ゴーストタウン

 

車が消えたロンドンの街。ウェストミンスター橋と国会議事堂。(Asia Timesより)

 

ロックダウンが始まり、道路から車が消えた。「ステイ・アット・ホーム」がテレビやラジオで繰り返され、道路脇の電光掲示板にも表示されている。そうなると、何となく、出かけるのに、罪の意識を感じてしまう。馬牧場までは二キロくらいの距離だが、それまで、九時前に出ると、渋滞で三十分近くかかることもあった。僕の住む場所は結構田舎なのだが、町から出るためには、どうしても通らなければならない信号のある交差点があり、そこは朝夕混んでいた。馬牧場はちょうどその交差点の脇にあるのだ。

ロックダウンの始まった最初の週の月曜日、九時十五分前に車で家を出る。

「うっ、車がない。どないなっとんねん。」

表通りで出る。まったく車が走っていないのだ。結局、途中数台の車にしか会わなくて、十分ほどで、馬牧場に着いてしまった。もちろん、学校も閉まっていて、「ワーク・フロム・ホーム」以外の仕事は原則的にダメ、何より、

「外にはウィルスがウヨウヨいるのでは。」

という、心理的な締め付けがあるので、誰も外に出ない。

「こら楽でええわ。ずっとこうやったらええのに。」

アッと言う間に職場に着いてしまった僕は、そうつぶやく。

 数日後、チェルシーに行く用事ができた。チェルシーは、高級ブランドショップが立ち並ぶポッシュな場所。ロンドンの超街中。普段なら、車で行くことなんか考えもしない。何時間かかるか分からないし。ロックダウン中も、バスや地下鉄は一応走っているが、この状況で公共交通機関を使うのは怖い。

「車で行こう。」

僕は昼過ぎに車で家を出た。僕の住むハートフォードシャーを出て、だんだんとロンドン市内に入って行く。

「ゴーストタウンや。」

僕は呟いた。これまで、車で埋まっていた、エッジウェアロード、ハイドパーク周辺、ケンジントン、チェルシー、そんな場所に全く車が見えないのである。SF映画の一シーンのよう。細菌戦争や化学兵器で、人類が絶滅した街にいるような気がした。何時もは観光客でごった返している有名デパート、ハロッズの前に、人も車もないというのは、何ともシュール、超現実的な光景だった。

 この光景、数週間で大幅に変わった。レストラン、食べ物屋が開いたからだ。レストランや店の中で食べるのはご法度だが、テイクアウト、デリバリーはオーケーとのこと。それで、多くのレストランが、店を開けたのだ。ロンドンには「デリバルー」、「ジャストイート」などの、携帯で注文できるフード・デリバリー・サービスがあるが、多くのレストランがそれらと契約して、宅配を始めた。二週間後、同じ場所を通ったら、無数のデリバリーの自転車やバイクが、働き蜂のように、忙しく道路を走り回っていた。

 

何かが起こる馬牧場。今日も馬が喧嘩をしているうちに、一頭が木のフェンスを蹴破ってしまった。