皆のダディ

 

チズコ・ジェイソンのアパートからの眺め。素晴らしい。

 

十二月二十四日、クリスマスイブ。朝起きて散歩をする。海岸通を散歩するのは気持ちが良いが、その他の道は、歩道がなくて、歩きにくい。ジェイソンはお休み。子供達は今日も幼稚園に行くという。

八時半頃、三人の日本人の子供達と、ふたりの若いお母さんがアラタとオリバーを誘いにきた。

「今日は『ダディ』が幼稚園に送っていくのよ。」

という話になっている。「ダディ」がジェイソンのことであることに気付いたのはしばらくしてから。アラタとオリバーがお父さんのことを「ダディ」と呼ぶので、他の日本人の子供達もジェイソンを「ダディ」と呼ぶようになったのだ。ここでは「ダディ」は普通名詞ではなく固有名詞なのだ。

子供たちを送ったジェイソンが帰ってきてから、三人で朝飯を食べに出た。「朝から外食」というのは英国や日本では変だが、シンガポールやマレーシアでは結構一般的なことらしい。

ジェイソンとチズコの会話によると、アパートの直ぐ近くの店で、「バクテ」なるものを食べるという。「バクチ」ではなく「バクテ」に行くのだ。

アパートから歩いて数分の店に入り、道路際のテーブルに腰を下ろす。チズコにより、飯、バクテ、中国茶が注文される。中国人がやっている店で、店の従業員も客も、殆どが中国系である。

鍋に入って出てきたのは、湯葉と豚肉の入った澄んだスープだった。豚肉と書いたが、腸や胃や色々な部分が入っている。日本で言う「モツ煮込み」というところだが、スープは透明で驚くほどあっさりとしている。ちなみに「バクテ」は漢字で「肉骨茶」と書く。

しかし、マレーシアは回教の国だと聞いている。そこで豚肉を食べるなんて。ちょっと変な感じ。そのへんをジェイソンとチズコに聞いてみる。

「豚肉を食べるのは中国系の人だけで、マレー系の人は大抵イスラム教徒なので、豚肉そのものに触るのはおろか、豚肉を料理した鍋や皿にも触ろうとしない。」

とチズコは言う。後で調べてみると、マレーシアの国民は、マレー系が六十五パーセント、華人系が二十五パーセント、インド系が七パーセントだという。典型的な多民族国家なのである。

「でも、会社では、マレー系や中国系の人が混ざって働いてるわけでしょ。社員食堂なんかではどうしてるの。」

と僕が聞くと、

「社員食堂では豚肉は出さないんだ。一度日本人の社員が豚肉を食堂に持ち込んで大騒ぎになったことがある。」

とジェイソンが言った。

 

これがバクテ、肉骨茶、土鍋に入っている。