三十時間のポーランド体験

 

 

大聖堂から出ると、雨がポツリポツリと降り始め、遠くから雷鳴が聞こえてきた。タクシーの運転手の予報は遅ればせながら当たり、雨になるらしい。僕は旧市街に戻るために、無数の錠前のくっついた橋を渡り始めた。橋の上でカトリックのシスターふたりとすれ違う。僕は噴き出してしまった。もちろんシスターであるので、黒いスカーフを被り、白い襟のついた黒く長いドレスを着ている。あちこちに教会があるので、シスターと出会うことは、全然不自然でもなんでもない。面白かったのは彼女たちが、アイスクリームを食べながら歩いていたからである。シスターの古典的な格好と、アイスクリームをペロペロ舐めながら歩くという行為が、ちょっと奇異に感じられたのだ。

昔、ロサンゼルスへ行ったとき、友人のY子さんと「カニ」を食べに行った。殻ごと茹で上がったカニを、ハンマーで砕いて食べるのである。Y子さんと僕がカニを叩いている横で、カトリックのシスターも同じようにカニを食べていた。

「カトリックには『殺生』という言葉はないの?」

と、僕は隣のY子さんに囁いた。アイスクリームを食べながら歩くシスターというのも、それに似た驚きだった。

旧市街に近づくにつれ、雨脚が強まり、リュックから傘を取り出す。間もなく、バケツをひっくり返したような雨になり、僕は通りすがりのバーに避難した。そこで雨の止むのを待ちながら、まだ四時前だが、その日二杯目のビールを飲んだ。雨は三十分ほどで上がり、僕は沢山の水溜りの残る石畳の道を抜けて、午後五時過ぎにホテルに戻る。昼からビールを二杯飲んで、

「このままポーランドのナイトライフに突入!」

と期待していたのだが・・・会社メールを見ると、急ぎの仕事が結構入っている。僕は、その後八時前まで、ホテルで仕事をする破目になってしまった。

「まあ、今日は数時間観光が出来たからいいか。」

そう思いながら、僕は資料作成を続けた。

「英語が上手すぎる!」

僕は感心した。その日の夜、仕事を終えた僕は再び夕食のために旧市街に出かけた。そこで、ステーキハウスに入り、スペアリブとその日三杯目のビール注文。そこの、黒の上下を着たウェートレスのお姉さんたちの英語が、ほぼ完璧に近いのである。英国の僕の街のレストランで働いているウェートレスよりも上手いのでは。大きな画面には英語のミュージックビデオが写し出されているし。一体ここは何処の国だったのかと、思ってしまう。

「でも当然か。英国で働くウェートレスの多くは、 ルーマニア、ポーランドなどの国からの出稼ぎの人たちだもん。」

娘のミドリはマクドナルドで働いているが、そこの共通語はルーマニア語であるという。僕は改めて納得した。ステーキハウスを出てホテルに戻った僕は、フロントの女性に明日のタクシーの予約を頼んだ。午前五時のピックアップ。僕の明日の飛行機の出発は六時半なのである。

 翌朝、五時にホテルを出た僕は、六時半にポーランドを離れた。ちょうど三十時間のポーランド滞在だった。