本当の休暇とは

 

京都では母と交代で夕食を作っていた。これは、僕の作ったギリシア料理。

 

僕は普段から、自分は余り長い時間眠らない人だと思っていた。英国にいるときは、平均して五時間くらいしか眠っていなかったと思う。寝つきは極めて良い方。パタンキュー。ベッドに入って、本を読んでいるうちに、十分もすれば寝入ってしまう。しかし、二時、三時に目が覚めて、それから朝まで眠れないというパターンが頻繁にあった。結局、四時か五時には起き出して、何かを始めてしまう。でも、五時間睡眠で、昼間眠くて仕事に差し支えるということもなかったし、風邪を引き易くなるということもなかった。自分にはそのくらいの睡眠時間が適量で、「量より質」なら別に問題ないと考えていた。

僕は「段取り人間」である、仕事でも、料理を作るときも、休日でさえも、結構最初に段取りを組んで、それに従って粛々とこなしていくタイプ。問題は、深夜目が覚めたときに、翌日の「段取り」を考え始めてしまうことだ。それが、眠れなくなる原因だと分かっていながら・・・性分なので、

「分かっちゃいるけどやめられない。」(ホレ、スイスイ、スーダラダッタ・・・)

備中高梁から帰った夜、ぐっすりと八時間眠る。そして、それ以降も、七、八時間眠れるようになった。時差ボケが治ったこともあるが、やはり、退職して、仕事の「段取りを」考えなくて済むようになったことが、大きいのではないかと思う。

「あれっ、僕も八時間眠れる人間だったんだ。」

これは、新しい発見。

僕はヨーロッパ人の他の同僚に比べると、結構「仕事人間」であった。深夜や早朝、週末でも、会社のメールはチェックしていたし、必要なものには返事を書いていた。何より、休暇で、スペインのカナリア諸島や、日本の母の家に滞在していても、一日に一時間は、「仕事」をしていたのである。

「モトのやり方はクレージーだ。」

と何人かの同僚に言われた。しかし、何もしないと、十日間なり、二週間の休暇が終わった後、何百通というメールに対峙して、それを数日かけて処理しなければならない。毎日メールを見て、それを処理していると、休暇明けの最初の日、バックログなしで始められる。また、最後の数年は、直接顧客と連絡を遣り取りする立場だった。顧客を、特に日本人の顧客を、連絡なしで十日以上待たせることに抵抗があった。(欧州の会社なら、お互い様で、慣れているんだけど。)それが僕のやり方だった。しかし、それをしていると、休暇中も、常に仕事のことを思い出し、どこか気持ちがどこか落ち着かないことも、確かである。

 ドイツでは新しい法律ができつつある。会社から帰宅するとき、また休暇のとき、従業員は、会社のラップトップや携帯を、会社に置いていかねばならないという新しい規則。いかにも、個人の時間と、仕事とプライベートの区別を大切にするドイツ人らしい考え方だ。

 ともかく、退職して、何にも束縛されない休暇を過ごして、自分の「眠り」についても、再発見することができた。

 

京都駅で出会った、豪華列車「みずかぜ」。数日間で数十万円の料金。この日は下関から来ていた。

 

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