エピローグ・再びプールにて

 

プール再開の日、最初に飛び込む人々。(Financial Timesより)

 

プールに入り、背中を下にして水に浮かび、プールの天井を眺めた。久しぶりの水に浮かんでいる感触。懐かしい。前回プールで泳いだのが三月二十日。四カ月と一週間前である。そのとき、僕は、

「もう当分泳げないだろう。これが最後だろう。」

と思いながら泳いでいた。事実、翌日から本格的なロックダウンが始まり、プールは閉鎖された。泳ぎながら、

「次にまた泳げるのは何時かな?」

とも考えた。一か月後?三か月後?その辺りまでは考えたが、まさか四カ月後だとは、想像もしていなかった。そのときは、スペインとイタリアがコロナ禍に関してはひどい状態で、英国はまだまだ大丈夫という楽観があった。まさか、英国が二カ国を追い越し、感染者数、死者とも、ヨーロッパのトップに立つとは考えてもいなかった。

四月に入り、毎日何百人という死者が出続けていた間、

「もう、今年はプールで泳ぐのは無理かも。」

と考えたこともあった。

「精神的なストレスは、やりたいことができないことではない。その状態がいつまで続くか分からないことだ。」

と僕は改めて思った。多少辛いことでも、終わりが見えていれば耐えられるのである。

幸い、五月の中ごろから、感染者、死者とも、ようやく減り始め、五月下旬にはロックダウンの段階的解除の方針が発表された。六月に入り小売店が開き、レストランやパブが開いても、プールは閉じられたままだった。そして、遂に七月も終わりに近づいた二十五日に、町のプールとスポーツジムが開くことになった。一度に大勢の人が来ないように予約制。僕は、プールの開いた日、翌週の火曜日の午前七時半に予約を入れていたのだった。

 泳ぎ始める。朝七時半、泳いでいるのは二人だけ。ソーシャル・ディスタンシングは十分。

「泳ぎ方、ちゃんと覚えてるやん。」

自転車と水泳は、一度覚えると死ぬまで忘れないというのは本当であった。肩と腋の下の筋肉がピクピクする。週二回ジョギングをしているので、スタミナに問題はないはず。また、馬の世話の仕事で結構重い物を持っているので、ウェートトレーニングも出来ていると思っていた。二十五メートルプールを、五往復ほどしただけで、腕がだるくなる。

「水泳で使う筋肉は違うんや。」

改めて発見。ロックダウン前までは、一回一マイル、千六百メートルほど泳いでいたが、その日は千メートルを泳ぐのが精一杯。

「まあ、ボチボチ増やしていけばいい。」

水泳後独特の、爽快感と疲労感が混ざった感覚を楽しみながら、ぼくは水から上がった。

 

ロックダウンが始まった頃に撮った写真。ロックダウン中、比較的天気が良かったのは幸いだった。

 

(了)