ゴーストタウン

打ち上げられた黒い海草を処理しているブルドーザーとダンプカー。どこへ持っていくのだろう。

 

 松の林の中を歩き出す。道は砂を含んだ粘土質。数日前に大雨があったので所々ぬかるんでいる。歩いているうちに靴が重くなってくる。粘り気のある土が、靴の裏にくっついているのだ。それがだんだん厚くなり、しばらくすると身長が三センチくらい高くなる。道端の木の根で靴の泥を拭ってまた進む。松の木の中で、突然、数十匹の羊を連れた羊飼いに出会う。あちこちに、蜂の巣箱が置かれている。蜂さんが自分の家を間違わないように、巣箱は少しずつ違う色に塗られている。

 バード・サンクチュアリに着く。湿地帯が広がっている。遠くに飛んでいる鳥は見えるが、その数は数匹の域。

「鳥さんは、一体どこにおんねん。何がバード・サンクチュアリや。金返せ。」

と意気込んでみたが、もともと金を払っているわけでもない。鳥の少ない季節なのかも知れない。

しばらく行くと、「刑務所の敷地につき立入禁止」という立て札。ちょっと不気味だが、興味もあるので無視してしばらく行ってみる。しかし、結局途中で引き返す。ハルキディキでトレッキングをした三日間、何度道に「迷った」だろう。

「迷うたなお岩!無事成仏してくれ、ナンマンダブ。」

というフレーズを何度使っただろう。トレッキングの「道」というのは、最低の標識で示してあるだけ、非常に不親切なので、見つけるのが非常に難しい。しかし、三日間で、妻と僕は隠されたトレッキングルートを本能的に見つける技術を身につけた。

帰りは迷わないように、海岸に沿って歩く。前方の岬の先端にホテルの建物が見えているので安心、「迷うたな」状態になる心配はない。リゾートに近づく。砂浜には大量の黒い海草が打ち上げられている。それをブルドーザーが集め、ダンプカーに乗せている。

「あの海草で、『ごはんですよ』、『海苔の佃煮磯じまん』的な製品を作ることが出来ないか。そうすると原材料はほぼ無尽蔵に、無料で手に入るのだ。」

そう考えた妻と僕は、海岸に積み上げられた海草を口に含んでみる。塩気はあるが、木の皮のようで、とてもアツアツご飯に乗せて食べられるようなものではなかった。

 三時間半のトレッキングを終え、二時半ごろにリゾートに戻った僕たちは、少し車で近隣の村を訪れることにする。

「この近くに、アフィトスという『可愛い』村があるらしいよ。」

という妻の観光案内書、事前リサーチを頼りにその村へ行ってみる。確かに村はあった。誰もいない。全ての店が閉まっている。この状態で「可愛い」、「可愛くない」の判断をしろと言われても困ってしまう。

「ゴーストタウン。」

「人類が滅亡した後の地球を訪れたみたい。」

と僕は妻に言った。ここも夏の間はきっと、太陽の光と観光客で溢れ、全ての店が開いていたのだろう。今この村を支配するのは「空虚さ」、「静寂」のみである。これほどまで違うものか。僕たちは、今シーズンオフであること、自分たちの滞在するリゾートが、この季節開いている最後の場所であることをつくづくと感じた。

 

ゴーストタウン化し、猫の子一匹いなかったアフィトスの村。

 

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