休暇の効用

 

島のあちこちに、赤いポピー(ケシ)の花も咲いている。

 

 六時半にペンションに戻り、マユミがシャワーを浴びている間に夕食を作る。前章でも書いたが、今日は日曜日で魚市場がお休みなので、刺身はなし。今日はパスタ。アンチョビーとニンニクをたっぷりオリーブ油で炒めて、その油をパスタに絡めて味を付ける。

マユミがよくやる手なのだが、最初にオリーブ油でニンニクをコンガリ炒めて、ニンニクの香りの付いたオリーブ油で野菜や肉を炒める。そうすると、香ばしくて美味しい炒め物や煮物ができる。それに、ベーコンがあれば更に味が良くなる。ベーコンとニンニクが隠し味の「陸の王者」なら、アンチョビーは、「海の万能調味料」。そのまま食べても美味しいが、サラダや炒め物に少し混ぜると、他の材料に程よい刺激を提供てくれる。アンチョビーを「海のベーコン」と呼びたい。

 昨日デロススーパーで買ってきたギリシアの白ワインは、外を吹き渡る風のように涼しい味。今日もよく歩き、よく泳いだ。飯と酒が美味い。そして、今日一日で、かなり日に焼けた。夕食後、海を見ると、少し霧が出ていた。

 マユミも僕も、ロンドンにいる時は、自分の仕事や趣味で忙しく、あまり一緒に何かをするという機会がない。夫婦も結婚して二十五年も経つと、互い干渉することが少なくなってくる。しかし、休暇に来ると、今日のように山歩きをしたり、家族で一緒に行動する機会が増える。それは良い事だと思うし、それが僕達家族にとって、休暇の効用だと思う。

 うちの夫婦も、普段から、少しは何かを一緒にした方がよい、そう思って、数ヶ月前からデュエットを始めた。

課長:「池上くん、ジュエットしよう、ジュエット。」

部下:「え〜、また『男と女のラブゲーム』ですか。」

課長:「おや、キミはオレと歌うのが嫌なのか。」

部下:「歌うのはいいんですけど、課長さん、歌っているとき、お尻とか触るでしょ。」

課長:「いいじゃないか、ちょっとくらい、触ったって減るもんじゃなし。」

部下:「課長に触られたら減ります!」

残念ながら、このようなデュエットではない。ピアノの連弾。

 昨年の暮れに妻が日本に帰ってきたとき、スコット・ジョップリンの「エンターテイナー」という、おそらく一番有名なラグタイムの曲、それを連弾用にアレンジした楽譜を買ってきた。妻とふたりで練習いているうちに、ふたりとも「はまって」しまったのだ。はっきり言って、一人で弾いているより、連弾か、誰かの伴奏をしている方が楽しい。僕達のレパートリーは段々と増え、ミコノス島に来る前は、四曲目を練習中。

更に、七月に僕の習っているピアノの先生のお宅で発表会があるのだが、今回はふたりで出場し、全曲連弾でやってみようという話になった。一緒にピアノを弾いていると、時にはパートナーの弾き方、能力に不満も出ることもあるが、夫婦で何かを一緒に作り上げるというのも、たまには良いものだと思った。

 

ペンションの前の、アギオス・ステファノスの浜にも、若いお姉ちゃんのグループが陣取る。

 

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