あとがき

 

人懐こいパレスティナ人の子供達。

 

昨年十二月のマレーシア行きに続いて、わずか三ヵ月後にまたヨルダンへの旅を「敢行」してしまった。サラリーマンの身で、よく時間と金が続くものだと思う。しかし、誰が何と言っても、猫がニャンと言っても、知らない場所を訪れるのは無条件に楽しい。

 二ヶ月ほど前、若いカップルが遊びに来て、夕食を取りながら話しているとき、

「僕は『旅人』だから。」

と言ってしまった。

「出ました、モトさんの『旅人宣言』!奥さん、逃げられないようにね。」

と女性の方に言われた。しかし、実際、旅は中毒になる。知らない土地へ行けば行くほど、まだ知らない別の土地に行きたくなる。

「・・・予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず・・・」

芭蕉の「奥の細道」の冒頭だが、年齢を重ねるにつれ、「この漂泊の思ひ」の意味が分かるようになったきた。

マレーシアでもヨルダンでも、友達の家に居候していたわけだ。

「よくそんなに世界のあちこちに友達がいるね。」

と皆に言われる。確かにそうだ。しかし、旅は「ギブ・アンド・テイク」の世界。友達がいて泊めてもらえるということは、その分友達が僕の家に泊まっていくということ。昨年の夏は、ずっと誰かがうちに泊まっていたような気がする。しかし、誰もが世界中に知り合いを持っているわけではない。僕はラッキーだと思う。世界に散らばる友人達は、僕の最大の財産であると、最近つくづく思う。

旅をした後、いつもあまりに根を詰めて旅行記を書いているので、

「あなた旅行をしてその結果を旅行記に書くんじゃなくて、旅行記を書きたいがために旅行しているんじゃないの。」

と妻にいつも冷やかされる。しかし、後で旅行記を書かなければならないと常に思いながら旅をしていることで、細かいことを注意深く観察し、他人の言うことを注意深く聞いているのも確かだ。これも、旅をより楽しむ方法のひとつだと思う。これからも「読んだだけで行った気にさせる」旅行記を最終の目標として書き続けたいと思う。

旅行記を書く上で、目標にさせていただいている人がふたりいる。ひとりは椎名誠氏、もうひとりは宮脇俊三氏だ。椎名氏の旅行記は、旅行記の形を借りた「スーパーエッセー」、「エンターテインメント」と呼んでもいい。読んでいて無条件に楽しい。僕も読んで楽しい旅行記を目指したい。それと、もうお亡くなりになった宮脇俊三氏は、鉄道ファン、今でいう「鉄ちゃん」であられた。日本中を鉄道で旅をされ、それを元に多くのエッセーを書いておられる。同氏の簡潔で、押しつけがましさのない文体は、大変参考になると同時に、それも目標にしたいと思っている。

今回も、「怠惰な旅行者」として旅を楽しみ、その後かなり力をいれて旅行記を書いた。少しでも沢山の人に読んでいただければと思う。

<了>

ミントが入った、甘いヨルダンの茶。なかなか心の落ち着く飲み物だった。

 

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