熱帯雨林トレッキング

シダの生い茂ったジャングルの中を進む。誰にも会わない。

 

翌日「熱帯雨林トレッキング」というのをやってみる。モーテルの部屋に、「プナカイキ付近のトレッキングガイド」というパンフレットが置かれていた。その中の一番楽そうな、「ポロラリ川沿い、一時間十五分コース」に挑戦してみる。片道一時間十五分、往復二時間半、もし道がそれほど険しくなければ、今の体力でも何とかいけそうな気がする。

八時半に河口に車を停めて、川沿いの道を歩き始める。広葉樹、シュロ、ソテツ、シダ、コケが鬱蒼と茂ったジャングルの中をゆっくりと歩き、目的地の「スウィンギング・ブリッジ」、吊り橋まで行く。そこで、川原に降りて休憩。しかし、ニュージーランドのシンボルだけあり、シダは種類も多く、その葉は、見れば見るほど芸術的な形をしている。

その後、元来た道を戻る。歩き始めてから、最初の一時間半は誰にも会わなかった。誰かと会ってちょっと話すのも良いが、この景色、この空間を独り占めするというのも贅沢な気分である。こんな誰も通らない道なのに、おそろしくきれいに整備されている。帰り道も半ばに差し掛かったころ、初めて、河口から上がって来たひとりの青年に出会った。

「おはようございます。」

と挨拶した後、少し話をする。ちょっと安心したような気分になる。

 十一時にプナカイキを出て、昼過ぎにウェストポートに戻る。まず、今晩の宿を確保しなければ。街外れに「空室あり」のモーテルを発見。炊事用具も完璧に揃い、しかも安い。昼飯にインスタントラーメンを作って食べ、午後は北へ向かってドライブを続ける。目標は、百キロほど北へ行ったカラメアという町。そこに何があるか分からない。しかし、そこが道路の終わりなのだ。何となく、道の終わり、「最果て」まで行ってみたくなったのだ。その辺りは、ニュージーランドに着いてから間もなくナギサと一緒に行った、ゴールデン・ベイの西側に当たる。自動車道はないが、登山道は付いていて、七、八時間歩けばゴールデン・ベイに抜けられる。

ウェストポートからしばらく、道路の横を線路が走っている。途中に炭鉱があり、そこで石炭が積み込まれていたらしい。線路が今も使われているのかは知らない。例によって列車には全然会わない。線路がそれほど錆びていないので、時々は列車が走っているのだろう。

一時間半ほどでカラメアに着く。海岸に出て見る。白い砂浜。波が何重にもなって打ち寄せてくる光景は美しい。そして、いつものように誰もいない。波を見るたびに、宇宙の時間を考えれば、僕は波の中に生まれ、次の瞬間には消える、泡と同じ存在だと思う。

「何故自分がここにいるのだろうか。」

と自問する。僕はずっと、

「遠くへ行きたい、遠くへ行きたい。」

そう思って暮らしてきた。そして、自分はこれまで住んでいたロンドンから、これ以上遠い場所はないというところまで来ている。そして、地理的に遠いだけではなく、他の人間からも遠く離れた場所に来ている。

「今しかできないことをしよう」

そう思う。

 

植物の密度が極めて濃い。豊富な雨と湿気によるものだろう。

 

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