「大馬鹿者」

Vollidiot

 

 

<はじめに>

 

最近、かなり「重い」本ばかり読んでいたので、「ワハハ」と笑える本として、この本を選んだ。確かに・・・笑えた。二〇〇四年の作品、ちょっとクラシックなユーモア感覚が良い。

 

<ストーリー>

 

ジーモン・ペータースは、二十九歳、数カ月前に彼女と別れ「シングル」である。テレコム機器の店に勤めている。ボチボチ新しい彼女が欲しくてたまらなくなってきている。自分が「シングル」であることが、心の重荷になっている今日この頃。

十一月の土曜日の午後、彼は「イケア」に新しいソファを買いに行く。

「何人でお住まいですか。」

と若い店員が聞く。

「一人だけど。」-

とジーモンが答えると、

「じゃあ、『シングル用』のソファですね。」

店員。ジーモンは店員に殺意を覚える。店員は、「三十C」の棚から、ソファを取れと言う。「パスワードや暗証番号で、覚えることがいっぱいあるのに、この上棚の番号まで覚えられるか。書いてくれ。」

とジーモンが言おうとしたとたん、店員は行ってしまう。ジーモンは、ソファを車に積んで、アパートに戻る。

アパートに戻り、ソファを組み立て終わったジーモン、夕方になるとやることがない。彼は誰かに電話をしようとするが、皆、土曜日の夜は忙しそうである。そのとき、友人の、フィル・コンラートから電話がかかる。ジーモンはフィルと、パブで会うことにする。

ふたりは真夜中までパブで飲み、それからクラブに出かける。そこで、ふたりは、同年代の若い女性二人に声を掛ける。二人は、カチアとペトラという名前で、ルフトハンザの客室乗務員だという。四人は意気投合する。ジーモンはセクシーなカチアに魅せられてしまう。真夜中もかなり回った頃、フィルが、

「ジーモンの家に行って、一服しようぜ。」

と言う。フィルは前回ジーモンの家に行ったとき、大麻を隠しておいたという。四人はタクシーでジーモンのアパートに行って、そこでまた飲みなおし、男性二人は大麻を吸う。フィルとペトラは帰る。

「泊っていってもいいかしら?」

とカチアはジーモンに尋ねる。しばらくぶりにセックスが出来ることを期待しているジーモンはオーケーする。しかし、カチアは「おやすみ」と言って、ジーモンのベッドで眠ってしまう。

「何のために、俺はクラブに行って、女性を誘い、家に誘ったんだ。ベッドを提供するためじゃない。」

彼は、自分が「お人好し」を通り越して「大馬鹿者」であることに気付く。彼は、腹いせに、フィルが忘れていったクレジットカードを使い、ドローンと包丁セットを、テレショッピングで注文する。ジーモンはその日から一週間、休暇に出ることを思い出す。

「助けてくれ!」

ジーモンはウィンドサーフィンの女性インストラクターに向かって叫んだ。彼は、岸に向かって行くことを試みたが、岸はどんどん遠ざかっていくばかり。女性インストラクターはモーターボートで近づき、ジーモンとサーフボードを引っ張って海岸に向かう。

「助かった。」

ジーモンは休暇でカナリア諸島に来ていた。彼は一人での参加者だけを集めた「シングルクラブ」に応募し、七日間リゾートで過ごしたが、女性との出会いはなかった。

最後の夜、ジーモンが独りバーで過ごしていると、

「一緒にワインでも飲まない?」

と話しかけてくる女性がいる。昼間のサーフィンのインストラクターだった。ジーモンは彼女がアネタという名前であることを思い出した。

「シャワーを浴びて来るから、後で私の部屋のバルコニーで飲みましょう。」

と言う。ジーモンは有頂天になって、バーでワインを買って、彼女の部屋に出かけていく。二人はベランダで乾杯し、意気投合して話をする。

「私、あなたと寝たいの。今。」

とアネタは言う。理想的な展開に胸を躍らせるジーモンだが、

「彼がアパートを見つけたらケルンに越すから。」

アネタは言う。

「一時しのぎの代用品・・・」

ジーモンは、スゴスゴと彼女の部屋を去り、翌日ドイツへ戻る。

ジーモンがケルンのアパートに戻るとララがいた。ララは、クロアチア人の家政婦である。

「ジーモン、ベッドの反対側の半分に使った跡があったけど、彼女ができたの?」

とララは尋ねる。カチアの寝た跡であった。

「パーティーをしただけさ。ガールフレンドはいない。」

とジーモンが答えると、

「私が掃除をしてるもう一軒のアパートに、可愛い女性が住んでるんだけど、紹介しようか。」

とララは言う。ジーモンはいい加減に聞き流しておく。数日後、ジーモンがアパートに戻ると、食卓の上に写真が置いてあった。ララが置いて行ったものらしい。数人の女性が写真に写っていたが、ララはその一人に矢印を付け「デルテ」と書いていた。ビジネススーツを来たその若い女性は、なかなか魅力的だった。電話番号が書いてあった。「デルテ」という。前世紀的な名前を気にしながらも、ジーモンは、

「ララが僕たちふたりは直ぐに結婚すべきと言うんだけど、会えない?」

SMSを送る。

彼女の返信を待つ間に、ジーモンはフィットネスクラブに行くことにする。彼はクラブのメンバーになっていたが、まだそこでトレーニングをしたことがなかった。そのクラブ、どこかおかしい。女性が一人もいない。トレーニングをしている男たちも何か怪しそう。

「しまった、ここはゲイのクラブだった。」

気付いたときには遅すぎた。ジーモンは、ポパイのような男に言い寄られる。そのとき、携帯に返信が入る。

「木曜日の午後七時四十五分、スーパーの冷凍食品売り場の前で会いましょう。またあとで。D

と書いてあった。ジーモンは、今日が木曜日であることに気付く。

「後、四十五分しかない!」

ジーモンは慌ててクラブを飛び出す。  

 ジーモンがスーパーの冷凍食品売り場の前で待っていると、五分遅れでデルテが現れる。ララの写真の矢印の女性とは、似ても似つかぬ人物だった。ジーモンは本当的に嫌悪感を覚える。しかし、強引なデルテは、ジーモンのアパートに来て、料理を作り始める。

「仕事は何?」

とデルテが尋ねる。

「失業中でね、借金が山ほどあるんだ。」

とジーモンは答えるが、デルテはそれでめげるような女性ではなかった。

「じゃあ、将来の計画を一緒に立ててあげる。」

とラップトップを取り出す始末。自分のアパートに人質になったような気分のジーモンは、彼女をパブへ連れ出す。そのパブに、フィットネスクラブで会った「ポパイ」が入って来る。

「あら、ポパイ。会いたかったわよ。」

ジーモンはポパイに抱きつきキスをする。それを見たデルテは慌てて店を出て行った。

「あなた、八歳の子供と、携帯の年間契約をするなんて、どういうつもり!」

ジーモンのボスの女性が言った。場所は、店の近くのスターバックス。ジーモンは、その女上司を嫌っていた。それなりの美人なのだが、髪を撫でつけ、大きな丸い眼鏡をかけていた。その眼鏡から、ジーモンは彼女を陰で「フクロウ女」と呼んでいた。ジーモンは、そのとき、スターバックスのカウンターの中で働く、若い女性に目を留める。ジーモン好みであった。ジーモンはその女性について空想を始める。

「あなた、ちゃんと私の言うことを聞いているの!」

上司の女性は怒り出す。

「契約を直ぐに解約しなさい。」

そう言って彼女は店を出て行く。ジーモンが店を出ると、前でフリックと会った。太ったフリックはジーモンの高校の同級生である。

「どうしている?」

という話になり、ジーモンはスターバックの店員の女性に恋をしたと言う。フリックも、ダニエラという女性を好きになったと告げる。ただ、ダニエラは自分のことをどう思っているか分からない。それをジーモンに確かめて欲しいと言う。ダニエラはスペイン語のコースに行っているという。その見返りに、フリックは、土曜日に「シャルケ」の試合にジーモンを招待する。

 フリックはシャルケの大ファンであった。フリックはチケットを二枚用意していた。しかし、そこは何とVIPラウンジだった。シャルケのユニフォームを着たふたり、盛装した人たちの間で、居心地が良くなかった。ふたりは、ひたすら只の食事と酒を食べて飲む。試合の後、ジーモンはデザートに、シャルケのマークの入ったケーキを皿に取って食べ始める。しかし、それはシャルケのオーナーの六十歳の誕生日のために用意されたケーキだった。それを知ったふたりは急いでVIPラウンジを去る。

フリックと別れたジーモンは、昨日、携帯の契約をした女の子の家を訪れる。誰もいない。彼は、先日売った携帯の番号をダイヤルする。どこかで携帯が鳴っている。ジーモンは、バルコニーから中へ入り、携帯と契約書を持って立ち去る。彼はまだシャルケのユニフォームを着ていた。

ジーモンとフィルは、スターバックスの中にいた。フィルは、自分のクレジットカードで、ジーモンが勝手に買い物をしたことに文句を言う。ジーモンは上の空で、カウンターの中の女性を見ていた。注文する際に、女性の胸の名札を見る。「マルシア・P・ガルシア」と書かれていた。

マルシアと何とか付き合いたいと思うジーモンだが、彼女に話しかけるきっかけが思い浮かばない。彼は、高校の同級生のパオラに電話をする。パオラは昔から、恋愛テクニックの「専門家」として、同級生の恋の悩みを聞き、助言を与えるのを得意としていた。パオラは、これからサウナへ行く予定だという。ジーモンもそれに付き合い、ふたりはサウナの中で話をする。サウナから出たジーモンは驚く。マルシアが入って来たからだ。裸で会いたくない、ジーモンは慌ててまたサウナに駆け込む。

ジーモンは店を出たマルシアの後をつける。地下鉄とバスに乗り、彼女がアパートに入ったのを確かめる。一つ窓が開きマルシアが顔を出す。彼女の部屋からは音楽が流れだす。それはジーモンも大好きな「ファンタ四」の曲だった。

ジーモンは、パオラの考えた作戦を実行に移す。彼はその週土曜日に行われる、「ファンタ四」のコンサートのチケットを二枚買い、それを持ってスターバックスに入る。コーヒーを注文し、金を払う時に、わざと札と一緒にチケットを出すというもの。マルシアがそれに気付く。

「お客さん、『ファンタ四』のコンサートに行くんですか。」

彼女にはジーモンに尋ねる。

「ええ。二枚貰ったんです。よかったら一枚進呈しましょうか。」

そう言ってジーモンはチケットを彼女に渡す。

「入り口で待ってます。」

そう言って、ジーモンは店を出る。

「作戦成功!」

ジーモンは有頂天になっていた。

 フリックに頼まれた、ダニエラの気持ちを確かめるために、ジーモンは、スペイン語教室に出かける。彼は、マルテとブロムという男たちと知り合いになる。授業の後、参加者は飲みに出かける。残りの人間が帰った後、ダニエラはジーモンに、

「フリッツは親切だけど、あなたほどユーモアはないわ。あなたが好き。」

と告白する。

「ファンタ四」のコンサートの当日、ジーモンは落ち着かない。彼は、風呂に入っているとき、間違えてシャワーの熱湯をひねり、顔に火傷をする。おまけに、アパートを出るとき、鍵を中に置いてドアを閉めてしまう。合鍵を持っているのはララだけ。ジーモンはララに電話をする。ララはコンサート会場まで、鍵を持ってきてくれるという。ジーモンがララに会うと、ララもダフ屋から切符を手に入れていた。間もなくマルシアが現れる。しかし、マルシアは、携帯で電話やSMSばかりしている。彼女がトイレに行くと言っていなくなる。ジーモンがララと飲み物を買いに行くと、マルシアはマッチョな男と、バーで話していた。

 翌日、ジーモンが店で働いていると、スペイン語の授業で出会った、マルとブロムが、警官のユニフォームを着てやってくる。彼らは、ジーモンに任意同行を求める。ある家に泥棒が入り、監視カメラに、シャルケのユニフォームを着たジーモンが写っていたという・・・

 

<感想など>

 

読んでいて、ちょっとワクワクする。推理小説のよう。最後、シングルのジーモンに「彼女」が出来ることは、当然の帰結として予想がつく。「コメディー」であるので、シェークスピアの昔から、吉本新喜劇に至る伝統として、「ハッピーエンド」になることは分かっている。次々と女性関係をしくじっていくジーモン。果たして、最後誰が彼のガールフレンドになるのか、興味深かった。そして、その結末の意外さ、その強引さに、あっと言わされた。やっぱり、喜劇の「おち」はそこまでしないとね。

ジーモンは、次々と女性にアタックしては、たまにはアタックされては、しくじっていく。その繰り返しの物語である。その度、彼は自分を「大馬鹿者」と呼び、「シングル度」のレベルが増していくのを感じる。ストーリーでも笑わせるが、一番笑うのは、あちこちに挿入される、ジーモンの空想、妄想である。例えば、家政婦のララに、女性を紹介される。写真を見る限り悪くない。ジーモンの空想:

ジーモンの娘:「ママとパパは最初どこで出会ったの?」

父:「掃除のおばさんの紹介でだよ。」

娘:「ださ〜い!」

つまり、彼は、十何年後、その女性と結婚して、女の子が生まれて、その娘がティーンエージャーになったときのことまで想像してしまうのだ。その想像力には脱帽。そこまで発想できる作者にも脱帽。

 ジーモンは、「思っていることの半分も言えない」男である。好きな相手に対しても、嫌いな相手に対しても。彼がデルテと会ったとき、

「あんたといるくらいなら、家に帰ってテレビでも見た方がましだ。テレビに出ている女は、どんなブスだって、少なくともあんたほどひどくはないから。」

と言う。心の中で。しかし、口には出さない。結局、彼は、デルテと一緒に、自分の台所で夕食を作る破目に。このような、ジーモンが心の中で呟いたけれど、口には出さなかった言葉が山ほど書かれている。その内容にまた笑ってしまう。

 この作品、二〇〇四年というから、今から十五年以上前に書かれたものだ。しかし、面白い。笑える。シェークスピアの喜劇で笑えるのと一緒で、コメディーは永遠に不滅で、時代を超えて存在するものなのだ。

作者のトミー・ヤウトは一九七〇年、シュヴァインフルト生まれ、バンベルク大学に在学中から、ラジオの企画を始めている。ジーモンが会社を休む口実に、

「スペインで働いている妹が事故に遭って、生死の境をさまよっている。」

というのがある。そして、実は妹はバンベルクで学生をしていると書かれている。

「バンベルクで学生をしてたのは、あんたでしょ。」

とツッコミを入れたくなる。その後、ケルンに移り、ドイツでは有名なコメディー「ハラルト・シュミット・ショー」などの脚本を手掛けたという。筋金入りのコメディー作家、二〇〇四年に出版されたこの「大馬鹿者」は、彼の最初の本で、映画化もされている。

 

トミー・ヤウトの作品リスト:

「ジーモン・ペータース」シリーズ

l  Vollidiot(大馬鹿者) 2004.

l  Millionär (百万長者) 2007.

l  Überman (スーパーマンもどき)2012.

その他

l  Resturlaub(残りの休暇) 2006

l  Hummeldumm (マルハナバチ)2010

l  Einen Scheiß muss ich(クソをしなくちゃ)2015

l  Der Löwe büllt(ライオンが吠える)2019年 .

 

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