クリスティアンの死

 

ロンドンでは、クリスマスマーケットが立つ季節。暗くなるのも早い。

 

残念ながら、今回の旅行記は、悲しい出来事から始まる。

僕は姪の結婚式に出席し、その後クリスマスをマレーシアのペナン島で過ごすため、十二月一六日にロンドンを発つことになっていた。

出発の前日、十二月十五日、仕事を終えて、車で帰路に就く。休暇の前日は、いつも「ルンルン気分」になるのだが、出発は明日の夜仕事を終えてから。もう一日働かねばならないので、休暇気分が幾分割り引かれる。それでも、普段よりは軽い気分で家路に向かった。

家に着くとちょうど電話が鳴っている。受話器を取る。ドイツ人の同僚で友人のデートレフだった。

「どうして、こんな時間に、しかも自宅に電話を。」

少し訝しく思いながら、

「ハロー、デートレフ。気分はどうだい。」

と聞く。

「ニヒト・グート(良くない)。」

との答え。

「どうして。」

「クリスティアン・ヤンセンが死んだ。」

十秒ほど沈黙が流れる。

「ダス・カン・ニヒト・ヴァール・ザイン(嘘だろ)。」

と言うのが精一杯。

クリスティアンは、僕がドイツで働いていた頃、同じドイツ人のカロラ、それに僕とチームを組んでいた同僚。「ぱっと見」は結構怖いという印象。頭に髪の毛が一本もないし、「ゼロゼロセブン」の悪役の親玉みたいな顔をしている。しかし、実に良い男なのだ。

「死んだ人間のことを悪く言わない」のが普通だが、生死に関わらず、クリスティアンのことを悪く言う者はいないだろう。カロラはいつも直ぐにパニックになるし、僕はすぐにムッとなるけれど、クリスティアンはいつも穏やかな表情を崩さず、何事も冷静に対処していた。同僚や、ユーザーに対しても、いつも親切で、ポライトだった。

「クリスティアンが今朝会社に姿を現さないし、連絡もない。家に電話をかけても取らない。それで仕事が終わってから、クリスティアンのアパートへ行ってみたんだ。」

デートレフは話す。テレビもパソコンもつけっぱなしになっているのを不審に思ったデートレフが警察を呼び、警察と一緒にドアをこじ開けて入ったところ、リビングルームにクリスティアンが倒れていたという。デートレフはその直後に僕に電話をくれたわけだ。

 デートレフとの電話を切った後、僕はとりあえず、明日に備えて荷造りを始めた。大して荷物などないので、十分ほどで終わり、その後、バスタブに湯を溜めて浸かる。友人の死を知らせされた後だが、涙が出るわけではない。空虚な気分で風呂に浸かっていた。

 

在りし日のクリスティアン。怖そうな顔だが、実は優しい。