと非現実的な設定のような気がする。

インターネットを使った宝探し「ゲオキャッシング」は実在するゲームである。先にも書いたが、誰かが宝「キャッシュ」を隠し、そのヒントをウェッブサイト載せる。宝を隠した者は「オーナー」と呼ばれる。そして、「キャッシュ・ハンター」と呼ばれる人々が、その宝を探し、それをウェッブサイトに報告し、得点を競うというゲームらしい。ここで言う「キャッシュ」とは「現金」

cash)ではなく、「隠した物、貯蔵品」(cache)である。「オーナー」は見つけた人々に「TFTH」(Thanks for the hunt.)とメッセージを送り、「 キャッシュ・ハンター」は隠した人に対して「TFTC」(Thanks for the cache.)と挨拶するのが礼儀だという。キャッシュの入った容器にはログブックが入っており、それを見つけたハンターはそこに記録を残していく。しかし、探し出した物が自分の物になるわけではなく、人々はあくまで「探す過程」に意義を見つけるのである。しかし、世の中は広い、そんなことに一所懸命になる人がいるのだから。GPSを持って、屋外を歩き回って探すのであるから、まあ、オリエンテーリングに似た、健康的なゲームではある。

「五」とは奇妙な題である。これはキャッシュ・ハンティングのステージが五まであることによる。また、ノラ・パッペンベルク、ヘルベルト・リープシャー、クリストフ・バイルバイル、ルドルフ・エスタマン、ベルント・ジーガートの五人が行方不明となる。そして、最後のキャッシュには「五」という数字が目印になっている。つまり、この物語では「五」が、キーワードなのである。

このストーリー、ベアトリスの活躍する物語というよりも、ベアトリスと同僚のフローリンがコンビで解決していく物語と捉えてよい。しかし、不思議なことに、フローリンについては個人的な描写はほとんどない。アンナという恋人がいるが独り暮らし、祖母から受け継いだ高価なペントハウスに住んでいる。絵を描くのが趣味。あと、ベアトリスに毎朝完璧なコーヒーを淹れてくれる。それだけしか分からない。ちょっと不可解な人物だ。

ともかく、インターネット社会の現代人の生き方を巧みに捉えた物語。しかし、十年後に読んだ人は、どう思うだろうか。

「音楽祭」、「サウンド・オブ・ミュージック」で有名なザルツブルクは、ヨーロッパの中でも、個人的に大好きな場所である。しかも小さな町。こんな場所を舞台にミステリーが出来てしまうのであるから恐れ入る。しかし、クルト・ヴァランダーが活躍するスウェーデンのイスタードは、もっと小さな街だったが。

 

20138月)

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