クジラ・ビジネス

船内でのクジラの生態についての説明。もっと高いがヘリコプターでもウォッチングすることができる。

 

 その日、僕は結局三頭のクジラを見た。巨大な動物を、あれほどの近くから見るのは、後にも先にも、たった一度の経験だと思う。このホエール・ウオッチングだが、結構値段が高い。一人一万円近く払わねばならない。しかし、それがビジネスとして成り立つのは、クジラを見ることが出来る確率が極めて高いからであろう。

 カイコウラは一年中クジラが、それも岸の近くで見られる。これは極めて例外的なケースだという。カイコウラの沖は、シャレではなく「海溝」になっていて、水深が極めて深い。また、暖流と寒流が出会う場所で、魚が沢山住んでいる。これらが、一年中クジラがこの湾に留まる理由とのことだ。(ちなみに、ここにいるクジラは全部オス。メスは子育てのために、南極に近い所に行っているそうだ。)

 それと、クジラが哺乳類で、定期的に呼吸のために浮き上がらねばならないという点も大きい。マッコウクジラは、二十五分から三十分くらい潜っていることができる。しかし、いずれは体内に溜まった二酸化炭素を出し、酸素を吸うために、水面に出なくてはならない。その呼吸に十分くらいかかるという。したがって、少なくとも十分間は、クジラが再び水中に消えるという心配なしに、クジラを観察することができるのである。

 ホエール・ウオッチングを終えた僕は、再びEさんのモーテルを訪れ、お茶をご馳走になりながら、彼女と話していた。

「今日は、イルカが浜へ来ないわねえ。」

と彼女は言った。相手は生き物、そうそう人間の期待通りにはいかない。

「多分、湾にシャチが来ていて。イルカはそれを察知して、逃げ出したのかもね。」

シャチはイルカやアザラシを捕らえて食べるのだ。

「クジラは何匹見られましたか。」

と彼女は尋ねる。三匹と答えると、

「時によってはクジラが沖の方へ行ってしまい、湾にいないことがある。そんな場合は、ボート出さないの。また、ボートの乗客が一匹のクジラも見られなかったら、料金の八十パーセントを払い戻すの。」

つまり、ボートが出たということは、かなりの高い確率でクジラが見られるとのことだったのだ。

 昼頃、Eさんの所を辞して、ハンマー・スプリングスへ向かう。そこは、温泉が湧いている保養地だと言う。一泊目は予約していたが、次の夜はどこに泊まるか、決めていなかった。草刈りで少し腰も痛いし、お湯に浸かって、筋肉の疲れを癒そうという魂胆。カイコウラから少し南へ、その後、山に向かって車を走らせる。僕はレンタカー会社でもらった、南島全土の地図しか持っていない。つまり、日本全土の地図しか持っていないのだ。しかし、ニュージーランドでは、これで十分。その地図に載っているしか道はなく、その地図に載っているしか町はないからだ。滅多に他の車と出会わない山道を、僕は車を走らせた。

 

音波探知機でクジラのいる方向を探る船長。腕の見せ所だ。

 

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