スラロームの毎日

 

崖で囲まれた島には珍しい砂浜のあるプエルト・ナオス。砂の色は火山島なので真っ黒だ。

 

「まるでスキーのスラロームみたい。」

僕は運転しながら助手席の妻に言った。三日目から僕たちはレンタカーを借りて、車で島を巡った。僕たちは最初の目的地、天文台のあるロック・デ・ロス・ムチャチョスに僕たちは向かっていた。切り立った山の中腹に二車線の道が作られていて、直線はほとんどない。スキーのジャイアントスラローム(大回転)のようにリズムに乗って、右に左にカーブを通り過ぎていく。なかなか楽しい。英国とは反対側、右側を運転することになるが、僕は余り苦にならない方だ。

しかし、やたらカーブが多いので、直線距離では僅かな距離に、ずいぶん時間がかかる。トレッキングで出会ったドイツ人の夫婦は、

「ホテルからトレッキングの出発点まで、直線で三十キロなのに一時間以上かかった。」

とぼやいていた。

しかし、島での運転は、左右、つまり水平方向への動きの他に、上下、垂直方向への動きがある。そちらの方にかえって時間を取られる。島の幹線道路は、ほぼ標高五百メートルの辺りを通っている。その高さに道を敷くことで最短距離が取れ、しかもトンネルや橋を回避できるからなのだろう。しかし、僕たちのホテルのように、海岸沿いの場所に来るには、標高五百メートルのところから、ジグザグの道路を降りてこなくていけない。これにやたら時間がかかるのだ。

帰る前日、僕たちはプエリト・ナオスという島でも有名な保養地へ行った。島で一番日照時間が長い場所。島で一番大きなリゾートホテルがあり、ラ・パルマ島では珍しい砂浜があり、海岸沿いにプロムナードがあり、近くに白い灯台がある、なかなかお洒落な場所だった。そこから、僕たちのホテルに戻るのに、一時間半かかった。まず、プエルト・ナオスから山の中腹の幹線道路までジグザグの道を上る。そして、僕たちの住むホテルへの道が分岐するフェンカリエンテまでスラロームをし、フェンカリエンテからホテルへジグザグの道を下る。その坂の途中で僕は驚いた。

「なんてこった、パンナコッタ。」

プエルト・ナオスのリゾートホテルと白い灯台が、はっきりと見えるではないか。直線距離は十キロもないだろう。一時間半も走ったのでずいぶん遠くだと錯覚していたが、実は直線距離で十キロも離れていなかったのだ。

「小さな島なのに、場所によってずいぶん景色が違うわね。」

ホテルに近づいたとき、妻が僕に言った。確かに、島を一周走ると、植物の分布が全然違うことに気付く。北では、密度の濃い広葉樹が山を覆っている。きっと雨が多いのだろう。ラ・パルマ島が、カナリア諸島の中でも「緑の島」と呼ばれている理由が分かる。真ん中は松の木ばかりが生えている。南は溶岩と火山灰の台地が広がっており、草は生えているが高い木はほとんど見えない。同じ島だと思われないくらい、違った景色を楽しむことができる。

 

プエルト・ナオスのお洒落な白い灯台。僕たちのホテルからも見えた。

 

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