ただいま馬さん

 

早咲きの桜をカメラに収める人々。堀川一条にて。

 

三月五日火曜日、午前九時半、僕は二週間と一日ぶりに、「捨馬保護センター」の馬たちと再会した。

「ただいま〜、元気だった?」

数頭の馬が振り向き、

「なあんだ、おまえか。」

という顔をする。順番に首をポンポンと叩いていく。もうクシャミをしている馬はいない。ウマインフルは去ったようである。しかし、黄色い「動物立入禁止」の立て札は出たままだった。英国の天気は良かったようで、ぬかるみはかなりましになっている。

 前日、三月四日月曜日の朝六時、僕は迎えの「MKシャトル」のマイクロバスで母の家を発ち、十時半のルフトハンザ機で関空からフランクフルトへ。昼過ぎにフランクフルトに着き、一時間ほど待ってロンドン行きの飛行機に乗り、五時前に「シティー・エアポート」到着した。そこから、地下鉄とタクシーを乗り継いで、午後六時には家に着いた。午前六時に京都の家を出て、午後六時にはハートフォードシャーの家に着いている。

「これはすごいや。」

家の鍵を開けて中に入った僕は、時計を見てつぶやいた。と言っても、実際は九時間の時差があるので、二十一時間かかったわけだけど。関空からフランクフルトまでの十一時間のうち、半分以上を眠っていたので、その部分が抜け落ちて、本当に半日で帰って来たような気がする。

 「シティー・エアポート」に着いて、英国の携帯のスイッチを入れたとたん、ジュリーからのSMSが入った。

「モト、今日は何時に来るの?」

月曜日に戻って、火曜日から働くと言っておいたのに・・・彼女は今日から働くと誤解していたらしい。もう午後五時である。返事を書く。

「ごめん、今着いたばっかり。明日から働くから、今日は何とかして。」

 馬牧場、おそらく、ジュリーが慌てて昨日の夕方やってくれたらしく、水のバケツに水はあり、ウンコも一日分しか落ちていなかった。皆さん、僕がいない間も、上手に穴を埋めてくれていたようである。

 その日の朝起きて驚いたのは、朝六時半に、もう明るくなっていることだった。僕が発った二週間前は、まだ七時にならないと明るくならなかったのに。

「ヨーロッパから日本に行くときの時差と、日本からヨーロッパに行くときの時差と、どっちの調整が楽なの?」

と時々聞かれる。僕は「日本からヨーロッパ」の方が、調整が楽。何故なら、帰ってすぐに働かなくてはいけないから。働くことの緊張感は、時差を治す最大の薬のような気がする。僕は、水道の蛇口にホースをつないで、何時ものように水遣りを始めた。

 

馬さんたちは、何時ものように干草を食べていた。

 

<了>

 

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