早朝の騒動

 

由緒正しいアメニティス灯台の前で。ここから見る海の色も素晴らしい。

 

五月十六日、五時に目覚める。今日は日曜日、漁師の皆様もお休み。したがって魚市場も開かれない。それで、今朝は魚の買出しはなし。六時ごろ、昨日と同じく「勉強」をしに、「パパとママ」のテラスへ行く。天気はすっかり回復し、雲ひとつない空だが、風が強い。昨日の雨の後で、空気が澄んでおり、景色を見ると、全てがはっきり、くっきりと見える。

 部屋を出ると、強いアメリカ訛りの英語の会話が聞こえる。それも、かなり大きな声で。どうも、僕達が最初の二晩泊まっていた部屋に、アメリカ人の若者が入り、彼らが朝からベランダの戸を開けたまま騒いでいるらしい。勉強しながら、

「うるさい奴らだな。」

と思っていると、一階下の部屋から、これもアメリカ人と思しき男性が現れ、ドアを蹴とばしながら上のベランダに向かって叫びだした。おそらく、

「うるさい、黙れ、今何時だと思ってんだ、他人の迷惑も考えろ、クソ野朗!」

と言っているようだが、興奮して早口なのと、アメリカ訛りなので、上品な「クイーンズ・イングリッシュ」(女王陛下の英語)しか解さない僕には、間々の「ファック」という単語しか理解できない。ともかく、その「ファック」十連発で、非常識な若者は静かになり、ひとまず目出度し目出度し。

 七時に部屋へ戻り、今日も魚のアラで味噌汁を作って、マユミはまだ寝ているので、ひとりで朝食。猫が早くも部屋の外で待機している。いつもの猫が、

「あそこで美味い物が食えるニャモ。」

と仲間に伝えたのか、今日は別の猫もいる。 

 今日は、島の北の端にある灯台まで行き、そこからハイキングをする予定。八時過ぎにマユミが起きてきて、八時四十五分に車でペンションのあるアギオス・ステファノスの村から、いつものミコノスタウンと反対方向、北へ向かう。十分ほど行くと道路の舗装が切れる。デコボコ道を更に十分走るとアメニティス灯台が見えてきた。古くて、由緒正しく、健気さが漂ってくる灯台だ。

 灯台の前に車を停めて、景色を眺める。正面にかなり大きなティノス島が見える。天気が良く、海の色が最高に美しい。辺りにはクローバーに似た、青紫色の花が一面に咲いている。

 背後には、標高三百七十五メートルの、ミコノス島最高峰がある。

「あそこまで登ってみる?」

とマユミに尋ねると、オーケーという。ということで、僕達はその山に登ることになった。山は目の前に見えているのだが、それに至る前に幾つかの小さな谷や、石垣がある。最初にルートを検討する。道はあるのかないのか分からない。とにかく、一番障害物の少なそうなルートを選んで、その方向へ歩き出す。

 

アザミの群生の中を歩いて、道なき道を頂上に向かう。三時間の間、誰にも会わなかった。

 

<次へ> <戻る>