「夢を集める人たち」

ドイツ語題:Traumsammler

原題:And the Mountains Echoed

(そして山々はこだました)

2012

 

 

<はじめに>

 

この物語を読んで、イリアス、オデッセイを思わせる、壮大な叙事詩を読んだような気がした。一九四〇年代から、現在二〇一二年まで、アフガニスタン、ギリシア、フランス、米国を舞台に、数多くの人物が登場し、物語を織り成していく。それぞれが独立したストーリーなのだが、糸が絡まるように、それぞれ関係し合っている。それは一種の織物のような印象を与える。そう言えば、オデッセイで、アガメムノンの待つペネロペは夫を待つ間織物をしていた。

 

<ストーリー>

 

一九五二年、秋、アフガニスタンの村、シャドバッハ。父は床についた息子のアブドゥラーと幼い娘のパリに物語を話して聞かせる。それはババ・アユブの話であった。

「ババ・アユブの村に毎年『魔物』がやってきて、子供をさらっていく。魔物にひとりの子供を自主的に差し出さないと、他の子供たちも全部連れ去られてしまう。ババ・アユブには五人の子供がいた。その中でも、ババ・アユブは末っ子のカイを可愛がっていた。どの子供を差し出すか、ババ・アユブと妻は大いに悩む。そして、同じ大きさ、同じ形の石に五人の子供の名前を書き、それを袋に入れ、目をつぶって取り出すことにより、魔物に差し出す子供を選ぶことにする。果たして、ババ・アユブが掴んだ石に書かれていた名前は『カイ』であった。カイは魔物に連れ去られる。カイのことを忘れられないババ・アユブは長い道のりを歩いて、魔物の住む宮殿に辿り着く。そこで魔物と対峙したババ・アユブは、魔物に息子を返すように迫る。魔物は、そこでババ・アユブにある光景を見せる。カイは、清潔な衣類と、十分な栄養、教育を与えられ、他の子供たちと一緒に何不自由なしに暮らしていた。魔物は

『これは、自主的に自分に子供を差し出したおまえに対する敬意だ。』

とババ・アユブに説明する。残りの四本の指を救うために、一本の指を犠牲にした者への報償だという。ババ・アユブは息子を連れ戻すことをあきらめる。魔物は宮殿を去るババ・アユブに飲み物を与える。それを飲んだババ・アユブは宮殿で起こった事に対する一切の記憶を失い、村に戻り、そこで幸せに人生を全うする。」

 父のサブールは、アブドゥラーとパリを連れて徒歩でカブールに向かう。貧しい日雇い労務者のサブールは、義理の兄、ナビが運転手、料理人として働くワダーティ家での仕事をするためという理由でカブールに来る。しかし、本当の目的は、四歳になる娘のパリを、ワダーティ家の養女として差し出すためだった。主人のスレイマン・ワダーティと妻のニラは子供たちを温かく迎える。しかし、アブドゥラーだけが村に戻ることになる。妹を失ったアブドゥラーの喪失感は大きかった。その後、サブールと妻のパワナの間で、娘についての話題はタブーになった。サブールは

「残りの四本の指を救うために、一本を犠牲にしなくてはならなかったのだ。」

と自分に言い聞かせる。

 

 パワナとマスーマは、双子の姉妹として生まれた。ふたりにはナビという名の兄がいた。生まれたときから、マスーマは愛嬌のある、育て易い子供であった。それに対して、パワナは我が強く、両親や周囲の人間を困らせることが多かった。成長してからは、マスーマは男なら誰も振り向かずにはおれない、魅力的な女性になったが、器量の悪いパワナに、村の男たちは目もくれなかった。パワナは密かに同じ村に住む青年、サブールに心を寄せていた。彼女は、話を作るのが上手いサブールに贈るために、話を書き付けるために手帳を万引きする。しかし、彼女はそれをサブールに渡す勇気がない。

パワナが十七歳になった、ある日、その手帳をマスーマがサブールに渡しているのを見つける。パワナとマスーマは木に登り、高い気の枝に座って話をしていた。その時、マスーマがサブールにプロポーズされたことをパワナに告げる。パワナはマスーマの座っている枝をわざと揺らして、マスーマを転落させる。その時の怪我が原因で、マスーマは重度の身体障碍者になる。パワナはマスーマの世話を焼く。

兄のナビは、カブールへ働きに出る。サブールは結婚して、二人の子供を作ったものの、妻に先立たれ、幼い子供を抱えて苦労していた。一九四九年の春、マスーマは

「もう一度カブールが見たいので連れて行ってくれ。」

とパワナに頼む。パワナはマスーマを馬の背中に乗せ、村を出る。ふたりが野宿をしていると、マスーマはパワナに、生きるのに疲れたので、自分を置いて村に戻るように頼む。また、サブールと結婚して、二人の子供たちの母になってくれと懇願する。最初は抵抗したパワナだが、結局マスーマの頼みを聞き、彼女を独り残して村に戻る。彼女は、サブールの妻になり、アブドゥラーとパリの継母となる。

 

ナビがミスター・マルコスに宛てた手紙。

「私は一九四六年に故郷の村を出、カブールでスレイマン・ワダーティに雇われて、運転手兼料理人として働き始めた。スレイマンは一九四九年、ニラと結婚する。ニラはフランス人を母に持つ、アフガニスタンでは新しいタイプの女性であった。腕や足を人前に曝すことを厭わない、恋愛をテーマにした詩を書く、アルコールと煙草を嗜み、ジャズを聴く、私は、奔放なニラに魅かれていった。私は、ニラに頼まれて、自分の生まれた村に彼女を連れて行った。私は、彼女を妹のパワナ、その夫のサブール、その子供たちのアブドゥラーとパリを紹介する。ニラはパリの可愛さに魅せられる。帰り道、自分は子宮を摘出する手術を受け、子供の産めない身体であると、ニラは私に告げる。カブールに帰った後、ニラは床に就く。私は、ニラを助けるために、パリを養女にくれるよう、サブールに頼んでみようと決意する。果たして、サブールはパリをカブールに連れて来ることを承諾。彼は二人の子供たちを連れて徒歩でカブールにやって来る。そして、パリをワダーティ家に残して去っていく。一九五二年のことだ。私は、パリに自分が叔父であることを隠して接する。パリはワダーティ家で成長する。彼女はニラが実の母親であると思っていた。

一九五五年、スレイマンが脳出血で倒れる。彼を献身的に看護したのは、妻のニラではなく私だった。次々と訪れる親戚縁者は、ニラを批難する。ニラはそれに耐えられなくなり、パリと一緒に家を出てフランスへと去っていく。その後、五十年近く、私はスレイマンの介護をして過ごす。

ある日、私はスレイマンのスケッチブックを見つける。そこには、私自身の絵が描いてあった。スレイマンは、自分は同性愛者で、私のことをずっと好きだったと告白する。私はそれにショックを受けるが、彼の家を出ることはしなかった。

その後、アフガニスタンは長い内戦の時代に入る。次々と支配者が代わり、屋敷は銃弾やロケット弾の攻撃を受け荒廃する。また、屋敷はタリバーンを始め、時の為政者の略奪を受け、目ぼしい物は持ち去られる。近くのバシリ家の家族は祖国を捨て亡命し、妹夫婦も国を出てパキスタンの難民キャンプで生活を始める。

私はニラが一九七四年、パリで自殺したことも知った。そんな中、私はスレイマンを死ぬまで介護する。そして、彼の死後、遺言により屋敷を譲られる。タリバーン政権の崩壊後、二〇〇三年、私はNGOのドクターとしてやってきた、あなたに無料でこの家を貸すことになった。もう先のない私は、死ぬ前に自分の生きてきた軌跡を誰かに伝えたかった。」

 

二〇〇三年、アフガニスタンから米国に亡命した、ふたりの男が故国を訪れる。ひとりは医者のイドリス・バシリ、もう一人はイドリスの従兄でティムール・バシリである。彼らはカブールで働く医師、マルコス・ヴァヴァリスのパーティーへ行く。そこで、かつての隣人の召使いであった、ナビが生存していることを知り、再会する。

そのパーティーで、イドリスとティムールはボスニア出身の看護婦、アムラ・アデモヴィッチに会う。彼らは、アムラの働くアリ・アバド病院を訪れる。病院そこでは家族全員が親戚から斧で切り付けられ、自分も頭と胸に重傷を負った少女、ロシがいた。イドリスは、彼女にヴィデオ装置を買ってやり、一緒に映画を見る。ロシも彼の訪問を楽しみにするようになる。

アフガニスタンでの滞在が終わり、イドリスはサンフランシスコの自宅に戻る。そこでは、すっかり米国に溶け込んだ子供たちが、米国流の生活をしていた。米国に帰った夜、彼は家族と、アブドゥラーという同じく亡命アフガニスタン人の経営する食堂で、故国の料理を食べる。その店を、アブドゥラーは娘のパリと一緒に切り盛りしていた。

彼は、ロシを米国の自分の病院に入院させようと画策する。イドリスは、病院の院長にロシを米国に呼び、手術、治療を受けさせることを提案する。しかし、あっさりと断られる。自分の無力さを思い知ったイドリスはアムラやロシとの連絡を絶つ。数年後、ロシの書いた本が発表される。そこには「叔父のティムールと母アムラに捧げる」と書いてあった。

 

一九七四年。フランスのジャーナリスト、エティネ・ブーストゥラーは、アフガニスタン出身のニラ・ワダーティにインタヴューをする。そのインタヴューと、娘のパリの回想により、ニラの半生が明らかになる。フランス人の母と、アフガニスタンの貴族の血を引く父との間に生まれたニラは、一九五八年、娘のパリを連れて、フランスに移住している。彼女はそれを、夫が亡くなったからと説明していた。

パリに住み始めた彼女は、作詞家、詩人としての活動を始める。同時に、酒と男を愛する、奔放な生活を始める。娘のパリは、酒に酔って警察や病院に保護された母親を何度も引き取りにいかねばならなかった。四十四歳のとき、ニラはジュリアンという元大学教授と付き合い始める。しかしいつものように、ニラと男性の関係は数か月で破局を迎える。娘のパリはしばらくジュリアンと一緒に住む。一九七四年、ニラは自殺する。

ソルボンヌ大学を出たパリは大学で数学を教え始める。友人のコレットに誘われた参加したデモで知り合った、エリックという教師と結婚。ふたりでアフガニスタンを訪れようと企画している最中に、パリの妊娠が分かる。パリは結局アフガニスタン訪問をあきらめ、育児と仕事に専念することになる。パリは三人の子供が生まれる。彼女が四十四歳の時、夫のエリックが心臓麻痺で他界、彼女もリューマチで身体が不自由になる。

彼女はアフガニスタンで働くギリシア人の医者、マルコス・ヴァヴァリスからメール受け取り、彼と電話で話す。電話の中で、マルコスは、自分の家主であったナビが死に際して自分に託した手紙の内容についてパリに語る。パリはそれにより自分の生い立ち、幼い時の境遇、その後アフガニスタンに残された家族の消息を知る。彼女は、身体が動くうちに一度アフガニスタンを訪れる決心をする。

 

二〇〇九年夏。アデルの父親はソ連と「ジハード」を戦った、元反乱軍の司令官、現在は地元の有力者である。父は、ビジネスで儲けた金を、学校の創立や、困った人々の援助に使い、地元の人から尊敬を集めていた。しかし、同時に敵の多い父親は、シャドバッハに要塞のような屋敷を建て、そこで武器を持った用心棒に守られて暮らしていた。学校創立の式典を出た父親は、貧しいなりをした男に、

「助けと欲しい。」

と泣きつかれる。用心棒たちはその男を追い返す。

十二歳になるアデルは、要塞の中に閉じ込められたような生活に退屈し、こっそりと屋敷を抜け出し、サッカーのボールを蹴って遊びだす。そこに、ゴラムという名の貧しい身なりをした少年が現れる。一緒にサッカーをし、サッカーについて話し合い、ふたりは仲良くなる。ゴラムは、パキスタンの難民キャンプで生まれ育った。父のイクバルは祖母のパワナと共にアフガニスタンを逃れ、パキスタンに逃れた。そして、父の腹違いの兄、アブドゥラーからの仕送りを受けながら、難民キャンプで暮らす。しかし、難民キャンプは閉じられ、伯父からの仕送りも途絶え、仕方なく故郷に戻って来たという。

ゴラムの父イクバルは、タリバーン政権が支配する前、自分が所有していた土地を取り戻そうと裁判所に訴えるが、裁判所は家事で書類が燃え、残っていないことを理由に、イクバルの訴えを退ける。彼らが昔所有していた土地に、現在のアデルの屋敷が建っていた。

 アデルの父が暗殺者に襲われる。幸い、両親もアデルも無事であった。ゴラムと父親は、仕事も、将来の生活の見込みもないまま、シャドバッハの村を去っていく。

 

二〇一〇年秋。カブールで働くギリシア人の医者、マルコス・ヴァヴァリスは故郷のタリアから電話を受け取る。

「たまには、お母さんに電話しなさい。」

タリアはそう言う。マルコスはしぶしぶ母親に電話を架ける。

 マルコスがタリアと始めて会ったのは、一九六七年の夏のことであった。マルコスはそのとき十一歳、ティノス島に母と住んでいた。彼の母、オデリアの親友、マダリーネが娘のタリアを連れて、アテネから遊びに来るという。マダリーネは女優をしていた。

「タリアは事故で顔に傷があるの。本人も気にしているから、それには触れないでね。」

と母は事前にマルコスに言う。タリアは子供の頃、顔を犬に噛まれたという。

マダリーネとタリアが到着する。タリアは顔の下半分をマスクで覆っていた。そのマスクの下がどうなっているか好奇心に駆られるマルコスであるが、実際にそれを見たとき、彼はショックの余り、すっかり取り乱してしまう。顔の半分が完全に食いちぎられていたのだ。

夏の終わり、マダリーネは映画の撮影があるので数か月タリアを預かって欲しいと言い残して、島を出て行く。しかし、何か月経っても、マダリーネは戻ってこなかった。マルコスはタリアと一緒に学校へ通い始める。最初、級友たちは、タリアのことを「化け物」と言って苛める。しかし、マルコスの母オデリアの一喝で子供たちは、苛めを辞め、タリアもマスクをしないで、学校に通い始める。

彼女は、機械やメカに興味持ち、自分でカメラを作って自分の写真を撮る。マルコスはその写真をずっと持っていた。マルコスは大学で医学を専攻し、整形外科医となり、アフガニスタンに赴任。既に八年が経っていた。タリアの説得に応じて、マルコスはギリシアの故郷を訪れる。そこでは年老いた母と、既に中年になったタリアが住んでいた。折しもその年ギリシアでは皆既日食が見られた。彼らは庭でその日食を眺める。

 

サンフランシスコに住むパリは、父親のアブドゥラーに、自分と同じ名前の妹がいることを知っていた。彼女は、生まれてからずっと、父の妹の「影」を意識しながら生きてきた。美術を専攻したかった彼女は、奨学金を得て、ボルティモアで大学に行こうとするが、その直前に母親が病気で倒れる。母親は、死ぬ前に、アブドゥラーにはイクバルという名の腹違いの弟がいて、難民キャンプで過ごす弟に、ずっと送金をしていたことを告げる。

結局、彼女は大学には行かず、父親と一緒に過ごす。彼女は、父親が、ずっと幼い頃に別れた妹のことを思い続けているのを知っていた。そして、その妹を捜す。彼女は、叔母パリ・ワダーティがパリに住んでいるのを知り、彼女をサンフランシスコに呼び寄せ、父親と再会を画策する。

二〇一〇年冬、パリ・ワダーティは、サンフランシスコの空港に降り立ち、パリがそれを迎える。しかし、その頃には、父親のアルツハイマーが進み、彼は周囲の人間を認識できないようになっていた。果たして、彼は永年ずっと思い続けてきた妹を、認識することができるのだろうか・・・

 

<感想など>

 

この一連のストーリーの登場人物の関係を正しく認識するには、図を描かねばならないだろう。それほど複雑である。

サブールの子供たち、アブドゥラーとパリ。パリは幼いときにワダーティ家に養女に出される。アブドゥラーは後年、米国に移住する。サブールはパワナと再婚、イクバルという息子が生まれる。

カブールに住む、スレイマン・ワダーティと妻のニラ。そこに住み込む、運転手兼コックのナビ。ニラは夫が病に倒れた後、世話をナビに任せ、養女のパリを連れて、フランスに移る。

ナビはパワナの兄。パワナは、サブールの後妻で、双子の姉妹、マスーマがいる。

スレイマンの死後、それまで彼を世話していたナビが屋敷を継ぎ、その家にギリシア人の精神科医、マルコスが下宿する。マルコスはギリシアのティノス島の出身で、そこに幼馴染のタリアがいる。

イドリス・バシリ、従兄のティムールはかつてワダーティ家のすぐ傍に住んでいたが、米国に移住する。アフガニスタンでタリバーン政権が倒れた後、休暇でカブールを訪問、マルコス医師のパーティーで、かつての隣人、ナビと再会する。

アデルは、旧軍司令官で、実力者の息子。かつて、サブール達が住んでいた場所に立つ屋敷に住んでいる。彼は、サブールの息子イクバルの子、ゴラムと仲良くなる。

もう一人のパリは、米国に移住したアブドゥラーの娘である・・・

やはり、文章で書くと、分かりにくい。図が必要だ。ともかく、これらの人物が、登場し、順番に独立したストーリーを語っていく。この物語で、誰が「主人公」なのかを述べるのは難しい、いや不可能である。

 

ホセイニの前の二作「凧を追う人」、「千の輝く太陽」では、アフガニスタン内戦の悲惨さが描かれていた。タリバーン政権下での人々の暮らしは、特に悲惨なものとして。そして、その内戦によって狂わされた人々の運命が、前二作のモティーフであった。しかし、この作品には、アフガニスタン内戦に関する描写が極めて少ない。大部分が、内戦の始まる前のアフガニスタンか、タリバーン政権の倒れてからのアフガニスタンを舞台にしている。わずかに内戦の時代を語るのが、スレイマン・ワダーティを五十年間世話したナビが、マルコス医師に書いた手紙である。彼は、屋敷に沢山の銃弾が飛び込み、兵士たちに大部分の家財が持ち去られたことを綴る。しかし、その内戦が、登場人物の運命を変えるものとしては描かれていない。これが、内戦に弄ばれた登場人物の運命を描く前の二作との大きな違いだと言える。

舞台は前二作に比べ、多岐に及んでいる。アフガニスタン出身で、米国に亡命した作者の過去から、アフガニスタンと米国が舞台になるのは当然として、今回はそれに加え、フランスとギリシアが舞台になっている。その地理的な広がりが、この本を読んだとき、壮大な叙事詩を読んだ時に感じるような印象を与えてくれるように思える。

物語の冒頭に、プロローグとして、サブールが作ったとされる、「ババ・アユブと魔物」の話が語られる。この逸話と、その後の物語の接点を見つけようとした。「残りの四本の指を救うために、一本の指を犠牲にする」これは、娘のパリを養女として差し出したサブールに当てはまる。それと同時に、ババ・アユブとアブドゥラーがオーバーラップした。ババ・アユブは息子のカイを忘れられずに魔物の宮殿に出かけていく。アブドゥラーは生き別れになった妹のパリを忘れられないでいる。そして、最後に彼女に出会う。しかし、それが、長年その一瞬を楽しみにしていたほど、感激的な出会いであったのかどうか。その点である。

登場人物、ストーリーの主人公として、イクバルとアデルは少し変わっている。彼らは、無力な人間として語られる。イクバルは完全に米国社会に取り込まれているし、アデルは有力者の息子として、その枠の中かれ出られないでいる。イクバルが、子供たちのために、自宅ホームシネマを買う逸話が典型的である。アフガニスタンから帰った彼には、その金でアフガニスタンでは学校が立つのを知っている。しかし、彼はそれを買ってしまう。彼は、病院長からアフガニスタンの少女、ロシの援助を断られるとあっさりと諦めてしまう。しかし、従兄のティムールと看護婦のアムラは、その間も、諦めることなく、地道にロシを助ける努力をしていたのである。また、アデルも仲良くなった唯一の友ゴラムを助けることが出来ず、彼が村を去っていくのを黙って見ている。

最初の章で、兄のアブドゥラーは妹のために、自分の靴を差し出してまで、妹のパリに好きな「きれいな鳥の羽根」を集める。そして、それはお茶の缶に保存されている。アブドゥラーの娘の同じ名前のパリが、その缶を開き、鳥の羽根を見つけるのは、感動的なシーンであった。

前二作と比べてばかりで申し訳ないが、前二作ほど「ショックに近い」印象は受けなかったものの、楽しめ、考えさせられる作品であった。

 

201312月)

 

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