残りの休暇

Resturlaub

2011

 

 

 

<はじめに>

 

「ぶっ飛んだ」ストーリーを書くヤウトの新しいシリーズ。今回は、「言葉で笑わせる」ことに重点を置いた展開になっている。ドイツ語の方言、スペイン語が縦横矛盾に飛び交う「ロスト・イン・トランスレーション」の世界。

 

<ストーリー>

 

ペーター・グロイリッヒ、通称ピッチは、ドイツ、フランケン地方の都市、バンベルクのビール会社、「ゼッペルペーター」の商品開発課で働いている。三十七歳。ガールフレンドのビーネと、街中のアパートに住んでいる。

金曜日の昼、彼は三百年の歴史を持つレストラン「シュレンカーラ」に行く。予想通り、そこでは、駐車違反取締官をしている友人のチェコがビールを飲んでいた。ピッチは、チェコが自分の車に駐車違反の切符を貼ったことに文句を言う。

「俺とビーネがあそこに住んでいること、ゴルフが俺の車であることを、お前は知ってるだろう。」

「俺は皆を平等に扱わなければならない。」

「そんな、融通の利かないお前だから、三十六歳になってもまだ独り身で、両親の家に寄生虫のように住んでるんだ。」

しかし、ピッチは口に出さず、店を去る。

週末に親友のアルネが、ビギーという女性と結婚することになっていた。ピッチは、友人が結婚するたびに、親友を一人ずつ失っていくような気がしていた。彼の友人たちの多くが結婚し、郊外に家を建て、子供を作っていた。都会のクールな生活に憧れる彼は、自分だけはその道を歩みたくないと思っていた。

その日の午後の経営会議で、ピッチは「ノンアルコールビール」の商品化を提案する。経営者のカール‐ハインツ・ゼッペルピッチはそれを一笑する。

「うちはビール屋で、ジュース屋じゃない。コカ・コーラに任せろ。」

と経営者は言う。ピッチは、保守的な自分の会社にも愛想を尽かしていた。

 夕方、ピッチは、ガールフレンドのビーネが働く「木のおもちゃ」の店を訪れる。ビーネは、これから、ピッチに見せたいものがあるという。ビーネは、ピッチを車で郊外の草原に連れて行く。彼女はそこに家を建て、子供を作りたいと言う。そして、その資金について、ピッチの父親と既に話していた。ピッチは暗澹とした気分になる。彼は、大都会か、海の見える場所に住みたかったのだった。

 週末、アルネとビギーの結婚式があった。酔っぱらった、ピッチはしどろもどろのスピーチをする。ビギーのことを好きになれないピッチは、ビギーのことを陰で「ガチョウ」と呼んでいた。彼は、スピーチの中で、新婦を三度も「ガチョウ」と呼んでしまう。ガールフレンドのビーネはピッチを外に連れ出す。彼女は、ピッチの常識のなさに怒る。ピッチは、

「マヨルカで子供を作ろう。」

と言って、ビーネの機嫌を取る。

翌日、ピッチは、友人のチェコ、ジェイソン、マルクスと、それぞれのガールフレンドを連れてマヨルカに二週間の休暇に行くことになる。マヨルカは、今回で十一回目である。これまで一緒に来ていたアルネは、新妻と過ごすということで、今回は欠席していた。

ニュルンベルクの空港で、ピッチは仲間たちと、マヨルカ行きの飛行機を待っていた。会社での上司との対立、ビーネからの懇願など、現状に飽き飽きしていたピッチは、「新しい生活」を始めることを決意する。彼は芝居を打つ。一行から離れて、トイレの物置に金やパスポートを隠し、全て盗られたと嘘をつく。彼は他のメンバーをマヨルカに出発させる。その後、彼はビーネに別れの手紙を書いて投函し、アルゼンチンのブエノスアイレス行の飛行機に乗る。ピッチは、南米の海岸で寛ぐ自分を想像する。飛行機の中で話したドイツ人の男アレックスから、ピッチは、アルゼンチンは今冬で、ブエノスアイレスには海がないことを知る。

飛行機から降りたピッチは、アレックスから紹介された下宿に向かう。そこは、ベドロという中年の独身男のアパートで、主に語学留学の学生が泊まっていた。ピッチは、その入り口で、若い女性と会う。彼女は「バンベルク大学」のスウェットシャツを着ていた。彼女はケクスという名前のドイツ人、フランキッシュ(フランケン方言)を話す。ブエノスアイレスでドイツ語を教えているという。到着早々同郷人に会ってしまったピッチは、自分はベルリン出身であると嘘をつく。彼は、窓のない小さな部屋を借りる。

シャワーを浴びようとしたピッチは、浴室が動物の毛だらけで余りにも汚いのに驚く。彼は、スーパーマーケットで洗剤を買ってきて、浴室と浴槽を磨く。しかし、彼が使ったのは塩酸だった。大家のペドロが戻る。ピッチは浴室を壊したことを詫びる。食事のために外に出たピッチは、ドイツ酒場「ツム・ゲミュートリッヒカイト」に入り、主人のシュテファノと知り合う。

ケクセはピッチにスペイン語学校を紹介する。そこで、彼はルナという若い女性教師と会い、彼女に一目惚れする。彼はわざとスペイン語が分からないふりをして、ルナの教える初級クラスに入る。そのクラスにはハイディという正真正銘のシュヴェービッシュを話す、もう一人のドイツ人女性がいた。

ガールフレンドのビーネはピッチのことを心配し、何度も電話をしてくる。ピッチは、自分はバンベルクにいると言い張り、言い繕う。自分を全面的に信用してくれているビーネに対し、良心の呵責を感じ始める。ピッチは、アルネに自分のバンベルクのアパートの世話を頼む。アルネは、国外局番から、ピッチがアルゼンチンにいることを見抜く。

 ピッチは計画票を作る。当面の、目標は、

l  スペイン語を勉強する

l  別のアパートを探す

l  一緒に外出できる友達を見つける

l  アルゼンチンのナイトライフについて知る

l  仕事を見つける。

の五つであった。

 教師のルナが企画した、「ブエノスアイレス・バーッピング」に参加しようとしたピッチだが、落ち込んでいる大家のペドロの慰め役に回っている間に、時間に遅れてしまう。ピッチは、ルナと二人きりになる機会を狙う。スペイン語クラスで「ブエノスアイレス名所めぐり」に出かけるが、ドイツ人のハイディが常にピッチとルナの間に入って来る。ピッチは、遊覧船の中でミネラルウォーターを二本買い、一本を「飲用禁止」トイレの水に入れ替えて、ハイディに渡す。夕食の前に、ルナがトイレに通い出す。ピッチが間違って、トイレの水をルナに飲ましてしまったのだ。ピッチはルナを介抱する。

 翌日、飲み過ぎてハイディのアパートに泊まったピッチに電話が架かる。ルナからだった。気分の良くなった彼女は、ピッチをブランチに誘う。昼食の後、ルナは自分のアパートにピッチを誘う。彼女は、ピッチに関係を迫る。彼女は底知れぬ欲望の持主だった。二ラウンドを終えて、ピッチは疲れ果ててしまい、もう立たなくなっていた。しかし、ルナはなおもセックスを迫って来る。ピッチはアルネに電話をして、アドバイスを求める。午前三時に起こされたアルネは腹を立てながらも、あるアイデアをピッチに与える・・・

 

<感想など>

 

前回の「大馬鹿者」が結構面白かったので、ヤウトの二冊目を読むことにした。自由と変化を求めて海外へ飛び出した男が、思い直して、故郷と恋人の下に戻るという物語。舞台は、ドイツ中部の町、バンベルクから始まる。これも必然。作者のヤウトはバンベルク大学に学んでいた。勝手知ったる土地での舞台設定ということだ。バンベルクだが、なかなかこじんまりして綺麗な街である。私事になるが、四十年前、ドイツ放浪の旅の途中、レーゲンスブルクからバンベルクに立ち寄った。川沿いの古い飲み屋で、昼から名物の「ラウフビヤー」(煙のビール)を飲んだ。ノンビリとして、良い所だった。また来てみたいと思った。そして、十数年後また訪れることが出来たのだが・・・企業内紛争の法廷に証人として立つため、バンベルクの裁判所に呼ばれてのものだった。

主人公のピッチは、恋人からは家と子供を迫られ、会社では認めてもらえず、人生に嫌気が差している。

「どこか遠くへ行きたい。」

と、永六輔の歌詞のように考えている彼、一番遠い所ということで、アルゼンチンのブエノスアイレス行の切符を買う。偶然ブエノスアイレスへ行く設定になっているが、作者にとっては実は偶然ではない。大きな必然なのである。作者のヤウト、実はスペイン語が大好きなのだ。第一作の「大馬鹿者」でも、主人公をスペイン語学校に行かせ、随所にスペイン語のフレーズを登場させている。そのちぐはぐな会話が笑いを誘った。

 しかし、今回登場するのはスペイン語だけではない。フランキッシュ(フランケン地方方言)、シュヴェービッシュ(シュトゥッツガルト近辺の方言)が、笑いの要素として使われる。わけの分からない方言を話す人物を登場させるのは、喜劇ではよくあるパターンだ。ピッチの同居人、ケクセはフランキッシュを話す。最初、ケクセが「ベドロ」(本当はペトロ)、「デラピー」(本当はテラピー、セラピーのこと)言うので何のことかと思った。フランケン方言だったのだ。その後、スペイン語教室の同級生として、シュヴェービッシュを話すハイディが出現する。これが強烈、彼女が何を言っているか読んでも分からないし、オーディオブックで聴いても、余計に分からない。それが笑いの種になるのだが。しかし、これは絶対にドイツ語以外には翻訳されない小説である。先ほども書いたが、シチュエーションでも笑わせるが、言葉で笑わせることの方が多い。この笑いは、他の言葉においそれと転化できない。

どの言葉もそうだが、元々地方分権で、地方の独立心が旺盛なドイツでは、方言が強い。バイエリッシュ(バイエルン方言)やシュヴェービッシュは、標準語使用者にはほぼ理解不明である。沖縄の方言みたいなものと思っていただいてよい。あるとき、バイエリッシュで話されるテレビドラマが、ドイツ国内で「字幕スーパー」で放映されたくらい。

読むよりも、オーディオブックで聴く方がはるかに面白い。朗読は、クリストフ・マリア・ヘルプスト、作者が直々に指名した読み手であるという。彼の朗読するオーディオブックは何冊も聴いた。酔っぱらった人々の会話や、方言を話させると、この人の右に出る人はいない。森繫久彌さんが、NHKの「日曜名作座」で、数々の登場人物を一人で演じ、巧みに方言を使いこなすのに感心したことがある。何より感心したのは、東京出身の森繫さんの話す関西弁が、関西人の私にも、全く自然に聞こえたことがある。ヘルプストは、森繫さんのレベルではないかと思う。ハイディのシュヴェービッシュには腹の底から笑える。

ピッチは、自分がブエノスアイレスにいることを隠すために、頻繁に電話を架けてくビーネに対して、しどろもどろの嘘をつきまくる。しかし、ビーネはそれを全て信じ、本気で心配する。これだけ自分を信用してくれている人は裏切れないよね。喜劇を解説するのは本当に難しい。今回は、この小説で笑えた自分のドイツ語に、ちょっと自信を持った。

 

20205月)

 

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